09 初日の朝

 翌日。割とすっきりとした気分で目覚めた雪は、既に起きていた仁と貴史に挨拶を返し、キッチンの水道で顔を洗った。

 ふと視線を床に向けると、扉の隙間から何かが差し込まれていることに気づいた。


「……なんだこれ」


 歯磨きしてぇな、歯ブラシねぇよな。そんなことを考えながら、少し腰をかがめて拾ったそれは薄っぺらい紙だった。


【午前九時に中庭までお越しください。昨夜、食堂でお伝えしましたが、こちらの部屋の方は姿が見えませんでしたので、メモによる伝達とさせていただきます。 フェルトル】


 雪はちらりと壁にかけられた時計を見た。短針は6と7の間を指している。思っていたよりも疲れていたのだろう。いつもより一時間ほど遅い目覚めだ。

 今更だが異世界でも一日は二十四時間なのだな。この星の公転速度は地球と同じなのだろうか。いや、そもそもこの世界は球体なのだろうか。

 考えても仕方のないことだと頭を振り、グースカと眠る二人を視界の端に入れながら、朝日を遮るカーテンを一気に開けた。


「うおっ。ほんとお前、遠慮ねぇな……」


 どうやら既に食堂まで食材を取りに行っていたらしい仁が、トマトを刻みながら呆れた目を向けてくる。まだ起こすには早いとでも言いたいのだろうか。雪とて起こすつもりはない。何となく朝日を浴びたかっただけだ。

 その隣では貴史がチーズをスライスしている。キッチンの端には袋に入った食パンが置かれていた。

 トマトとチーズか、ピザ風トーストだな。割と結構好きなメニューに少し気分を良くした雪は、どうせなら手伝うかとコンロの前に立ち、下の収納からフライパンを取り出す。

 火をつけて、袋から出した食パンを一枚フライパンに入れる。三枚のパンを両面焼き、今度は仁が切ったトマトを軽く焼いて水気を飛ばす。その上にチーズを乗せ、蓋をした。

 トースターがあればこんな手間をかける必要もないのだが、チーズを溶かすためにはこうするのが早いだろう。


 チーズが溶けたら、トーストの上にトマトごと乗せて完成だ。

 貴史が差し出した皿の上に一枚ずつ乗せて、仁が出していた折り畳みテーブルに持っていく。寝ている二人に考慮してか、部屋の真ん中ではなく窓際に置かれていた。

 貴史がコップと水を用意し、三人ともカーペットの上に座った。やはりクッションが欲しい。今度大臣にでも言ってみるか。雪は一人、大臣にクッションを要求することを決めた。


「じゃ、いただきます」

「「いただきます」」


 仁の音頭に続いて、両手を合わせて声を揃える。

 何となくタイミングを合わせて、同時にトーストに齧り付いた。サクッとした食パンの食感と、よく伸びるチーズ。あー、うまい。手軽だけど、うまいんだよなぁ。


「んまい」

「美味いな」

「雪のお気に入りだもんな、コレ」


 ヘヘっと笑う仁に頷きを返して、もう一口。トマトの酸味がまたいいのだ。後はバジルがあれば最高なのだが、残念ながら今はないらしい。仁も料理人に聞いたが、買い置きしてないと答えられたとか。今度街に出る機会があったら探しておこう。



 静かに食べ進めていると、匂いに食欲を刺激されたのか、亮がもぞもぞと動き出した。

 それに気づいた仁が最後の一口を口に入れ、亮の分も作るために立ち上がった。自分の皿を天板に置き、袋から取り出したパンを焼き始める。


「うーー、なんないい匂いするー。あ! ピザパンじゃん!」


 ごしごしと目を擦っていた亮が、テーブル上のトーストを見て声を上げた。ピザトーストは五人ともが好きなので、亮もすぐに完全に目を覚ましたようだ。

 勢いよくベッドから抜け出てきて、雪たちの皿を見た後、キッチンを振り返った。


「仁! 俺のは?」

「今作ってるよ!」

「わーい、仁ありがとー!」


 亮は全身で喜びを表し、仁に抱きついた。仁は「火ぃ!」と叫んでいるが、亮の耳には届いていないようだ。相変わらずスキンシップの激しい男である。




「ん! 美味しい!」


 完成したトーストに齧りついた亮は、満面の笑みで言った。

 作った仁は満更でもない様子だ。微笑ましいといった顔で嬉しそうに食べ進める亮を眺めている。そいつは高校三年だぞと言ってやりたい。果たして仁にはいくつに見えているのか。


 八時になっても起きてこない廉を叩き起こし、無理やりベッドから引き摺り下ろして目の前に皿を置いてやる。

 半分寝たような状態でもそもそと食べていた廉だったが、小さい声で「おいしい……」と呟いていた。今回の作成者である貴史は少し満足そうな顔をしていた。いや、表情は一ミリも変わっていないが。

 その後、クローゼットから取り出したジャージらしき服に着替えた五人は、タイミングをずらしながら部屋を出た。

 亮と仁は連れ立って歩き、貴史はスタスタと、廉はふらふらと一人で歩いていく。それを見送った雪は時計の長針が9を指しているのを確認し、ゆっくりと部屋の扉を開けた。

 周りに人は殆どいない。扉の横に掛かっていた鍵を手に取り、廊下に出る。鍵をかけてポケットにねじ込み、雪はのんびりと歩き出した。中庭まで五分もかからないだろう。十分間に合う。

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