05 紺野雪の異世界召喚2
……は?
雪は一瞬自分の耳を疑った。
コイツは、今、なんと言った?
帰れない、と言ったか。戻す術もないのに、俺たちをこんなところに呼び寄せたのか?
滅多なことでは外れない雪の仮面が、この時ばかりは剥がれ落ちた。顔を歪め、こめかみをひくつかせる。
なんだ、何だそれは。無責任にも程があるだろう。身勝手だと思っていたが、いくらなんでもこれはない。
雪は自分の顔が歪んでいるのに気が付いた。急いで周囲に意識を向け、皆が絶望と怒りで周りが見えていないこと確認した。
落ち着け、落ち着くんだ俺。最初から分かっていたことだろう。誰かが帰せと主張することも、相手が無理だと返すことも。
ゆっくりと息を吐き出し、怒りで赤くなった顔を青く染めていく。手は口元に当て、大きく目を見開いて体を震わせる。
俺だって王国側なら、下手な誤魔化しよりも不可能だと答える。そうすれば俺たちは奴らの要求に応えるしかなくなる。
知らない世界で、右も左も分からない、無一文のただの学生たちが生きていける筈もないのだから。
「な、ないって、どういうことなのです!? 喚んだのだから、帰せる筈では!?」
天宮が叫ぶ。他の連中もそうだそうだと同調するように頷いている。
さて、どんな言い訳を用意してくれているのだろうか。
いつも通りとまではまだ言えないが、かなり冷静さを取り戻した雪は、表面上は怯えながらゆったりとした気持ちで大臣の返答を待った。
「残念ながら、この秘術は古に神々より授かった術式。一方通行の術しか我々には与えられていないのです」
なるほど、全ては神のせいということか。神に文句を言うことなど出来ないし、元の世界に帰せと要求することも出来ない。
上手い返しだ。雪は仮面の下で僅かに口角を吊り上げた。
流石は大臣といったところか?
雪の中でマイナスまで下がっていた大臣の評価がゼロまで戻った。
「そ、そんな……」
体から力が抜け、ぺたりと座り込んでしまった天宮。他の連中もどうしようもないことを理解し、己の感情をさらけ出した。
「何だよそれ! 帰れないとか冗談じゃねぇぞ!」
「ふざけないで! いいから家に帰してよ!」
「戦争なんてとんでもねぇ! そんなの嫌に決まってんだろ!」
「なんで、なんで、なんで……」
ふざけるなと怒鳴り散らす生徒に、不安に泣き喚く生徒。ただ怯え、ガタガタを体を震わせる生徒に頭を抱え蹲る生徒。
……ああ、平和じゃないっ。
雪は口元を手で覆い、ふるふると震えながら俯いた。怯えているわけでも、怒っているわけでもない。
──ただ、愉悦に歪む顔を隠すために。
異世界? 魔王? 戦争?
あはっ、テロなんかよりずっと面白いことになったじゃねぇか。
どうしよう、どうしてくれよう。ただ魔族を滅ぼすだけなんて面白くない。いっそのこと魔族どもにやられたとかいう事を全部そっくりそのまま返してやろうか?
いや、それじゃあ足りない。人族軍ですらもうやめてくれと懇願するまで嬲ってやろうか。いや、そもそも何でコイツらの味方前提なんだ?
そうじゃねぇか。俺には何の関係もない。この世界の人間が一人残らず滅びようが、俺は生きていける。ああいや、違うな。人族に滅びられるのは困るか。むしろこのまま戦争が永遠に続くのが一番いいんじゃないか?
雪は先ほど戦争を千年も続けている事を非難したことなど忘れ、自分の想像に胸を膨らませた。
常にどこかで人が災いに巻き込まれ、絶望の叫びが上がる。そんな世界──
最ッ高じゃねぇか!
背筋をゾクゾクとした快感が駆け上がる。雪は体をぶるりと震わせた。
この時、一人のヤンキーが嫌な予感を察知して思わず振り向いてしまったことをここに記しておこう。
周囲から怒号が消え、啜り泣く声だけが鼓膜を震わせる。そうなった頃、大臣が再び口を開いた。
「……ですが、魔王を倒せば……」
「魔王を、倒せば……?」
大臣の言葉を、比較的正気を保てていた真壁が拾った。
ちなみに雪にも声は届いているが、彼は今興奮状態でそんなものは全くに気に留めていない。仁も十分正気だったが、彼はこんな場で声を上げるようなキャラではない。
「魔王は、賢者の石という遺物を持っています。賢者の石は、願いをなんでも一つ叶えてくれる神話時代の遺物です」
「それを手に入れればっ」
真壁たち生徒の顔が一気に明るくなる。
それを見ていた落ち着きを取り戻した雪は、「誘導ざっつ」とまた大臣の評価を叩き落としていた。
そんなんで政権争い勝ち残れんのか? この国の知能レベルが知れるな。
雪は心の中で吐き捨てた。
「ですが、魔王は賢者の石を体内に埋め込んでいるのです」
あー、それ今言っちゃダメだろ。明らかに。
大臣の続けた言葉に、雪は仮面の下で「あーあ」という顔を作った。
雪の予想通り、生徒たちの顔色が再びみるみる悪くなっていく。
こういった悪条件は、やりますと約束させてから伝えるのが正解だ。その方が相手の許容レベルも広がっているし、真壁たちのような正義感溢れる若者なら「どうせ魔王は倒さないと世界を救えないんだから」とかいう理由であっさり引き受けただろう。
これはまた一波来るんじゃないか?
けれど、雪の予想とは裏腹に、彼らはその話をすんなりと受け入れることになる。
「……俺らは、強いんですよね」
「ええ、そうです。この世界の平均のざっと十倍といったところでしょう」
「わかり、ました。……みんな、ここで嘆いていたって仕方がない。魔王を倒せば元の世界に帰れるんだ。俺たちには力がある。みんなで協力すれば、きっと魔王にだって勝てるはずだ! 俺は戦うよ。この世界の人たちを救い、みんなで家に帰れるように。俺たちで世界を救おう! そして、みんなで帰るんだ!」
真壁の言葉に、生徒たちは目に生気を取り戻した。女生徒は熱の籠った目で真壁を見つめ、男子生徒も僅かに嫉妬しつつ憧れの目を向けている。
「まっ、お前ならそう言うだろうなって思ってたよ。俺も協力するぜ」
「孝介……」
「悠人のことだし、そうなるとは思ってたわよ。納得はできないけど、私だって戦うわ」
「楓……」
「流石は悠人くんだね。私も怖いけど、頑張るよ」
「穂花……」
柏木孝介、青海楓、三神穂花。クラスの主要人物である三人を始め、殆どの生徒が真壁に駆け寄り、一緒に頑張ろうと声を掛け合う。
ああ……虫唾が走る。
そんな明るい青春を一歩引いた所から見ていた雪は、誰もこちらに意識を向けていない事をいいことに、盛大にその綺麗な顔を歪めていた。
首や腕には鳥肌が立ち、雪は両の腕を抱きしめるように摩った。
みんなで協力ぅ? 一体何万人の兵士たちが協力して敗れてると思ってるんだこの男は。
俺たちで世界を救う、ねぇ。ああ、嫌だ嫌だ。これだからイイコちゃんは嫌いなんだ。
お前らが人族側を勝たせたとして、それで魔族がどれだけ苦しむと思ってるんだ?
いや、そんなことは考えすらしないか。きっとお前たちの中では魔族なんてただの害獣と同じ扱いなんだろう。
全く、俺らよりも酷いやつじゃないか。
雪は、緩やかに口角を上げた。そしてすぐに不安げな顔をつくり、ゆっくりと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます