01 異世界召喚
***
……は?
生徒達は自身の目を疑った。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、目を擦る。けれどこの光景に変化はない。
二階分はあるだろう高い天井にそこから吊り下がった豪華なシャンデリア。下を見れば赤い絨毯が敷いてあり、その先には豪華な椅子が置かれている。
生徒達が立っている絨毯の脇には、槍を持ち腰に剣を差した甲冑姿の男たち。そして椅子の上にはふくよかな体つきの男が乗っている。
座っているのではない、乗っているのだ。何というか、こう、はみ出ている。座っているのではなくて、こう…………乗っているのだ。上手い表現が見つからない。
そのてっぺんには小さな王冠が乗っているので、あの男が王の様な立場なのだろう。ということはあの豪華な椅子は玉座でいいのか。
その横には見るからに豊かなお腹を抱えた、豪華な服を着た男が立っていて、玉座の後ろには若い娘が控えている。王の娘だろうか。あまり似てはいないようだ。
「ようこそ勇者よ、我はジュランデール王国国王、レヴス・ジュランデールである」
生徒たちがきょろきょろと辺りを見渡していると、正面からやけにくぐもった声がした。正面にいる人物、国王という言葉、喋ったのはこの大きな男だろうか。
視線を彷徨わせる生徒たちの中には、驚く者、怯えるもの、訝しむ者。皆戸惑っている。
誰もが言葉を失う中、一人の生徒が口を開いた。
「あ、あの。ここは、どこですか。勇者ってなんですか。大体、なんで俺らはここにいるんですか。一瞬で、教室から、どうやって移動させたんですか」
彼らA組の中心人物、
真壁が発言しただけで、生徒たちの空気が落ち着いた。
「それについては私から説明いたしましょう」
そう言って一歩前に出てきたのは、立派なお腹を抱えた玉座の左側に立つ中年男性だ。くるんと上を向いた、カイゼル髭を撫でる。ぴよんぴよんと髭が元に戻る様が少し笑いを誘う。明らかに今はそんな空気ではないが。
「私はフェルトル。この国の大臣を務めております」
フェルトルと名乗った男が語り出した話は、それでよく大臣が務まるなと思ってしまう程纏まっておらず、実に自分勝手なものだった。
フェルトルの話を要約するとこうだ。
まず、この世界には大きく分けて三つの種族が存在する。人族、魔族、亜人族だ。人族はこの世界で一番大きい北西の大陸、魔族は次に大きい南の大陸を支配している。そして亜人族は他の小さな大陸や人族の国で暮らしているらしい。
この内、人族と魔族は神が天へ昇られた頃から、約数千年もの間戦争を続けている。魔族は全体数が少ないものの、戦闘可能な個体が多く、個々の力も強大なのだという。
人族の方が人口は多いのだが、老人や女子供は戦えない。一方で魔族の老人というのは五百を過ぎた人のことを言うらしく、殆どの者が戦いに出向くことができるのだそうだ。
そんな魔族たちに人族は兵士の数と光属性という魔族が苦手とする属性の力で対抗してきたそうだ。闇属性のオーラを身に纏う魔族には光魔法や聖魔法がよく効くのだとか。
互いの戦力は拮抗し、大規模な戦争はここ百年ほど起きていないらしい。だが、そんな均衡が崩れ去る事件が起こった。
──それが、魔王サトゥリードの復活だ。
魔王とは、魔族たちの長であり父でもある魔人だ。その昔、この世界を混沌が埋め尽くしていた頃から存在し、数百年に一度深い眠りにつくのだという。
そんな魔王が三年前、目を覚ましてしまった。
魔王の復活により魔族全体の士気が上昇した上、魔王の加護によって光属性への耐性を獲得してしまったのだ。無論効かないという訳ではないが、以前のような劇的な効果は見られないという。
更には、魔王の力によって魔物たちが魔族の指揮下に置かれてしまった。
魔物とは、通常の野生動物が負の魔力を体内に多く溜め込んでしまうことで変質した異形の化け物のことを指すらしい。らしい、というのはこの世界の学者たちにもまだ明らかになっていない点が多いのだとか。
これによって、人族側は数の有利を失い、魔族側は光属性という弱点を補強した。なんとか均衡を保っていた天秤は、魔王の復活とというたった一つの出来事で大きく傾いた。
つまり今、人族は滅亡の危機を迎えているのだ。
しかし、魔王の復活という出来事はこの数千年の間で何度も起こっていることだ。当然なんの解決策もないという訳ではない。彼らは以前より魔王の復活に合わせて異界より戦士を呼び出していたのだ。
今回、ここに連れてこられた生徒たちこそが、その戦士、──勇者なのである。
そしてフェルトルは、生徒達に魔王を倒して欲しいと言った。
生徒達はどうすればいいのだと混乱する。中には魔族を倒さなくてはなどと言い出す者もいた。けれど、彼らは高校生だ。日本という平和な国で生きてきた、極普通の。
「お、俺たちには何の力もありません。普通の高校生です。そんな相手と戦うなんて……」
真壁がちらほらと他の生徒達にも浮かんでいた疑問を投げかける。フェルトルはその質問を予想していたようで、ふっと笑って安心してくださいと言った。
「あなた方の世界はこの世界よりも神力の圧が強いのです。そんな世界で暮らしていたあなた方は、常に上から押さえつけられながら過ごしていた事になる。赤子の頃からずっと、常に鍛えているようなものだ。故にあなた方は例外なく強力な力を持っているのです」
その力というのは重力と似たようなものなのだろうか。月に行くと高く飛べるようになるのと同じようなものなのか。
皆が何とか説明を噛み砕こうとしていると、突然大声で抗議する人物が現れた。薄い茶髪のロングにぱっつん前髪。百五十ちょいの身長とくりくりとした目は非常に幼い印象を与える。
「魔王を倒す!? 冗談じゃないのですよ! 要するにうちの生徒たちを戦争に参加させようってことでしょう!? そんなこと、許される筈がありません! 彼らは学生なのですよ!? あなた方は、子供をそんな危険な相手と戦わせるつもりなのですか!? 私は教師です、この子達を守る義務がある。そんな凶行、この私が絶対に許しません! 大体、あなた達のした事は完全に犯罪なのです! 誘拐罪ですよ! 今すぐ私たちを元の場所に帰すのです!」
A組担任、
彼女は今年二十七歳になるアラサーなのだが、低身長に童顔、少し変わった口調もまたアクセントとなって非常に可愛い。その愛らしい容姿で割とズバズバ言ってくる点もツンデレだと可愛がられているのだ。
そんな可愛らしい呼び名を付けられているのだが、本人はそう呼ばれるとむきーと怒り出す。何でも大人のお姉さんになって〜姉さんと呼ばれるのが夢なのだとか。
あまり堂々と生徒を可愛がる素振りは見せないが、素直じゃないだけで生徒大好きなこの先生。今回も好き勝手な召喚理由と彼らの要求に怒り、口を開いたのだ。
縦にも横にも大きい、大臣という偉い立場のフェルトルに抗議する小さく可愛らしい少女(成人済み)。
そんな天宮を見て「ああ、睨んでるけど怖くないよ、リカちゃん先生」と、場違いにも和んでいた生徒達だったが、表情に影を落としたフェルトルが放った言葉にその空気を凍りつかせる。
「あなたの言い分はごもっともです。けれど──あなた方が元の世界に帰る方法は、現状ではありません」
場を静寂が支配する。重く冷たい空気に上から押さえられているようだ。誰もが理解したくないといった顔でフェルトルを見る。
「な、ないって、どっ、どういうことなのです!? 喚んだのだから、帰せる筈では!?」
天宮が叫ぶ。周囲の生徒たちも顔を青くさせ、体を震わせていた。
「残念ながら、この秘術は古に神々より授かった術式。一方通行の術しか我々には与えられていないのです」
「そ、そんな……」
別の世界に攻め入りでもしたら大変でしょうと続けたフェルトルに、天宮は脱力したようにぺたんと座り込んでしまった。はくはくと口が空気を求めて動く。
もたらされたあまりの絶望に、他の生徒たちも口々に恐怖や怒りを叫び出した。
「何だよそれ! 帰れないとか冗談じゃねぇぞ!」
「ふざけないで! いいから家に帰してよ!」
「戦争なんてとんでもねぇ! そんなの嫌に決まってんだろ!」
「なんで、なんで、なんでっ……」
怒鳴り散らす生徒に泣き喚く生徒、頭を抱えて蹲りなんでなんでと繰り返す生徒。あっという間に集団パニックの出来上がりだ。
パニクる生徒達を、フェルトルや王たちは静かに眺めていた。幾度の召喚の経験からこうなることは予想できていただろうし、ここで声を荒げたりすればその強大な力を持った生徒たちに襲われるかもしれない。それくらいは分かっているようだ。
怒声が消え、啜り泣く声があちこちから聞こえてきた頃、フェルトルが生徒達に希望をもたらした。
「……ですが、魔王を倒せば……」
「魔王を、倒せば……?」
小さな声でこぼしたフェルトルの言葉を、比較的冷静だった真壁が拾った。ゴクリと唾を飲み、縋るような目で正面を見据える。
「魔王は、賢者の石という遺物を持っています。賢者の石は、願いをなんでも一つだけ叶えてくれる神話時代の遺物です」
「それを手に入れればっ」
ぱあっと顔を輝かせた生徒達は、次に続く言葉でまた下を向いた。
「ですが、魔王は賢者の石を体内に埋め込んでいるのです」
それはつまり、魔王を討ち滅ぼさなければ手に入れられないということ。世界の悪の根源とも言える、遥か古来より生きている、バケモノに勝たなくてはならない。
無理だ、誰かがそうこぼした。それを引き金に、皆が次々とできっこない、不可能だと絶望していく。
「……俺らは、強いんですよね」
皆が打ちひしがれる中、拳を握りしめ俯いたままの真壁が口を開いた。フェルトルは大層に頷き、肯定する。
「ええ、そうです。この世界の平均のざっと十倍といったところでしょう」
「わかり、ました。……みんな、ここで嘆いていたって仕方がない。魔王を倒せば元の世界に帰れるんだ。俺たちには力がある。みんなで協力すれば、きっと魔王にだって勝てるはずだ! 俺は戦うよ。この世界の人たちを救い、みんなで家に帰れるように。俺たちで世界を救おう! そして、みんなで帰るんだ!」
ぐっと拳を掲げ、そう宣言する真壁。浮かべた笑顔がきらりと光った。同時に、彼の主人公補正とも言えるカリスマ性が効果を発揮した。
絶望に打ちひしがれた生徒達の顔に生気が戻り始める。それどころか、キラキラと輝き出した。皆が真壁を輝く瞳で見つめ、女子生徒の殆どがうっとりとした目を向けている。ああ、モテモテだな。一部の男子生徒は乾いた笑みを漏らした。
「まっ、お前ならそう言うだろうなって思ってたよ。俺も協力するぜ」
「孝介……」
真壁の肩に手を置き、へへんと鼻の下を擦りながら笑ったのは、クラスのムードメーカーである
「悠人のことだし、そうなるとは思ってたわよ。納得はできないけど、私だって戦うわ」
「楓……」
やれやれと首を振りながら真壁の横に立った黒髪の女子生徒、
「流石は悠人くんだね。私も怖いけど、頑張るよ」
「穂花……」
最後にそう言って微笑みかけたのはクラスのマドンナ、
いつものメンバーが真壁の言葉に同意を示し、他の面々も同調しながら四人の元に駆け寄っていく。凛花先生も仕方がないと渋々頷いていた。
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