M02 勇者寮
その後フェルトルさんに全員分の紙を渡し、これからの生活についての説明を受けた。
「これから暫くの間はスキルや魔法についての説明と、基礎訓練を行っていきます。勇者の皆さんには寮が与えられますので、そちらで生活してください。食事は朝昼晩とご用意させていただきますが、自炊をお望みの方はそちらでも結構です。では、早速寮の方に移動しましょう」
フェルトルさんの案内に従って、さっき通った廊下を進み、城の外に出る。初めて外から王城を見たが、やはりというか内装から想像できるように非常に豪華で大きな建物だった。
度々兵士や従者とすれ違い、頭を下げられながら塀に囲まれた敷地内を歩く。暫く行くと、大きなマンションのような建物が見えてきた。入り口には二人の衛兵が立っていて、俺たちに気づくとビシッと背筋を正し、敬礼してくれた。
それにお疲れ様ですと声をかけて、建物の中に入っていく。入ってすぐには大きなロビー。学年全体が入ってもまだ余裕がある。天井に吊られたシャンデリアにびっくりしながらも、フェルトルさんの案内に続く。
「こちらが食堂。専属の料理人が付いておりますので夜食などもご用意できます。そしてこちらが大浴場。女湯と男湯がございますのでご安心ください」
臙脂色と紺色の暖簾には驚いたが、なんでも先々代の勇者が付けてくれと頼んだらしい。女性陣が男女で別れている事にホッと息を吐いていた。ぽろぽろと残念がる声も聞こえたが。楓に聞かれたら鉄拳制裁だぞ。
「こちらの中庭は自由に使っていただいて結構です。自己鍛錬されるも日光浴されるも遊び場になさるもご自由に」
次に案内されたのは、大きな木が一本生えた広い空間だった。小さな学校のグラウンドくらいあるんじゃないだろうか。食堂といい風呂といい、スケールがでかい。
「では最後に皆さんの自室を」
やっと俺たちの暮らす部屋が紹介された。中には五つのベッドが並んでいて、小さいながらもキッチンも備えられていた。きちんと各部屋にトイレも完備されているらしい。しかも水洗だとか。以前喚び出した勇者の中にそういうのに詳しい人がいたらしい。どういう人だ。
「それでは部屋割りをお伝えしておきますね」
「え、自由じゃないんですか?」
びっくりして聞き返してしまった。これまであれも自由これも自由と来たのだし、部屋のメンバーも自由に決めるものだと思っていた。というか他はいいからここを自由にして欲しかった。
そんな学生なら当たり前の感情を抱いていると、フェルトルさんは困ったような顔をした。
「以前はそうしていた様なのですが、先代勇者様の時に少し問題が起こりまして……」
言いにくそうな顔を見るに、相当大変な事が起こったのだろう。それもあまり人に言えないような。
なんとなく察した俺たちは、仕方ないかと受け入れる事にした。
「ご理解いただけて何よりです。今回は皆さん学生ということで、教師の方に部屋割りの作成をお願いしました」
「よーし、発表していくぞ!」
そう言って横にはけたフェルトルさんに変わって口を開いたのは、タンクトップにジャージと言う出立ちの筋肉質な男性だ。C組担任、
C組の生徒たちが一斉に顔を歪めたのが見えた。うちのリカちゃん先生と違って、生徒からはあまり人気がないのだ。
「今回は交流も兼ねて、他のクラスの人物と一緒に振り分けてみたぞ! あまり行動を共にしていない印象の者をまとめた!」
何してくれてんだこのゴリラ。そんな声があちこちから聞こえた気がした。俺としてもこんな状況なら仲のいい友達と一緒にいた方が落ち着く。それに……。
チラリと雪を見た。口元に手を当て、不安そうに視線を揺らしている。雪は人見知りが激しいのだ。こんな時に知らない連中の中に放り込まれでもしたら、ストレスで体調を崩すかもしれない。
どうか一緒の部屋であれと願いながら郷里先生の発表を待った。
「──105! 矢野羚悟、真壁悠人、菅野樹斗、曽田誠、弥谷信吾!」
どうやら俺と雪は同じ部屋割りではないようだ。楓と穂花も別の部屋だった様だし、生徒会メンバーはバラしてあるのだろう。後は孝介と雪が同じ部屋になるのを祈るしかない。
「──203! 加納明、草野恭太、守山将人、柏木孝介、新堂英治!」
こ、これはまずいぞ。俺たちは顔を見合わせた。雪の顔色がどんどん悪くなっていく。今にもぶっ倒れそうだ。どうか、どうか、せめてまともなメンバーであってくれ。雪と仲良くなれそうな優しくて明るい奴を、頼む!
そう祈りながらも、俺たちは気づいていたのかもしれない。まだ名前を呼ばれていない者たちが、一体どんな輩であるかを。
「204! 宮田仁!」
ああ、あのヤンキーが……。俺たちはチラリとまた顔を合わせる。宮田仁、地域でも有名な学校周辺のボスだ。なんでも入学初日に校区内のドンを伸したらしい。
その相貌に合わせて口もかなり悪い。話しかければ睨まれるし、「あ?」とドスの効いた声で返される。雪の目の動きは更に速くなっていた。
「
嘘だろ。孝介が呟いた。廣瀬廉──B組きっての問題児だ。定期考査では常に楓を押さえて学年二位と秀才なのだが、授業中だとうと朝会だろうと構わずお菓子を食べている。チョコだったり飴だったりアイスだったり、常に何かしら咥えているのだ。
それにいつもどこを見ているか分からない。授業中も、体育の時間も、ずっと虚空をぼうっと見つめているのだ。何か見えてるんじゃないかと一時期噂になった。
雪はマイペースな人間が苦手なのだ。彼とも仲良くするのは難しいだろう。雪はブレザーの裾を掴んで俯いていた。
「山路亮!」
なんでよ、楓が震える声でこぼした。さっき食堂で言った通り、彼は校外でもプレイボーイとして有名な遊び人なのだ。近くの女子校や大学生も食っているとかなんとか。
それに山路はチャラい。基本的にテンションが高い。そういうところも雪には合わない。雪の背が丸まっていく気がした。
「
ゆ、雪くん。穂花が心配そうに雪を見やる。C組の二大問題児が一人、樫本貴史。黒目黒髪の落ち着いた見た目の青年だ。勿論もう一人は山路で、こちらに比べると樫本は特に問題はない様に見える。あくまで表面上は。
彼が問題児たる所以は、その口調と性格にある。表情筋はピクリとも動かないし、話しかけると透き通ったイケボで容赦無く叩き伏せられる。人と仲良くする気など微塵もないのではないかとコミュニケーション能力に問題のある生徒なのだ。
ちなみに教師にも非常に辛口だ。普通に「馬鹿じゃないのか貴様」などと言う。こんな人と仲良くなんてなれる訳が無い。雪はブルブルと震えていた。
頼む、くるな、聞き逃しであれ!
「最後は──」
そんな俺たちの願いは、あっさりと投げ捨てられた。
「紺野雪!」
雪は、真っ白になって燃え尽きていた。
慌てて雪に駆け寄り、必死に宥める。けれど雪は安らかな顔で、「ごめん、僕、死ぬよ」と掠れた声で言い残し、がくりと首を倒した。
「「「雪ー!!」」」
「雪くーん!!」
その後俺たちは必死に郷里先生を説得した。雪は人見知りだから、知り合いと一緒の部屋にして欲しいと。せめて彼らの内二人は別の人にして欲しいと。
けれど、郷里先生、いや、ゴリラ先生はついぞ首を縦に振らなかった。
「だ、大丈夫か?」
「ウン、ダイジョブダヨ」
「や、やっぱりゴリ先生に……」
「ダイジョブダヨ」
「でも……」
「ダイジョブダヨ」
「雪」
「ダイジョブダヨ」
雪は大丈夫としか言わない。それも明らかに大丈夫じゃない発音だ。
けれどどれだけ俺たちが心配したところで、この部屋割りは変わらない。心配げな俺たちの目を背に、雪は204号室に入っていった。
「大丈夫、かな……」
「雪ぃ」
「心配だよ」
「ああ」
***
真壁たちの心配を背に、雪は204号室へ足を踏み入れた。後ろ手で扉を閉し、そのまま鍵もかける。カチリ、と金属音が響いた。
部屋の中には四人の男子生徒が揃っていた。鈍い金髪に射殺すような鋭い目つきの青年。黒髪に深い藍の目をした、どこか遠くを見る青年。楽しげに目を細めているのは風船ガムを膨らませた茶髪の青年。それとは対照的に能面のような顔をした黒髪の青年。
白い肌に黒い髪をのせ、深緑の瞳を一度閉じた青年。彼は堂々たる足取りで部屋の奥まで移動し、一番奥のベッドに腰掛けた。深く体が沈み込み、彼はゆっくりと口を開く。
「──さて、面白いことになったなァ?」
ククッと笑った青年──紺野雪は、自分を見る四人の問題児たちに緩慢な視線を送った。
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