11 食堂の光景

 じゃあ行くか、そう言った柏木に続いて、建物の中に入っていく。

 食堂には既に殆どの生徒が集まっていた。

 ぐったりと机に上半身を投げ出している者、椅子の背にもたれかかり脱力している者。皆しんどそうだ。

 入り口に一番近い席に五人で腰掛ける。厨房側から柏木、青海、真壁、三神、雪の順だ。なぜ女子の間に真壁が入っているのかについては突っ込まないでいただきたい。


「俺とってくるわ」

「あ、私も」


 そう言った柏木が立ち上がり、それに青海が着いていく。ダウンしている雪と三神に気を遣ってのことだろうか。

 机に突っ伏し動かない三神と雪。真壁は水でも取りに行こうかと立ち上がった。

 暫くして、トレイを二つ持った青海と五つのコップを乗せたトレイを持った真壁が帰ってきた。


「……孝介、おぼん三つも持てるか?」

「え、……いや、無理でしょ」


 トレイを机に置いた二人は、ふと気がついた。料理は五人分。人の手は二つ。青海が持ってきたのは二人分。……手が足りない。

 暫しの沈黙が流れる。


「おい悠人! そこはお前も来いよな! おかげで俺が三つも持つ羽目になったじゃねぇか」


 そこに、ぷりぷりと怒った状態の柏木が帰ってきた。右手には二枚重ねられたトレイと一人分の料理。左手には一枚のトレイと二人分の料理。なるほど、分けて持ってきたらしい。


「あー、悪かったよ」

「ったくよー、気が利かねぇ奴だぜ」


 やれやれと息を吐いた柏木が、三人分に分け直しながら料理を机に置いた。

 目の前にトレイを置かれ、雪はようやく顔を上げた。ケチャップの香りとふかふかの卵。

 今日のメニューはオムライスか。確か日替わりだったか。昨日の晩はなんだったんだろう。まあ何であれ仁の肉じゃがには敵わないさ。

 雪は本人がいないところで大きなデレを落としていた。



「「いただきまーす」」


 手を合わせ、五人で声を揃える。

 皿の手前に置かれたスプーンを手に取り、そっと一口すくって口に運ぶ。ふんわりした卵に、パラパラのチキンライス。美味いな。疲れた体に染み渡る。

 ……欲を言えば冷えた料理が良かった。そうめんとか。

 雪は一瞬顔を綻ばせ、すぐにやや不満げな顔をした。


「どうしたの? 雪くん。オムライス嫌いだったっけ?」


 不思議そうな顔をした三神が下から覗き込んでくる。さっきまで完全にダウンしていたというのに、食事がきた途端これか。雪は内心呆れながら、三神の方を向いて苦笑した。


「ううん。美味しいよ。……ただ、冷たいのが良かった、かなぁ。なーんて」


 確かにこのオムライスは美味いのだ。よく家庭や店で食べる味だ。雪だってオムライスは嫌いではない。むしろ好きの部類に入るくらいだ。

 ただ、やはり。外で運動した後の体というのは冷たいものを欲すのである。


「あー、それはちょっと思うかも。美味しいんだけどね」

「確かにな。美味いんだけど……」

「美味しいけど、熱々だもんね」

「うめーんだけどなぁ……アイス食いて〜」


 これには他の面々も賛成だったようで、申し訳なさそうな顔をしつつ同意している。必ず美味しいけどを付けるのは作り手への思いやりというやつなのだろうか。ちなみに雪のはイイコちゃんの点数稼ぎだ。

 美味しいけど、熱いんだよなぁ。

 そんなことを思いながら、もきゅもきゅと食べ進めていく。20センチちょいのオムライスは、あっという間に生徒たちの腹の中に収められた。

 食べ足りないとぼやく男子や、お腹いっぱいだと腹をさする女子の姿が見られる。

 ちびちびと水を飲みながら取り留めのない話をしていると、雪たちのすぐ後ろにある扉からローブを着た集団が入ってきた。

 集団は食堂の正面に一列に並んだ。その中で一番豪華なローブを着た女性が一歩前に出て、口を開く。


「勇者の皆さん、こんにちは。わたくしは魔法師団団長、リクラットと申します。これから皆さんにこの世界の魔法をお教えしていきますので、どうぞよろしくお願いしますね」


 にっこりと優雅に微笑んだ、リクラットと名乗る青髪の女性。美しい顔立ちとローブの上からでも分かるその豊満な体つきに、半数の男子生徒の顔が緩む。鼻の下をだらしなく伸ばした男子たちは、近くの女子から厳しい目を向けられていた。

 誰だろうとただ疑問に思う者、見知らぬ人間に警戒を強める者、美人の登場に盛り上がる馬鹿

 ざわつく食堂の空気を、リクラットは手を一度打つだけで収めてしまった。食堂内はしんと静まり返り、立っていた生徒たちは自然と元の席につく。


 へえ、結構やるな。

 雪は目を細めた。周りがリクラットに注目しているのを良いことに、露骨に口角をあげる。

 これまでこの国の国王、大臣と見てきたが正直国が回るとは思えなかった。廉によれば「宰相はまだマシ」らしいので、その爺とリクラットが実質この国を牛耳っているのだろう。

 さっきの微笑みといい、腹芸の上手そうな女だ。雪は少しばかりこの王城にいてやっていいかもしれないと思い始めた。


「それでは皆さん。まずは魔法と使うための力、マナについて説明いたしましょう」


 もう一度柔らかく微笑んだリクラットは、そう言って魔法についての授業を開始した。

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