04 紺野雪の異世界召喚

***


 いつも通りのつまらない、何ら変化のない授業を受けていた時だった。

 ああ、平和だ。平和すぎてつまらない。いっそのこと、テロでも何でも起こってくれないだろうか。そんな物騒なことを思ったその時、それは起こった。


 「おいっ、何だよこれ!」


 誰かが焦ったような声を上げた。いつもなら心中でうるせぇなと毒づくくらいするのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。

 雪自身も驚いていたのだ。

 床全体が、ぼんやりと光を放つ。

 こんな仕掛け、なかったぞ。雪は今朝の記憶をじっくりと確認し、もう一度驚いた。やはりこんな仕掛けはされていなかった。流石にこんな大層な仕掛け、人と会話しながらでも気付く。

 くるくると回転する円と謎の文字の羅列。

 ……なんだ、この文字。雪は床の文字を凝視した。脳内の記録を呼び起こし、これに該当する言語を探そうとするが、やはりどれにも当てはまらない。

 一体どうなっている。俺が知らない文字だとでもいうのか? それが、こんな、日本の学校の床に記されているだと?

 真ん中に六芒星が描かれ、更に光は強まった。たまらず一瞬細めたが、それでも構わず床に目を落とす。


「何これ、ドッキリ!?」

「ちょっ、リカちゃんせんせーこれどーなってんの!?」

「おっ、落ち着くのです皆さん! わっ私にも何がなんだかさっぱり……」


 慌てふためくクラスメイト。うるさい黙れ、雪は心の中で彼らを怒鳴りつけた。耳からの雑音のせいで、この文字を使っている地域の特定ができない。

 自分の記憶にある文字を片っぱしから脳内に並べ、これと似ているものを洗い出していく。近いものとしては、ギリシャ文字か?

 机からは筆箱やシャープペンシルが落ちてカシャンと音を立てる。騒ぎ立てるクラスメイトたちの声は、もう雪の耳には届いていなかった。

 どうなってるんだと皆が立ち上がったその時、一際激しく模様が光を放ち、眩い光が教室全体を包み込んだ。




 流石の眩しさに目を瞑ると、空気が一変したのを肌で感じる。早く現状を把握しなくてはと目を開けると、そこは豪華な謁見室だった。

 通常の二倍はあるだろう高さの天井からは、目を見張るような華美なシャンデリアが下がる。雪たちの足元には毛足の長い赤色の絨毯が敷かれ、その先には豪華な椅子が置かれている。

 その椅子の上に乗っている肉か……失礼、人物の頭らしき場所に無駄に宝石が散りばめられた王冠がちょんと置かれていることからアレが王で、その椅子は玉座だろうと当たりをつける。皇帝のパターンもあるが。

 その向かって左、玉座より一段下には立派なカイゼル髭を蓄えたデb……これまた失礼、ふくよかな男性が立っている。

 玉座の後ろには少女が控えていて、その綺麗なドレスと立っている場所が玉座と同じ高さであるし、アレの娘といったところだろう。顔は似ていな……顔なんて分からないか。

 雪は少し、ほんの少しだけ、あんなのの近くに立たされている少女に同情した。


「ようこそ勇者よ、我はジュランデール王国国王、レヴス・ジュランデールである」


 雪が謎の場面で同情心を発揮していると、正面から妙にくぐもった声が聞こえた。雪は思わず驚いてその声を発したであろうにk、ではなくて国王に目を向けた。

 あんな物体からでも聞き取れる声が出るのか。

 雪は、純粋に。非常に純粋に、悪意などなく、あくまで、純粋に! そう思った。

 「勇者」という単語と「国王」という単語に戸惑うクラスメイトを、雪は冷静に観察していた。

 視線を彷徨わせる彼らの中には、驚く者、怯える者、訝しむ者、そして──笑う者。

 へぇ、と雪は手で隠した口角を歪に吊り上げた。

 もう一度確認してみると、プラスの反応を見せているのは皆、いわゆるオタクと蔑まれるカースト下位の連中だ。奴らが好む漫画やラノベに、似たような話でもあるのだろうか。雪は後で声をかけることを決めた。


「あ、あの。ここは、どこですか。勇者ってなんですか。大体、なんで俺らはここにいるんですか。一瞬で、教室から、どうやって移動させたんですか」


 雪がこの後の行動を考えていると、聞き慣れたイケメンボイスが空気を揺るがした。

 我らがA組の中心人物、真壁だ。見るからに日本離れしたこの場の面々の中でも、十分に通用する顔の良さ。雪は脳内で顔を歪めた。何を言うつもりだ。


「それについては私から説明いたしましょう」


 そう言って一歩前に出てきたのは、あのデb……げふんげふん、豊かなお腹を携えた中年男性だ。豪華な服やこの態度から見て、大臣か宰相かその当たりだろう。

 ああ、ぴよんぴよんと跳ねる髭がムカつく。毟りとってやろうか。

 雪は右手をわきわきさせた。


「私はフェルトル、この国の大臣を務めております」


 お、大当たりじゃん。雪の機嫌が少しよくなった。案外単純なのだ、この男。



 それからフェルトルがこの世界についてやら何やらを語っていたが、はっきり言って聞くに耐えない。

 ただでさえ話し方やまとめ方が気に食わないというのに、なにより、内容が、クッソどうでもいい。

 雪は張り付けた不安げな顔を崩さないよう必死だった。気を抜けば顔面に「うっげー、興味ねぇわ〜」とデカデカと書いてしまいそうだったからだ。

 まず、千年も戦争するとか阿呆の極みだろ。雪は内心吐き捨てた。


 そんなに長引かせるくらいなら不可侵条約とか何かしら結べばいいのだ。聖戦だかなんだか知らないが、黒人と白人が戦争しているようなものなのだろう? え、違う? あっそう。

 まあそんなことはどうでもいい、取り敢えず気に入らないのは、魔王が復活したから他者に頼ろうという、その考え方だ。しかも相手は異世界人。

 自分たちの手元は何も減ることなく、どこの馬の骨とも知れん輩を戦場に放り込むだけで勝利する。


 全くもって気に入らない。この本性を知る人間は俺のことをゲスだと言うが、こういった汚い大人たちの方がもっと下衆で屑だと雪は思う。

 ま、これ等も全部政治のあり方だし。素人である俺が口出すことではないな。雪はうんうんと一人頷いた。


「お、俺たちには何の力もありません。普通の高校生です。そんな相手と戦うなんて……」


 再び真壁が口を開いた。

 恐らく殆どの生徒が思っていただろう疑問だ。デb大臣はそんな疑問くらい予想していたようで、ふっと笑った。


「あなた方の世界はこの世界よりも神力の圧が強いのです。そんな世界で暮らしていたあなた方は、常に上から押さえつけられながら過ごしていた事になる。赤子の頃からずっと、常に鍛えているようなものだ。故にあなた方は例外なく強力な力を持っているのです」


 何というご都合設定。雪は僅かに目を見張った。

 いっそ「我らが神が授けてくださったのです」くらいの方が良かったかもしれない。いや、そんな世界だからこそ召喚するターゲットになったのか。

 そんなことを考えていると、大きく前に出て大声で抗議する人物が現れた。我らが担任、天宮だ。


「魔王を倒す!? 冗談じゃないのですよ! 要するにうちの生徒たちを戦争に参加させようってことでしょう!? そんなこと、許される筈がありません! 彼らは学生なのですよ!? あなた方は、子供をそんな危険な相手と戦わせるつもりなのですか!? 私は教師です、この子達を守る義務がある。そんな凶行、この私が絶対に許しません! 大体、あなた達のした事は完全に犯罪なのです! 誘拐罪ですよ! 今すぐ私たちを元の場所に帰すのです!」


 その小さな体で怒りを表現する天宮。本人は必死だが、サイズといい顔立ちといい、怖くない。

 その迫力のなさに呆れていると、大臣が爆弾を落としてくれた。


「あなたの言い分はごもっともです。けれど──あなた方が元の世界に帰る方法は、現状ではありません」

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