03 廉の感想
***
「──んで、地下通路歩いて食堂に移動して雪たちと再開、って訳。まさかあんなすぐに再開するとは思ってなかったわ〜」
亮はぱたぱたと手を振りながら楽しげに笑った。
その周りにいたという男たちについて詳しく聞き出そうとした雪だったが、亮は「真ん中に女の子いたからそれしか見てない」などと宣った。
相変わらずの女の子大好き野郎である。
貴史はというと、「雪ともう会えないことに絶望していたので覚えていない、すまない」だそうだ。雪はため息をついた。
「ちなみに聞くけど、その王女様ってどんな感じだった〜? ていうか名前は?」
どこから取り出したのか板チョコを齧り出した廉が尋ねる。本当にどこに隠し持っていたのだろうか。カバンなどはこの世界に一緒に来ていないし、懐にでも隠し持っていたのか?
「んー、確か名前はシフォンケーキみたいな? 顔はまあまあだったと思うよん」
何とか記憶を探り出し、こんな感じだったと思うと告げた名前は、まさかのケーキ。雪たちは引いた。そしてその後の評価にも引いた。ドン引きした。廉が聞きたかったのはそういう評価じゃない。
「まあまあってお前な」
「シフォンケーキはないだろう、いくらなんでも」
「そういう樫本は覚えてんの? あの王女サマの名前」
「知らん。興味もない」
「ん〜。でもここって異世界でしょ? 案外変な名前ばっかりかもしれないよ」
ため息をついた雪と流石にそれはないと否定する貴史。しかし奇襲というものは意外なところからやってくる。
チョコの半分を消費した廉がまさかの援護に回る。雪は嘘だろと目を見張り、貴史は言外に責める視線を送った。
「いや、ごめん。俺も言ってから流石にないと思ったわ」
けれど、当の本人によって廉の言葉は否定された。
「え、何それ。ひど」
廉は拗ねた。頬を膨らませ、膝を抱えて亮を睨む。仕草自体は可愛いものなのだが、如何せん廉はデカい。上背が大きいのだ。
よって、正直そこまで可愛くない。むしろ少し不気味だ。すまん。
「おい、廉。拗ねてないでB組の話もしろ。飴やるから」
そう言って雪は個包装の飴玉を放った。口に入れるとしゅわしゅわするタイプの飴だ。廉は少し態度を軟化させ、仕方がないと話し始めた。
***
やけに周りが騒がしくて、一体何だと教室を見渡せば、床が謎の光を放っていた。その眩しさに目を閉じると、次に目に入ってきたのは全く見覚えのない内装だった。
高いドーム型の天井に、ずらりと並んだ座席、重そうな扉。それらを見下ろしているのだから、廉たちが立っているのは数段上の場所だろう。舞台か何かの上だろうか。足元には教室で見たものと同じ模様が描かれていた。
それが消えていくのを見ながら、廉は驚いていた。かなり久しぶりに。この衝撃は雪と出会った時以来だ。
まさか瞬間移動なんてものが既に実現していたなんて。廉は珍しく現状に興味を持った。
きょろきょろと辺りを見回していると、舞台下に複数の人が立っていることに気がついた。槍を持った西洋の鎧を纏う何人かの兵士と、高そうなタキシードを着た白髪の老人。
クラスメイトがざわついているのを横目で観察しながら、ポケットに入っている飴の包装を破り、口に含む。青リンゴ味だ。美味しい。
廉が一人、お得パックの飴を堪能していると、先ほど目に入ったタキシードの人物が進み出てきた。
「ようこそ勇者様方、私はランドニーと申します」
そう言ってにっこりと笑ったのは、白髪白髯を長く伸ばした好々爺然とした初老の男性だった。片眼鏡、モノクルを掛け、片手を胸元に当てて軽く当てている。その背筋はしっかりと伸びていて、歳を感じさせない。
男性──ランドニーという人物は自らを宰相だと名乗り、廉たちの立場やあちらの事情を説明してくれた。
彼が語った話によると、廉たちは異世界から召喚された勇者で、この滅びかけている世界を救うために呼び出されたらしい。
廉はまた驚いた。召喚なんていう、一瞬で別の場所、いや、別世界に移動する術が本当にあるなんて。これがファンタジーというものか。
廉が純粋に魔法の凄さに驚いていると、ランドニーはつらつらと魔族たちの悪虐非道な行いを語った。
それはもう悲痛に塗れた、深い怒りを感じる、心の底から悲しんでいるような、悔いているような、非常に同情心を煽る話し方だった。
廉は思う。
この爺さん、上手い。
ただ相手の行いがどれだけ酷いのかを話すだけでなく、所々「あの時私が違う戦略を取っていれば」「もっと別の采配を行なっていれば」という後悔を滲ませている。
こういう話を聞くと、人はより親身になってその人の話を聞こうとする。
流石は宰相を務める人間、ということなのだろうか。
けれどやはり、それをこちらに悟らせているようではまだまだだ。純粋なクラスの面々は気づいていないようだが、廉には嫌というほど演技だということが伝わってくる。その奥に隠された、真っ黒な腹が覗いているのだ。
それから当然出てきた元の世界に帰せという要求は、不可能だという言葉で突き返された。絶望と悲しみ、怒りに喘ぐ生徒たちだったが、ランドニーから与えられた「賢者の石」という希望に易々と飛びついた。
必ず魔王を倒して元の世界に帰るぞ、その思いの下彼らB組は結束した。皆で肩を抱き合い、声を掛け合っている。
廉は半分ほど溶けた飴玉を噛み砕いた。せっかくの異世界という非日常。僕一人だなんて、つまらない……。
廉は込み上がってきた眠気を、噛み殺すことなく堂々と欠伸してみせた。
***
「──で、やけに天井の高い廊下を歩いて、あの食堂に移動した、ってわけ。そういえばC組はもういたよね」
廉は最後の一欠片を口に入れ、思い出したように呟いた。
「あー、ってことはあの爺さんがこの国の宰相さんってことね。おっけー」
「恐らくだが改めて紹介のようなものがあるだろうな」
亮は扉から入ってきたB組メンバーの先頭に立っていた老人を思い出し、なるほどと頷いた。廉もうんうんと頷きながら、自分の予想を口にする。それには雪も同意のようで、小さく首を縦に振った。
「じゃあ最後は俺だな」
そう言って足を組み替えた雪は、ゆっくりと口を開いた。
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