08 静かな夜

「……で、亮が『奇術師』、廉が『黒神官』。仁が『凶戦士』で貴史が『暗殺者』か……」


 全員が雪からの回し蹴りをくらった後、改めて職業の確認が行われた。

 亮は『奇術師マジシャン』。基礎能力値は物理、魔法ともにそれなりといった様子。敏捷値が高く、スキルに短剣術があったのででヒット&アウェーが主な戦闘方法になるだろう。

 廉は『黒神官』。だいぶ魔法よりのステータスだ。風属性と闇属性の適性が高く、治癒魔法のスキルレベルがかなり高い。攻撃もこなせる後方支援といったところか。

 仁は『凶戦士』。狂ではなく凶なのが少し引っかかるが、こちらは完全に物理型らしい。魔法適性は闇以外全て0という偏り具合。完全に前衛向きだ。

 貴史は『暗殺者アサシン』。こちらも物理よりのステータスで、敏捷値も高めだ。スキルには察知系や隠密系のスキルが多く見られる。他にも「呪詛」や「狂信」とかいうスキルがあった。思わず四人で顔を見合わせたのは言うまででもない。

 改めて見るが、圧倒的なまでに闇属性の適正値が高い。本当に彼らは救世主として呼び出されたのだろうか。神様人選ミスってないか? 仁はぽそりと呟いた。



 スキルの確認やこれから伸ばしていきたい点について話し合っていると、部屋の扉を叩く者が現れた。


「失礼いたします。皆様、湯浴みの時間でございます」


 若い女性の声だ。王城にいたメイドの一部がこちらに来ているのだろうか。

 雪たちは顔を見合わせ、言葉を交わすことなく話し合った。


「(おい、どうする)」

「(あいつらと鉢合わせとか勘弁なんだけど)」

「「「(それに関しては同意だ/だね〜)」」」

「(俺としても遠慮したい)」


 絶対面倒臭い。そう顔にデカデカと書かれている。雪はもう一度全員の顔を見渡した。皆同時に頷き、雪は亮に軽く視線をやった。

 この話し合い(?)に掛かった時間は僅か0.5秒。指名された亮がいつも通りの明るい声で扉越しに答える。


「はぁ〜い。悪いけど後でもいい? 風呂空いてる時間って決まってんの?」


 扉を開けると、そこに立っていたのはやはり王城の中で見たのと同じ服を着たメイドだった。部屋の中が見えないように顔だけを覗かせた状態でそう尋ねれば、メイドは亮の甘い顔に僅かに顔を赤くしながら答えた。


「いえ、朝の六時から二十三時まで開いております」

「おっけ〜。じゃあ俺ら後で入るね。教えてくれてありがと〜」


 にこっと最後に笑顔を残し、感謝の言葉を伝えて扉を閉める。メイドはイケメンの笑顔に胸を打たれ、一瞬固まっていた。


「朝六時から夜の十時まで開いてるって」

「「「「ギリで」」」」


 戻ってきた亮が四人に大浴場の開いている時間帯を報告し、四人は閉まる時間ギリギリに行くと即答した。

 けれどこの五人が一緒に行動するのはどう考えても怪しい。亮と仁はともかく、貴史は親しい人間がいないと思われているし、廉だっていつも一人だ。

 それに何より、雪がこの四人のうち誰かと仲良くなったなど到底信じられないだろう。雪の本性を知らない彼らには。

 そうなると当然、できる限り面倒臭い連中と会わずに済みそうな遅い時間を巡って争いが始まる。


「俺が最後だ。あいつらと会って一番面倒なのは間違いなく俺だからな」


 真っ先に牽制を仕掛けたのは雪だ。真壁たちと鉢合わせでもしたら「大丈夫だったか」「何もされなかったか」と散々聞かれるに決まっている。


「いやいやいや、俺だって「雪に何もしてないだろうな!」とか言われるよ絶対」

「それは俺の方が言われると思うぜ」


 それに亮が俺だって間違いなく絡まれると反論し、仁が呆れ顔でそれは俺の方だと言った。


「ん〜、それを考えると僕と樫本はそもそも話しかけられなさそうだよね」

「そうだな。俺と唐瀬は真壁たちと関わりがない」


 そんな三人のやり取りを聞いていた二人は、自分たちが一番問題なさそうだと話し合う。亮たちと言い合いながらも、しっかりと聞いていた雪がその会話を目敏く拾った。


「じゃあお前ら一番最初な。……たまたま一緒のタイミングになったって言っても怪しまれねぇだろ」


 まずは廉と貴史の風呂に入りに行く時間が決まった。二人は納得しているようだ。貴史は雪と一緒に入れないことに少し残念そうな雰囲気を醸し出しているが。


「んでお前らがその次」

「うえぇ!? やだよ〜、絶対めんどいじゃん」

「あー、でも雪が一番大変だよな。会っちまうと」


 亮は気が進まないようだが、仁は仕方がないかと前向きだ。亮も「仁もそう言うなら」と渋々といった様子で受け入れた。

 結果、九時ごろに廉と貴史が、その後に亮と仁。最後、十時半ごろに雪が大浴場に向かうことになった。


 現在の時刻は二十一時前。最初の二人はそろそろだ。

 貴史が着替えはどこだろうかと呟いた。全員で顔を見合わせ、どこだろうと首を傾げる。おそらくここだろうと仁が備え付けのクローゼットを開けた。


「おっ、あったぞ」


 そう言った仁が見せたのは、黒や紺のシンプルなトランクス。全部が薄い紙で包まれていたので、新品だろうとあたりをつける。というかそうじゃないと困る。

 下着が入っていたタンスの横にはシンプルなシャツとズボンが何枚か下がっている。これが寝巻きだろうか。そのまた横には動きやすそうなジャージらしきものがぶら下がっていた。こっちは訓練着か?

 一先ず寝巻きらしき上下と下着を一枚ずつ持った廉と貴史が、行ってくると言い残して部屋を出て行った。


 それから彼らが帰ってくるまで、雪たちは他愛のない普段通りの高校生らしい会話を楽しんだ。こんな状況でもいつも通り。やはり彼らの精神の太さは尋常ではない。

 暫くして二人が戻ってくると、真っ先にこう言った。


「「あいつらがいた」」


 それに亮と仁は顔を歪め、もう帰ったかと尋ねた。もしまだあがっていないのであれば、今行けば間違いなく「何もしてないだろうな」と問い詰められるに違いないのだ。それはごめん被りたい。


「ああ、俺たちがあがる少し前に出て行った」


 その言葉に二人はほっと息を吐き、上機嫌で出て行った。

 その後雪も大浴場に向かったが、殆どの生徒があがった後だった。雪は中々ない大きな浴槽に少し機嫌を良くし、いつもより長めに浸かっていた。少し長めの風呂だったせいか、部屋に戻ると四人に心配された雪だった。




 全員が入浴を済ませ、それぞれのベッドの上で寛いでいた頃。


「……ねぇ、あの大臣さ、暫くは基礎訓練を行うって言ってなかった?」


 唐突に、チョコボールを口に入れたばかりの廉が言った。その顔色は見るからに悪く、げっそりと青ざめていた。


「え、急に何?」

「お、おう。言ってたと思うけど……どうかしたのか?」


 そもそも廉から話を始めるというのが珍しいものであるから、少し驚いた亮と仁の二人が不思議そうに尋ねる。


「き、基礎訓練ってさ、体力づくりとか、だよね。ぼ、僕。明日から死ぬ気しかしないんだけど……」


 震える声で言った廉に、四人は背後に雷を落とされたような顔をした。そう、この男。こんなでかい図体の癖に、完全なる文系。というか半引きこもり。

 これは、まずい。

 四人の心の声が一致した瞬間だった。


「どっ、どどどどどうすんだよ! 使えねぇ奴って切り捨てられたら困るぞ!?」

「や、やややややややばくない? 廉いつもボーッとしてるし、やる気がないとか怒られるんじゃない?」

「チッ、完全に失念してたな。だからある程度の運動はこなしとけって言っただろ」

「ふむ、この中で運動ができないのは廉だけだな」


 仁と亮が慌てふためき、雪はだから言っただろうと舌を打った。貴史だけが冷静に、冷酷に、現状を見せつけてくる。

 仁は見た目通りそれなりに喧嘩もこなしているから、運動神経はかなりいい方だ。中学時代は割と真剣にバスケをしていたらしい。

 亮だって異性に好まれる体型を保つために必要な運動は行っていた。それに学校の体育だってかなりの好成績をとっている。

 そして意外にも雪。彼はかなりの完璧主義者であったため、頭だけでは駄目だと、ある程度の護身術は身につけている。普段からランニングは欠かさないし、体だってそれなりに仕上がっている。それを知るのはこの四人だけなのだが。

 それから貴史。この男も生気のない目のせいでそういう輩に絡まれることが多かった。別に経験がどうとかではなく、生まれながらに身体能力が高かったのだ。ある種の天才である。

 ちなみに仁の戦闘能力は才能ではなく、そういった環境で磨き上げた荒削りのものだ。亮もよく仁と連んでいることから巻き込まれることが増え、嫌でも技術を身につけるしかなかった。

 なので、このメンバーは廉以外の全員がかなりの戦闘能力を有している。

 仁は何と言うべきか悩み、結局いい言葉は浮かんでこなかった。一先ずありふれた応援の言葉を送っておいた。


「あー、まあ。頑張れ」

「……うん、がんばる……」

「ま、まあこっちの世界だと平均は遥かに超えてるらしいから、大丈夫だって。ねっ?」


 灰のように今にも崩れ去りそうな廉に、亮は一生懸命声をかけた。大臣が言っていたことを思い出し何とか励まそうとする。


「ははっ、でも他のみんなに合わせた訓練なんだろうなぁ……」


 けれど廉が立ち直ることはなかった。明日の昼頃の自分の姿を思い描き、がっくりと肩を落とした。

 真っ白になった廉を眺めていた雪は、ふと思い出したように口を開いた。


「あ、お前ら。周り見てセーブかけろよ。役立たずだと切り捨てられるのも論外だが、飛び抜けて目をつけられるのも面倒せぇ。そこそこ優秀程度に抑えろ」

「「「「了解」」」」


 彼らは気づいていないが、雪だけは知っていた。自分たちのステータスが、勇者や聖女といった彼らと比べても異常なことに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る