ゲス共の行く、異世界奇譚
波川色乃
プロローグ
独立都市ギュラシニア。
冒険者の街として賑わいを見せるこの街、ハロシニト。その一角に店を構える宿屋「カモエの止まり木」には特段珍しくもない五人組の冒険者が泊まっていた。
特に変わったところのない客なのだが、強いてあげるならばその顔面偏差値が異常だというところだろうか。皆この辺りの国では見かけないような顔立ちをしている。彫りが浅いのにやけに綺麗な顔なのだ。
どこか遠くから風の噂でまたどこぞの国が勇者を喚び出したとかなんとか聞いたが、まさか勇者様がこんなボロ宿に泊まるまい。「カモエの止まり木」の女主人はそう結論付け、洗濯作業に戻った。
「……暇」
ぽつり、自分の脚に頬杖をついた青年の口から小さな声がこぼれ落ちた。右に傾けられた首に合わせ、男にしては長い黒髪がさらりと流れる。
誰にも届かぬように思えた青年の呟きは、意外に皆の元までしっかりと届けられたらしい。
何も写さない生気を失った目が青年の方を向く。ぱちぱちと目を瞬かせた後、不思議そうに首を傾げた。
「どうした。昨日までそろそろ面白いものが見られると楽しみにしていたじゃないか」
声色からも仕草からも不思議がっているというのは伝わってくるが、彼の表情筋は一ミリも動いていない。
相変わらずだという思いとそのまま察しろよという理不尽な怒りからため息をついた青年は、じとりとした目を彼に向けた。
「だからだろうが。動きがなさすぎて面白くない。このままだと上手くいきすぎて楽しくないんだよ。もっと藻掻けよつまんねぇな」
その綺麗な顔からは想像もつかないほど顔を歪めた青年は、チッと鋭い舌打ちをこぼした。
「そうか、そうだな。その考えに辿り着けなかった自分を疎ましく思う」
やはり表情は変わらないが、背後に雨のような線を背負っているのが分かる。よく分からない理由で落ち込んだ彼に、青年はもう一度ため息をついた。
妙に重苦しい空気の中、部屋の木製扉が大きく音を立てた。
壁に叩きつける勢いで扉を開けたのは、カチューシャをした茶髪の青年だった。この空気をぶち破るようにとびきり明るい声と顔で室内の三人に報告した。
「来たよ来たよ来たよ! お待ちかねの、アレが!」
「おいおいマジで来たぞ! お前らほんとどうなってんだよ!」
それに続いたのはいやに鋭い目つきの青年。二人とも頬を赤く染め、目を爛々と輝かせている。かなり興奮しているようだ。
「へぇ〜、来たんだ。僕らの読み通りだねぇ」
二人の報告で、ずっと窓の外を眺めていた背の高い青年が漸く反応を見せた。緩く微笑んだ青年は、さっきまで不機嫌だった我らがリーダーに目を向けた。
「──ふっ、当然だろうが。俺のシナリオが崩れるワケねぇだろ?」
嘲るような笑みを浮かべた青年は「なぁ、お前ら」とご機嫌な様子で続けて彼らの顔をゆっくりと見渡した。
スゥと目を細めた青年の問いかけに、彼らが返す言葉など一つしかない。青年の手足たる彼らは、皆同じように口角を歪めた。
「「「「当然」」」」
***
「えー、この化学式は──」
正直言ってつまらない、いつも通りの授業時間。担任でもある理科教師が黒板にチョークで文字を書いていく。
表面上は真剣な顔で、本当は全く違う問題を解きながら、片手間にノートへ書き写す作業を行う。ああこの問題は面白い。一瞬引っかかりそうになった。そんなことを考えながらノートの重要単語にマーカーを引いた。
一つ前の席に座る生徒は窓から差し込む暖かな日差しにこくりこくりと船を漕いでいて、隣の奴なんて机に突っ伏して完全に寝てしまっている。
……ああ、平和だな。なんて当たり前のことを思ったりした時、それは起こった。
「おいっ、何だよこれ!」
床が、ぼんやりと光を放つ。くるくると回転する円と謎の文字の羅列。真ん中に六芒星が描かれ、更に光は強まった。
「何これ、ドッキリ!?」
「ちょっ、リカちゃんせんせーこれどーなってんの!?」
「おっ、落ち着くのです皆さん! わっ私にも何がなんだかさっぱり……」
慌てふためくクラスメイト。机からは筆箱やシャープペンシルが落ちてカシャンと音を立てる。けれどそんな音は生徒達の声にかき消された。
どうなってるんだと皆が立ち上がったその時、一際激しく模様が光を放ち、眩い光が教室全体を包み込んだ。
目を開けると、そこは異世界だった。
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