07 職業『賢者』

 いただきます、と全員で声を揃えて食事に手を付ける。みんな腹が減っていたようで、何も言わずに黙々と口に詰め込んでいく。

 みるみるうちに減っていく肉じゃがの山を見ていた仁は、我にかえり慌てて自分の分を確保した。


「おいお前ら、喉につまるぞ」

「うるふぁいよひん。おなはへっへんらはらひははあいえひょ」

「何言ってるかわかんねぇよ!」


 呆れた声色で注意を促した仁だったが、空腹状態の彼らは止まらない。頬をリスのように膨らませた亮がもきゅもきゅと口を動かしながら何か言った。全く聞き取れない。


「あー、これで白米があれば最高なんだがなぁ……」


 比較的ゆっくり食べ進めていた雪が、ホクホクのじゃがいもを箸で摘んでぽつりと呟いた。それに他の三人も動きを止め、肩を落とした。

 そう、何故かこの世界には米がなかった。料理中も何度も聞かれ、その度に「無ぇって言われた」と答えてきたのだが、彼らは未だに諦め切れていないらしい。

 かく言う仁も諦められていないが。


「絶対世界のどこかにはあると思うんだよね」

「大体の異世界ものには東の国に日本みたいなとこがあって、そこにコメとか着物とか、侍とかいるらしいよん」


 うーんと悩みながらこぼした廉の言葉に、亮がそういえばと続ける。亮は──殆ど女性で構成された──大きなネットワークを持っているので、様々な分野の雑学を持っている。

 今回のこれも、きっとオタク女子に可愛い子がいたのだろう。いや、逆か。可愛い子の中にオタクが紛れていたのだろうな。


「え、マジか。じゃあ絶対その国見つける」


 きらりと目を輝かせ、決意を固めた雪。この男はやると決めたことは絶対に成し遂げる人間であるから、たとえそんな国が存在しなくても見つけてくるのだろう。どうやってかは聞いてはいけない。


「島のパターンもあるらしいぞ。隠れオタの姉情報だ」


 雪がやる気を見せたことで、黙々と食べ続けていた貴史が口を開いた。

 もたらされた情報に、四人の目が驚愕に見開かれる。


「っはぁ!? 歌乃ちゃんオタクなの!?」

「オタク、か……」

「うっわぁ、そっか〜、そうなんだぁ」

「マジかよ、俺、あの人、憧れてたのに……」


 亮が突然の情報に机を叩き、雪は少し納得感を漂わせながら貴史を見る。廉はのんびりとした口調の中に僅かな動揺を滲ませて言った。そして、四人の中で一番悲壮感を漂わせているのは、仁である。

 樫本歌乃かしもとかの。貴史の二つ上の姉で、現在かのK大に通う現役女子大生である。艶々の黒髪に弟とは違って美しく輝く大きな瞳、そしてこちらは弟とよく似た非常に整った顔立ちの彼女は、ミスK大に二年連続で輝くスーパー美人なのだ。

 そしてこの男、宮田仁は見た目に反して初心である。一年の頃から優しかった美人な先輩に慕情を抱いていたのだ。

 あの貴史の弟なのだから、まともではないと察せただろうに。哀れ仁。何か裏があるだろうとは思っていた三人は心の中でそう呟いた。


「仁。弟として言う、あの人はやめておけ」


 珍しく、雪のこと以外で真剣そうな貴史の言葉に、仁は半分魂が抜けた状態で頷いた。




「よし、ステータスの共有するぞ」

「ほ〜い」

「了解だ」

「おっけ〜」

「おう」


 男子高校生の食欲というのは恐ろしいもので、かなりの量あった肉じゃがは、あっという間に食べ尽くされた。手分けして器を洗ったり折り畳みの机を拭いたりと片付けを終え、五人は仁のベッド周辺に集まっていた。

 それぞれの手には一枚の紙が。王城の食堂でフェルトルから配られたあの時のものだ。全員で顔を見合わせ、同時に紙を布団の上に置く。


「っほ〜、雪は『賢者』かぁ。確かにそれっぽいもんね」


 雪の職業は『賢者』。ステータスやスキルを見る限り、魔法特化なのは間違いないようだ。

 特に適性が高いのは、水属性と闇属性・・・

 この結果に、三人は目を瞬かせた。


「んーまあそうだよね」


 亮は少し引っかかりを覚えつつも、納得したように頷いた。


「ん〜、水はわかるよ? なんか水っていうか氷っぽいもん」


 廉は眉を顰め、首を捻りながらも理解を示す。確かに雪には水属性らしさを感じる。青や黒を好むところや、自分の内側に入れた者以外には酷く冷たいところなど。正しくは水ではなく氷なのかもしれないが。


「闇もわかる。というかお前が闇属性に適正なかったら神様の目を疑うわ」


 仁もまた頷いていた。雪はあの性格だ。そしてそれを隠している。基本的に表立ってではなく裏でこそこそと糸を引き、誰も気づかないうちに全てを壊すことを好んでいる。まさに黒幕、闇属性の権化だ。

 この二人の言葉に、亮もうんうんと頷いていた。


 そんな三人には、やはり納得できないことが一つある。それは──


「「「なんで光属性が100??」」」


 ここだ。

 この、どこからどう見ても真っ黒でしかないこの男の、一体、どこが、光属性だというのだ??


「いやいやいやいや、おかしいでしょ。これ、おかしすぎでしょ!」

「100ってだいぶじゃない? 僕とか40だよ?」

「だいぶだろ。下手したら勇者なみじゃね?」

「勇者と一緒だった」


 ぶんぶんと勢いよく首を振り、絶対におかしいと主張する亮。廉と仁も首を傾げ、これはおかしいと亮に同意する。返ってきた雪の言葉に、ほら! と亮が叫んだ。


「俺だってわかんねぇよ」


 そしてこれは雪本人としても疑問に思っている点らしく、きゅっと眉を顰めた。


「決まっている。雪の美しさは月より太陽より光り輝いているからだ」


 そして、そんな四人に静かな声でこう告げたのは、やはりこの男、貴史だった。両脚に肘をつき、顎の前で手を組んだ、所謂ゲンドウポーズで真剣な顔をしている。

 ぴたり、全員の動きが止まった。


「何言っ──」

「「「それだ!!」」」


 呆れ顔の雪が「何言ってんだお前」という前に、他の三人が揃って声を上げた。雪は急な大声に肩を揺らし、驚きに染まった顔で三人を見た。


「なるほどねっ、流石は貴史! 思いつかなかったなぁ」

「中身じゃなくて見た目が光属性か〜。確かにね〜」

「中身は真っ黒だが、外は白いもんな」

「ふっ、当然だろう。見た目は真っ白、中身は真っ黒、これぞ雪たんクオリティだ!」


 貴史は光の灯っていない瞳を輝かせ、紅潮した顔でそう叫んだ。

 雪は信じられないものを見る目でそんな会話をする四人を見つめ、真壁から言われた「雪はそれこそ雪のように真っ白な綺麗な子だもんな!」という理由の方がマシだったとどこか遠くで思うのだった。

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