19話——ドラゴンの卵

「やっと着いた…」


 ドワーフ国を出てから数日。

 アマネ達はようやく拠点にしている廃村へと帰り着いた。


「……本当にここに住んでるんですか?」


 そう呟いたライジン達が目の前に広がる光景に唖然としている。


「そうだよー。中々雰囲気あるでしょ?」


「……何か出そう……」


 ベルンがヴォルグの背中で怯えている。心配していた足の捻挫は、翌朝には腫れが引き、今は普通に歩けるまでに回復している。


 アマネは改めて廃村を見渡した。

 確かにハクが拠点にしている家以外はボロボロで、原型が分からない程朽ち果てている。村といっても活気も灯りも無く、朽ちたそれらに囲まれ一軒だけポツリと佇むハクの家。余計に不気味な雰囲気を醸し出す様は、恐怖映画にでも出てきそうな怪屋敷に見えなくもない。


「アマネさんをこんな環境の悪い所に住まわせていただなんて……」


 ライジンの瞳がメラメラと燃えている。どうやらヤル気に火が付いたようだ。ヴォルグの家を建てつつ、ハクの家の修理と廃屋の撤去が即座に決まった。


「長旅で疲れたし、ご飯にしたら早く休みましょう」


 リビングの小さなテーブルと椅子を外へ出しスペースを確保すると、ドワーフ国を出る際に貰った食材で簡単な夕食を作った。火鼠のラグを敷いて全員で囲む。


「皆んなで食事が出来るように、大きなテーブルが欲しいわ」


 人数も増えた事だし、せっかくなら大勢で楽しく食事がしたいと言うアマネに、シドがそれならと口を開く。


「直ぐに用意しますよ。資源は豊富にありますしね」


「畑も欲しいの。せっかく種を頂いたから、自分で栽培出来れば、食料の足しになるでしょう?」


「廃屋を撤去したらモグラ達に耕耘させましょう。場所はこの辺りで良いですか?」


 ペディが筒状に丸められた薄い木の板を広げると、サラサラと村の全体図を書き込んでいく。

 廃村の最奥にあるこの家に向かって左手にヴォルグの新居を、右手にドワーフ達の家兼工房を、そのこちら側に畑を作ると言う事になった。この家の正面は広く開けておき、全員で囲める大きなテーブルと椅子を置き、食事は皆んなでと言う事で話しがまとまった。

 因みにモグラ達が休める様にモグラ舎も建てると言う話しだ。


「お前らの家もなんて、住む気満々じゃねぇか」


 ハクの溜め息に、ライジンが反論する。


「長期戦になりそうなので。ここに工房があれば、アマネさんの道具の手入れも出来ますし。何か問題ありますか?」


 バチバチと見えない火花を散らし、睨み合うふたりの間にアマネが割って入る。


「大変だけど、宜しくね! ライジンくん。ハクも。食材の用意は大変だと思うけど、お願いね」


「お任せください!!」


 胸を張るライジンと裏腹に、ハクは舌打ちをかましそっぽを向いてしまう。そう言う事じゃねぇと言う呟きはアマネの耳には届かない。

 仲良くして貰うには時間が掛かりそうだ。


「皆んなの家が出来るまでは、リビングに寝泊まりして貰って構わないから」


「何でだよ」


 腕を組み、壁にもたれるハクヘ珍しくアマネが睨みを効かせる。


「お客様を野宿させる気!? そんな事、出来る訳無いでしょう! ベルンは女の子なのよ! 絶対ダメよ!」


 アマネの睨みを受け、チッと舌打ちすると、そのまま奥の部屋へ入って行ってしまった。


「私、外でも平気です」


 申し訳無さそうに零したベルンに、ヴォルグが笑った。


「気にすることないよー。アレはいっつもああだからー」


「そうよ。それに『好きにしろ』って言ってたし、気にせずゆっくり休んで、ね」


「「「…えっ?」」」


 あの舌打ちの何処をどうとったら『好きにしろ』になるのかと、ドワーフ達が困惑している。唖然とする彼等にアマネが微笑みを浮かべて答えた。


「ハクは分かりにくい所はあるけど、ちゃんと考えてくれてるわ。本当にダメな時はダメって言ってくれるから」


「そうそう。だからホラ。ベルンちゃん此処においでー」


 さっさと横になったヴォルグが隣をポンポンと指し示す。どさくさに紛れて此処で一緒に寝る気らしい。ベルンの頬がみるみるピンクに染まっていく。


「ベルンは私と——」


 アマネの話をヴォルグが遮り、もじもじしている少女の手を引いた。


「大丈夫大丈夫。子供に手を出す趣味は無いからー。 かと言って危ないから、野郎の中にひとりにもしておけないしー」


 一番危ないのはヴォルグだと思う…


 其処にいた全員が思った事だったが、口に出す者はいない。

「何かあれば声を掛けて」とだけ伝え、アマネは寝室へ続く入り口を潜った。

 ランプを消し、ドワーフ達も横になろうかという時、奥の部屋からアマネの声が聞こえてくる。


『えっ!? 此処で一緒に寝るの!?』

『何だよ今更』


 くぐもってはいたが、話の内容は丸聞こえだ。ドワーフ三人衆とベルンの視線が暗い奥の部屋へと注がれている。


『だだだだってこれシングル——』

『うるさいさっさと来い』

『きゃっ! ちょっ…まっ…やっ…変なトコ触らないで』

『狭いんだから仕方ないだろーが。暴れんな。縛り付けんぞ』

『無理! 無理だよ! 眠れないよ!』

『強制的に眠らせてやろーか』


 ギシとベッドが軋む音が聞こえて来る。

 若かりし彼等にはさぞ刺激の強い事だろうか。

 ドワーフ達は頭まですっぽりと掛布を被り、ヴォルグの影に隠れたベルンの顔は真っ赤に染まっている。

 やれやれと見兼ねたヴォルグが奥へと声を掛けた。


「新婚さーん。イチャイチャするのはいいけど、丸聞こえだからねー」


『『………』』


「静かになったねー。これで眠れるかなー?」


 コクコクと激しく首を振るベルンを見て、ヴォルグはクスリと笑みを零した。真っ赤に色付いたままの頬をひと撫でするとスカイブルーの瞳を覗く。


「ゆっくり、おやすみ」


 金色の瞳が徐々にぼやけていく。

 何故か急に重くなった瞼を閉じながら、ベルンは優しく頭を撫でられる感覚に不思議な安心感を感じていた。



 翌朝。

 ベルンが目を覚ますと、辺りには既に良い匂いが立ち込めている。

 少し離れた場所に寝ていた筈のドワーフ達の姿は既に無く、掛布が畳まれ部屋の隅に置かれていた。

 眠い目を擦りながら上半身を起こすと、腹部にずっしりと重さを感じる。

 え? と視線で追った先には逞しい腕が。それが自分の腹部へ回されていたのだ。

 ベルンを拘束してスピスピ寝息を立てているのは、あの森から救い出してくれた狐の魔人だ。いつの間にか彼の抱き枕になっていたのだという事実を知り、ベルンのつま先から頭までが一気に沸騰した。熱い頬を手で抑えながらどうしようかと頭を巡らせる。


 コレも彼の言う『利用する』内に含まれるのかな……


 そうなら下手に動かずこのままの方が良いのだろう。何よりぐっすり眠っているのを起こしてしまうのは忍びない。

 ただ、彼の場合気まぐれで行動を起こす事もしばしば。この『抱き枕化』が気まぐれの可能性も大いにある。

 結局どうする事も出来ないまま、アマネが起こしに来るまで眠りこけていたヴォルグの腕の中でフリーズしていたのだった。



「おはようベルン。よく眠れた? 好きな席に座って」


「テーブル、もう出来たの?」


 ハクの家から外へ出たベルンが目にしたのは、此処にいる全員が囲める程の大きなテーブルと、その上に並べられた朝ごはんのプレートだった。

 早朝からドワーフ三人衆が製作してくれたのだそうだ。椅子は背もたれの無い丸椅子だが充分座り心地が良さそうだし、何より湯気を漂わせ良い匂いをさせている朝食がやたらと美味しそうだ。

 ハクとドワーフ三人衆は既に席へ着いており、ベルンもハクの向い側、シドの隣へ座った。


「パンケーキとオムレツにしたんだけど、もし嫌いな物とかあったら言ってね! ジャムは好きなのかけて」


「はーい……え?」


 ハクのカップにお茶を注いでいるアマネの姿にベルンがフリーズする。

「わーお」と茶化すような声にそちらへ視線を向けると、やっと起きてきて入り口に立つヴォルグがアマネの姿に珍しくあんぐりしている。


「なになにー? もう子供作っちゃった訳? ハクってばケダモノー」


 そうなのだ。ベルンがフリーズし、ドワーフ達がソワソワしていた理由。アマネのお腹がポッコリと膨らんでいたのだ。傍から見れば臨月の妊婦だ。

 まさかと分かっていても、ヴォルグの発言と昨夜のいかがわしいふたりの会話を意図せず聞いてしまった新参4人は、思わずハクとアマネを凝視してしまった。


「バカが! んな訳ねぇだろ」


「違う違う違う! これは……」


 アマネが後ろを向くと何やらゴソゴソやっている。取り出したのは黒光りした鉱石にも見える球体、超古代種竜エンシェントドラゴンの卵だった。


「卵を孵すには温めなきゃと思って……」


 真面目な顔してそんな事を言い出すアマネに最初にヴォルグが吹き出した。


「プリちゃ…ははっ! ウケる!! マジで言ってんの!?」


 見ればベルンもライジンも、シドとペディまで笑っている。


「だから止めとけって言ったろ」


「いい考えだと思ったのになぁ…」


 ハクには呆れられ、他の魔には笑われ、アマネはすっかり拗ねてしまった。


「でも、本当に人間の体温位の熱では孵らないと思う」


 ベルンが目尻を擦りながら教えてくれる。泣く程可笑しかったという事実にショックを受けたが、ベルンが少しでも元気になってくれたのなら良しとしようか。


「そうなの? じゃぁどうすれば……」


「火山まで持ってってマグマに放り込んでくればー?」


「面倒くせぇな。そこの竈門にぶち込んでおけばいいだろ」


 視線を向けた先にいたふたりの魔人は、パンケーキを頬張りながら適当な返事をしてくる。


「もう! 貴方達に聞いた私がバカでした!!」


 適当な事ばっかり! と小鼻を膨らませるアマネに、「いや…」と口を開くのはライジンだ。


「あながち間違いじゃ無いですよ」


「え!? ウソでしょう?」


 驚きに目を丸くするアマネに、ベルンも補足してくれる。


「炎位の熱が無いと孵らないって本で読んだ事あるよ。確か竜種全般だったと思う。個体によって違いがあるとは思うけど…」


「どれくらいの熱が必要なんだろう? どれくらいで孵るもの?」


 その質問に答えられる者はいなかった。

 仮に炎の側に置くとしても、朝から晩まで卵が孵るまで絶やさず火を燃やし続けると言うのは現実的にも難しいように思われる。


「ねぇ、ハクの糸に『炎効果』って付けられない? 前に素材があればカスタム出来るって言ってたよね?」


 あ、すっごい嫌そうな顔してる。

 これは出来ると見た!!


 炎の様に熱を維持出来る糸があれば、それで縫うなり編むなりして卵を包み、温め続ける事が出来る筈だ。それならずっと火を起こし続けなくて済むからアマネにも孵す事が出来るかもしれない。


「どうすれば出来る?」


「糸の錬成時に素材の魔力を込めれば」


「炎の効果を付ける為の素材って何?」


「知らねぇ」


「そっか…」


 シュンと肩を落とすアマネに、ヴォルグがカラカラと笑った。


「じゃぁ聞きに行っちゃおっか?」


「聞くって、誰にですか?」


 首を傾げるベルンにウィンクを飛ばすと、ヴォルグがいつもの胡散臭い笑みを浮かべる。


「『森の賢者』様さー」

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