02 情報交換

 口角を吊り上げた雪に周囲の青年たちは各々の反応を返した。


「ほんっとにね! まさか異世界召喚とか現実で起きるなんて思ってなかったわ〜」


 けらけらと明るい声で笑うのは、色素の薄い茶髪に琥珀の目をした青年、山路亮。周りの生徒たちの印象通り、そこらで女性を引っ掛けては遊んで次へを繰り返すクズ男である。

 ぷぅと口元の風船ガムを膨らませ、亮は目を細めた。ベッドの上で足裏を合わせるように座り、体を揺らす。


「……俺としては雪の演技を見てるのが辛かった。吹き出すの我慢するの大変だったんだからな」


 少し疲れたようにため息をついた鈍い金髪の青年、宮田仁。その凶悪な目つきと荒い口調で勘違いされがちであるが、喧嘩は売られない限りしない。売られれば必ず買うが。

 ベッドに腰掛け、疲労感からかやや背中を丸めている。鋭い焦げ茶の目を恨みがましげに向けられた雪はどこ吹く風で涼しい顔をしている。仁はまた深いため息を吐き出した。


「雪が楽しそうで何よりだな」


 とても慈愛の籠った声でそう言ったのは、黒目黒髪の青年、樫本貴史。その声色とは裏腹に、やはり表情は凍りついたまま動かない。喜怒哀楽が全くと言っていいほど顔に出ないのだ。

 うんうんと一人頷き、雪の方をじっと見る。椅子に腰掛け、背筋をぴしりと伸ばした貴史の姿は、その整った顔立ちといい生気のない瞳といい、まるで人形のようだ。


「んー、現実味がないけど、雪たちと一緒なら基本面白いからいいんじゃないかな〜」


 のんびりとした口調で口の中の飴玉をコロコロと転がしながら答えた黒髪の青年、廣瀬廉。常に窓の外を眺めている癖に、考査では軽々と次席を取っていくIQ170を誇る天才だ。

 ベッドの上で壁にもたれかかり、呑気そうに伸びをしている。口調や動きは幼いのだが、その身長はこの五人の中でも最も高い。今もその伸ばされた長い足を雪と亮の二人が恨めしげに見ている。


「ま、お前らはそう言うと思ってたよ」


 雪は少しつまらなさそうに、けれど少し嬉しそうに微笑した。貴史の目がカッと見開き、脳内にシャッター音が鳴り響く。貴史は携帯がこの場にないことを恨んだ。代わりに脳内ファイルに永久保存しておく。

 そんな貴史の気配をなんとなく感じながらも、雪は特に気に留めずに話を続けた。


「それで、だ。これからどうする? あのフェルなんたらとかいう大臣の馬鹿話に踊らされるか?」


 ふっと嘲るように笑った雪に、仁たちは顔を見合わせた。数秒互いの顔を眺め、同時に(貴史以外が)吹き出す。


「ない、ないないない、ないって」

「そんな言い方されてそれを選ぶ奴がいるかよ」

「雪がそうしろと言うならそれでもいいぞ」

「いや〜、僕そこまで馬鹿じゃないつもりだしなぁ。あんな狸みたいなおっさんの手の上で踊るとか嫌だな」


 げらげらと笑い出した亮と語尾に笑いを滲ませる仁。貴史はキリッとした雰囲気で雪を見つめた。雪はそれを華麗にスルーし、廉はへらりと笑ってすっぱりと言い切った。


「だよな。つーことで暫くはあの大臣の言う通り訓練して、この世界のことを学ぶ。ある程度力を付けたらここから脱出、でいいな」


 特に表情を変えることなく分かっていたと頷いた雪は、今後の簡単な方針を伝え、形ばかりの確認を取る。

 勿論彼らは反対などしないし、拒否したりもしない。


「おっけーい」

「りょーかい」

「分かった」

「ん、それがいーね」


 軽く頷いて、これからが楽しみだと笑った。



 それから最初にしたのは情報交換。見た目ヤンキーの癖に何故か料理がとても上手い仁が自炊用の材料を貰いに食堂へ行き、残りの四人で簡単にこの世界に来た時のことを語り合う。

 最初に口を開いたのは、味のなくなったガムを交換したばかりで少し上機嫌な亮だった。


「俺らC組はねぇ──」


***


 目を開けると、そこは知らない場所だった。

 薄暗い空間に松明のようなものを灯している。ぐるりと辺りを見渡せば白いローブを着た男たち。足元には消えゆく魔法陣。

 青年、山路亮はぱちぱちと瞬きをした。知らない空間に知らない顔ぶれ、もしや拉致かと思ったが、自分の記憶が授業中で途切れているのでその線は薄い。というか教室にもさっきのに似た模様が浮かび上がってたわ。

 もしや、これが噂に聞く異世界召喚という奴だろうか。少しばかり気が昂っていた亮は、近くにいる集団に一気に自分のテンションが下がっていくのを感じた。

 ここはどこだ一体何事だと騒ぎ立てるクラスメイトたち。落ち着けと怒鳴り散らすゴリ先の声が耳に突き刺さる。うるさいなぁ。

 全くつまらない。何も面白くない。

 こんな奴らと一緒に異世界旅行だなんて、欠片も楽しくない。せめて樫本と二人だけだったなら、もう少し楽しめただろうか。いや、あんな生人形と二人きりというのは息が詰まりそうだ。

 亮は深く息を吐き出した。

 少しづつ落ち着きを取り戻していたクラスの連中が、再びざわめき出した。生徒たちの目線を辿っていくと、白い男たちを左右に割って登場した一人の女性。

 白と水色と金で縫い上げられたドレスは、少女の神聖的な美しさをより引き立てていた。波打つブロンドに透明感のある白い肌、こぼれ落ちんばかりの大きな碧色の瞳。現実世界では到底お目にかかれないタイプの美少女だ。

 皆が息を呑むのがわかった。男も女も関係なく、その美しい少女の容姿に見惚れ、動けないでいる。

 けれどそんな中、亮と貴史だけは特になんの感情も抱くことなく、少女が口を開くのを見ていた。


「ようこそおいで下さいました。勇者様方」


 なるほど、俺たちは勇者らしい。

 亮は一人、納得したように頷いた。周りが混乱し、どういう事だと騒ぎ立てる中、少女は凛とした声で彼らを宥め、事情を説明した。

 何でもこの世界はよくあるファンタジー世界で、魔王の復活により人族が滅びかけているらしい。その現状を打破すべく、これまでの伝承に則って亮たち勇者を召喚したんだそうだ。

 こちら側の同情心を煽りたいのか何なのか、魔族側の残虐な行いをつらつらと述べていく彼女に被害者を悼む気持ちはあるのだろうか。

 クラスの連中はまるでファンタジー小説だと少し興奮した様子だった。中には魔族を滅ぼさないととか言っている者までいる。

 亮が抱いた感想はただ一つ。


『何それくだらなっ』


 お前らの事情なんざ知ったこっちゃねぇんだよ。今日はやっと落とせたお嬢様校の箱入り娘とデートの予定だったんだけど。何も知らない無垢な娘を堕とすのは特別楽しいというのに、どうしてくれるんだ。

 亮はどこまでも最低な理由で王国側を呪った。



 そして激昂した委員長が元の場所に帰せと怒鳴る。けれど返ってきたのは『出来ない』という絶望のみ。クラスメイトたちは一気にパニックに陥った。

 さっきまでのワクワクはどこいったお前ら。

 そして見事に打ちひしがれる召喚者たちに、王女様だという美少女から希望がもたらされた。いわく、魔王を倒せば元の世界に帰れるかもしれないのだと。

 魔王が体内に埋め込んでいる、賢者の石とかいう遺物を使えば元の世界に戻れるかもしれないのだという。

 ちなみに遺物というのは、神話時代の道具や植物、鉱石なんかのことをさすらしい。

 うーっわ。なんて雑な誘導。

 亮は余りの下手くそさに自分の口から失笑が漏れたのが分かった。周りに聞こえていないといいが。

 ちらりと貴史を見たが、やはりアイツの表情筋は一ミクロンも動いていなかった。さすが鉄仮面。

 あの顔で「雪の方がもっと上手く誘導する」とか考えているのだろう。脳内でドヤっているかもしれない。

 けれど、クラスの連中は亮が思っていたより馬鹿だったらしい。いや、普通の人間はこんな状況でそう言われれば疑うまでもなく食いつくものか。むしろ疑ってかかる自分たちの方が異常だ。


「ほっ、本当ですか!?」


 おお、いいんちょが釣れたぞ。

 ええ、本当です。その返答に、次から次へと新たな魚が彼女の差し出した餌に飛びついていく。俺たちで世界を救うんだ! そんなことを言い出す輩まで現れた。

 いやー、むしろ壮観だわこれ。

 亮は込み上げてきた笑いを必死に噛み殺した。

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