10 基礎訓練
廊下の真ん中にある階段を使って一階に降りたところで、騒がしい面々の姿を見つけた。
楽しそうに笑いあう学生たち。真ん中を歩く真壁の隣には三神が、その斜め後ろを青海と柏木がついていく。
柏木に肩を叩かれ、苦笑していた真壁がこちらを見た。ああ、めんどくせぇ。雪はバレないようにため息をついた。
「雪!」
嬉しそうな顔でこちらに走り寄ってくる真壁。その行動で俺の存在に気づいた三神たちも雪のもとに歩いてきた。
「心配したんだぞ! 夕食の時間も食堂にこないから……」
眉尻を下げ、見るからに「心配してました!」という顔の真壁。どうも雪が来るのを四人で待っていたらしい。暇なのかコイツら。雪は仮面の下で片眉を上げた。
「ご、ごめんね。でも晩ご飯は食べたよ。宮田くんが食材を取りに行ってくれて、それを分けてもらったんだ」
えへへと笑う雪に、真壁たちは目を丸くした。
雪が自炊したということにではない、あの宮田が人に自分が取ってきたものをあげるなんてことをするとは思えなかったからだ。それにその言い方だと宮田も何か作ったみたいじゃないか。
真壁たちは顔を見合わせ、人は見かけによらないのだと再確認した。
「そ、そっか。じゃあ宮田とは良くやってるんだな」
「うん。見た目は怖いし、すぐ怒鳴るけど、いい人だよ」
そう嬉しそうに笑いながら、雪は自然と歩き出した。こんなところで立ち止まっていては集合に遅れる。そんな理由で目をつけられるわけにはいかない。
「山路にも何もされてないか? ほら、アイツあんなのだろ? 雪なら……とか思っデェッ」
そこまで言った柏木は、青海から強烈な手刀を喰らい、床に蹲った。痛む後頭部を押さえ、恨めしげに睨んでいるが、青海は全く気にしていない。
「ごめんね、雪。コイツ馬鹿だから。どう? 昨日は寝れた? 遠出すると眠れないって言ってたよね」
片手を立てて謝ってくる青海に大丈夫だと返せば、寝られたかと尋ねられた。
はて、そんなことを言っただろうか。雪は基本的にどこでも寝られる。あくまで安心できる状況であれば、なのだが。
記憶を漁っていると、ある出来事が浮かび上がってきた。東京にある夢の国に泊まりがけで行こうと誘われたのだ。その日は好きな作家の新刊発売日であったので、そんな理由をつけて断ったのだった。
そういえばそんなことあったなと思い出しつつ、何でそんなことまで覚えているのだろうかと疑問に思う。
「あー、うん。疲れてたみたいだし、ちゃんと寝れたよ」
「そっか。よかった」
ほっと息をついた青海を見て、雪はそっと目を伏せる。
「……ちょ、ちょっと、だけ、さ、寂しかったけど……」
消え入るような声でそう呟いた雪の耳は真っ赤に染まっていた。もじもじと恥ずかしそうに両の指先を合わせる。
「ゆっ、雪……」
真壁たちは悶えた。唐突にもたらされた巨大なデレに。
「えっ、だ、大丈夫?」
口を押さえ、体を丸めた真壁の肩に、戸惑う雪が心配そうに手を置いた。真壁たちは掠れた声で大丈夫だとなんとか答え、よろよろと歩き出した。
その後ろを心配そうな雪が慌てて追いかける。歪に口角を歪めながら。
──あー、やっぱコイツらちょっろいわぁ。
足取りのおぼつかない真壁たちと共に中庭に到着した。外には既に百人ちょいの生徒が集まっている。前の方には教師陣の姿も見える。
暫く真壁たちの会話を聞き流しながら待っていると、寮の裏側から半袖半ズボンの大男が現れた。頭は陽光を反射するスキンヘッド。
「集まったようだな! 勇者諸君! ワシの名はゲルウェード! キミ達の訓練を担当することになった! 教官と呼びたまえ!」
…………暑苦しい。
雪は一人げっそりと顔を歪めた。語尾に付いたエクスクラメーションマークの主張が凄い。声がでかい。しかも熱血漢オーラが凄い。雪はまたため息を吐き出した。
「はいっ! よろしくお願いします教官!」
真っ先に返事を返したのは、集団の左前にいた見るからにスポーツ男子といった相貌の青年。名はなんだったか。雪は頭の中に入っている名簿を捲った。
葛城啓太。C組。柔道部エースで周囲の印象は運動バカ。ちなみに雪からの印象は脳筋の熱血野郎である。
葛城がそう叫んだことで、ノリのいい連中もゲルウェードのことを教官と呼び始めた。その中には亮も混じっているのがここからでも見受けられる。
「ガッハッハッハッハ! それでは! これより基礎訓練を開始する! まずは走り込みからだ! さあっ、私に続けぇ!」
豪快に笑ったゲルウェードは、大きくてを振り上げてそう宣言した。
走り込み、柔軟、腹筋、背筋、スクワット、etc……。
太陽が真上に昇った頃、筋トレ地獄はようやく終わりを見せた。
「よーし! 今日はここまで! 昼食後、食堂にて座学の勉強だ! しっかり励めよ!」
また豪快に笑ったゲルウェードはそう言い残し、中庭を去っていった。
残されたのは地面に転がる死屍累々……ではなく、体力を使い果たし地面に崩れ落ちた生徒たちである。
運動部に所属する面々はまだ余力が残っているようで、倒れ伏す面々を日陰に移動させてやっている。
それでも皆肩で息をしているし、この光景を見るだけでも訓練の厳しさが窺い知れるというものだ。
かくいう雪はまだ余力が残っている側だった。だが、文学少年紺野雪くんがこんな地獄を経て未だ立っているというのはどう考えてもおかしい。ステータスだって魔法よりだ。
なので、雪は他の生徒たちのように地面に倒れ伏していた。ピクリとも動かず、声もあげない。
「よお雪。大丈夫か?」
そうしていると、心配した様子の柏木がやって来た。
返事をしない雪の顔を覗き込み、目の前でひらひらと手を振る。けれどやはり雪は反応を返さない。
これはひどいと判断した柏木は、雪の脇の下に腕を通し、ずるずると引き摺るようにして木陰まで運んだ。
メイドさんが配っている水を受け取って、飲ませてやる。雪はありがたくそれを頂戴し、自分で飲みてぇなと思いながらゆっくりと嚥下した。
「大丈夫か?」
「……うん、ありがとう」
暫くして、雪はなんとか返事ができるまで回復した。まあ実際には最初から返事もできたし歩けた。なんなら他のやつを運んでやるくらいならできたのだ。絶対にやらないが。
周りの連中もある程度回復してきたようなので、ちらほらと中庭を出ていく姿が見える。食堂に向かっているのだろう。
ぼんやりとそれを眺めていると、三神と青海を引き連れた真壁がこちらにやってきた。引き連れたと言っても三神は青海におんぶされている。
あれをこなしてもなお同年代を背負うことができるのか。やはりこの委員長只者ではない。
尊敬と畏怖の念を向けつつ、ふらつきながら立ち上がる。
「ちょっ、雪!」
「大丈夫だよ。ありがとうね、コウくん」
「お、おう……」
焦った様子で肩を支えた柏木に軽く感謝の言葉を投げ、真壁たちの方を向く。三人も日陰に到達したようだ。
「楓さん、流石だね」
三神を背負った青海に笑いかければ、少し気まずそうな顔で頷かれた。男である雪がふらふらで自分が元気なのが少し嫌なのだろう。
「あー、どうする? 食堂行くか?」
殆ど人がいなくなった中庭を横目に、柏木が言った。
「そうだな。移動するか。雪、歩けるか?」
「うん。大丈夫だよ」
「私は大丈夫」
「……私も」
柏木に頷いて心配そうにこちらを見てくる真壁に微笑みを返しておく。真壁の視線を受けた青海と三神も肯定を返した。
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