16話——誤解

 超古代種竜を見送り、卵を持ち帰った翌日、アマネが長い長い二度寝後に目を覚ますと、既に陽は高く昇った後だった。


 原因は分かっている。

 ベッドの向こう、座り心地抜群のふかふかソファにどっかりと腰を下ろし、茶をしばいている白の魔人。ハクのせいである。


 一度朝早くに目覚めたアマネは、隣で眠るハクの姿を認めると、再びプチパニックを起こした。

 しかし、すぐに昨夜の事を思い出し、一通り百面相すると、下着姿をどうにかする為ベッドを抜け出そうとしたのだ。


 ところが、実は既に起きていたハクにお約束のごとく捕まった。「さっさと魔力を寄越せ」とベッドへ逆戻りさせられると、問答無用で左胸を暴かれてしまった。

 カスのような抵抗虚しく蜘蛛の痣へキスを落とされると、羞恥の中再び眠りへと強制的につかされてしまったのである。

 そうして現在に至る。


 相変わらずいつも通りのハクを、掛布を被ったままベッドから盗み見る。


 もう少しこっちの感情とか事情とか考えて欲しいのにな……


 ただ、この国へ来る事になった理由もそうだが、ドラゴンの件でも無茶をさせてしまっている自覚があるだけに、文句は言えない。

 それに、所詮自分は保存食、ハクからしたら事務的に『契約の条件』を遂行しているに過ぎないのだ。こんな風に変に意識してしまっているこちらがおかしいだけなのだろう。


「おい!」


「うひゃあ」


 ひとりで悶々としていると、いきなり掛布が剥がされる。


「起きてんならさっさと支度しろよ」


「え?」


 自分で自分の肩を抱きながら、眉間にシワを寄せて此方を見下ろすハクを見上げた。


「出掛けるんだろ? それとも夜まで寝てる気か」


 出掛ける用事なんてあったっけ? と言う顔をしていたのでしょう。ちっと舌打ちが飛んで来た。


「道具屋行くんだろーが」


「え!! 連れて行ってくれるの!?」


 嘘!?

 一緒に行ってくれるんだ。


「お前野放しにしてたらロクな事にならねぇからな。監視だ」


 それでもいい!

 やっとゆっくり見て回れるのだと思うと、さっきまで悶々としていたのが嘘のように吹き飛んでしまった。

 動き易い服装にしろと言われ、持って来た膝丈の白いワンピースを選んだ。

 流石にハクの前で着替えもメイクもするのは、元貴族令嬢としてもひとりの女としても憚られるので、ローテーブルのクロスをハクの糸で吊るしてもらい、鏡台の周りを簡易カーテンで仕切って貰った。

 後で仕切りを置いてもらえないか聞いてみよう。


「気になってたお店なんだけどね! あそこ、ライジンくんのお店なんだって!」


「らしいな」


「私の裁縫道具も彼が作ってくれるらしくて、もう本当に楽しみなの!! ハクはああいうお店は興味無いと思ってたから驚いちゃった」


「興味ねぇよ。監視って言ったろ」


「そうだったねー」なんて笑い、鼻唄を歌いながら鏡に向かう。

 簡易カーテンに仕切られて、その時のハクの表情を伺い見る事は出来なかった。眉間に深くシワを刻み、「面倒な事にならなきゃいいが」と呟く彼の懸念を、アマネは全く知る由も無かったのだ。



 城を出て城下町へ下りると、昨日とは打って変わって賑わいを見せていた。

 大通り沿いの露店や出店からは元気な店主の声が飛び交い、それらを見て回るお客さんも多く、その表情は晴れやかで生き生きとしている。

 この様子なら国が本来の姿に戻って行くのは時間の問題だろう。


 ハクと並んで歩きながら、店から覗く幾つかの見知った顔に手を振った。

 しばらく道なりに歩くと目的の店が見えてくる。通路に面した陳列棚へライジンが商品を並べているところだった。


「ライジンくん! こんにちは」


「!! アマネさん! いらっしゃい」


 後ろに立つ白い魔人に、一瞬無表情になったものの、ライジンは笑顔でふたり(主にアマネ)を迎えた。


「中へどうぞ」


 通されて店内へ足を踏み入れたアマネは、感動のあまり声を失ってしまった。壁や棚、テーブルには所狭しと様々な商品が並んでいたのだ。

 入って左側には裁縫等の手仕事に使える道具がズラリと。右側にはナイフや鍋等の生活道具がびっしりと。


「今朝、オリハルコンが入荷したのでアマネさんの道具も制作に入ってますよ」


「ホント!? 楽しみだわ! ハクの糸が普通のハサミで切れないから、裁縫が全然出来なくて困ってたの」


 アマネの話にライジンの顔からみるみる笑顔が消えていく。


「ハク、の…糸…? え? …まさか、魔人の糸で縫い物しようとしてたんですか!?」


「ええ。…え? 何かおかしい……?」


 成る程、それでオリハルコン製だったのか。

 そこで初めてライジンはアマネの要望が無茶苦茶だった理由を知った。

 オリハルコンとは本来、『勇者』や王国騎士団等のトップクラスの戦士が武器として持つ金属なのだ。

 それを『裁縫道具』にしてくれ、とは、変わった注文だとは思っていたが……。


「普通の奴はで縫い物しましょ、なんて思わねぇんだよ」


 後ろから聞こえた呆れ声にアマネが振り返ると首を傾げる。


「何で? 同じ糸なのに?」


「同じじゃねぇよ。オレの糸にはオレの魔力が籠ってる。普通の人間にはまず扱えない。最初に見せたろ?」


 そういえばそうだった。ハクの糸で木製の椅子が粉々にバラけていたのを目撃した。

 なんならアマネも刻まれるところだったのだ。


「それじゃあ、ハクに糸を貰ったところで裁縫出来ないって事? …あれ? でも、破れたドレスは縫えたよね?」


 契約してから初めて貰った糸で普通に縫えた筈だ。ハサミは壊れてしまったから、その時はハクに糸の処理をして貰った。


「お前がになったからな」


 そうか。

 契約の条件に盛り込まれた事で、『魔人の糸』が私には『普通の糸』として扱えるようになったんだ。

 …そうか。

 だからあの時、少しだけでも糸が欲しいと言った私に、ハクは頑なに『契約したらな』と言ったのか…。


「お前の発想が異質過ぎんだよ」

「そうみたいね。でもそう思うのならもっと早く言って欲しかったわ」

「いや分かるだろ。普通」

「分かる訳ないじゃない! こう見えても箱入りよ」

「自分で言うかよ」


 ライジンはふたりのやり取りを側で眺めていた。

 方やSクラスの魔人。ドワーフの王にも肩を並べるだろう上位魔人だ。死ぬ間際だったとはいえ、超古代種竜を退けたその力は計り知れない。

 方や人間の、ごく一般的な娘である。魔力を秘めているのは感じるが、非力な可愛い女の子だ。

 それが『血の契約』を結び、今、此処でこうしてイラっとする程ジャレついているのだ。不思議でならない。


「一体どうして……」


 無意識に出ていた声にハッとした時には、ふたりの視線が此方へ向いている。

 ぎゅっと拳を握り、ライジンは意を決して口を開く。


「ふたりは本当に夫婦なんですか? どうして契約なんて……まして『血の契約』だなんて、普通じゃないじゃないですか!」


「え? そうなの? …てっきり魔族のあるあるなのだと——んぐ」


「お前もうしゃべんな。余計ややこしくなりそうだ」


 ハクが後ろからアマネの口を塞ぎ、睨みつけるように此方を見つめる青年へ向き直った。


「オレがこいつを手元に置きたかった。そうする為に契約した方が都合が良かっただけだ。その理由までお前に話してやる義理はねぇよ」


「気持ちが無いのなら、オレにもチャンスありますよね?」


「あ?」


 殺意の込められた眼光に、竦みそうになる気持ちを奮い立たせ、ライジンが口を開く。


「契約は『上書き出来る』って知ってますか?」


「「!?」」


 何でコイツがそれを知ってる?

 そしてひとつの心当たりに舌打ちをかます。


「……まさか…あの狐だな」




 昨日、ハクの睨みを諸に受け、衝撃の事実に打ちひしがれていると、ふたりと行動を共にしているもうひとりの魔人がライジンを待っていた。


「プリちゃんに目を付けるとは、君、いいセンスしてるね!」


「プリちゃん?」


 ハテナを飛ばすライジンに、「アマネの事だ」とカラカラ笑う。


「いい事教えてあげよっかー」


 言うや否や馴れ馴れしく肩を組んで来た狐の魔人は、内緒話しをするようにライジンの耳元へ顔を寄せてくる。


「『血の契約』はね、上書き出来るんだよ」


「え? ……本当ですか……」


「ホントホント! まぁ条件次第だけどねー。だから諦める事ないよー。死ぬ気でガンバ!!」


 それだけ言うとクルリと体の向きを変え行ってしまったのだ。




 その条件まで教えてはくれなかったが、出来ると言った以上方法がある筈だ。

 白の魔人がどんな理由で彼女と共にいるのか知らないが、気持ちが無いのなら自分にだってチャンスはある。

 ハクの腕の中で呆然としているアマネに熱の籠った眼差しを向ける。


「絶対にいい物作るので、アマネさん、待っててくださいね!!」


「え? あ、はい。お願いします」


 続きに取り掛かると言うライジンへ礼を述べ、アマネはハクと共に店を出た。

 帰り道、「ライジンくんも魔族なんだね」とポツリと漏らしたアマネヘ、ハクが訝しげな目を向ける。


「当たり前だろーが。ドワーフだぞ」


「そうなんだけど、契約の上書きって言ってたくらいだから、私と血の契約したいって事でしょう?」


「知らねぇよ」


「…ライジンくんも保存食確保したいのかって思ったら……何か複雑だわ……」


 深刻な顔してそんな話しをし出すアマネに、ハクは思わず足を止めてしまった。


 …………。


 数歩先へ進み、此方を振り返るアマネをじっと見つめてしまった。


 コイツ、本気で言ってんのか?


「…? どうしたの?」


「…いや。別に…」


 完全に意味を履き違えてやがんな。

 呆れながらも決して訂正してやる事のないハクは、再び歩き出すアマネの後ろをついて行く。

 この鈍感な世間知らずをどうしてくれようか。

 後ろ姿を眺める彼の口元は僅かに歪んでいた。




 それから数日を城内や城下町で過ごし、ドワーフの国を思う存分に堪能した3人は、その日のお昼頃、国王からの呼び出しを受け、三度謁見の間を訪れた。

 そこには、ライジンや若いドワーフの姿もある。


「待たせたな。注文の品が完成した」


 国王に促され、ライジンが布を捲ると、そこに並べられていたのはアマネが待ちに待ったオリハルコン製の裁縫道具だ。


「わぁ……綺麗ね……」


 乳白色の裁ち鋏や糸切鋏、カラフルな鉱石があしらわれたまち針や、職人技が光る大小様々な縫い針等、一式揃って並べられていたのだ。

 それらを収納する裁縫箱も用意されており、箱全面に細かな細工が施され、蓋の部分には宝石で作られた彩りの薔薇が咲いている。

 貴族令嬢の頃にも見た事の無かった芸術作品のような美しい仕上がりに、アマネは思わず溜め息を漏らした。


「こんなに素晴らしい工芸品を頂いてしまって本当によろしいのですか?」


 大金をはたいて欲しがる貴族が山程いそうだ。

 欲のない物言いに、ドワーフの王が豪快に笑った。


「そなたの為にこの若き職人が作り上げたのだ。貰ってやってくれ」


 嬉しそうに此方を見つめるライジンの前へ立つ。


「本当にありがとうございます。大切に使わせて頂きますね」


 今すぐ使ってみたいとソワソワするも、ハクの睨みにしぶしぶ我慢する。またしばらくお預けだ。


 ドワーフの王から廃村へ派遣する職人が紹介された。

 ひとりはやはりライジンだ。

 本人が志願した事もあったが、オリハルコンの道具の手入れは専門家にしか出来ない事も理由の一つだ。

 家の改築にシド、土木の専門家としてペディというドワーフが選ばれた。晩餐の時に一緒に食事をした3人だ。彼らはドワーフの中では若い方だが、職人としては一人前なのだそうだ。

 村が賑やかになりそうで、アマネは嬉しく思っていたが、ハクは先が思いやられそうだと短く溜め息をついている。対照的にヴォルグは面白くなりそうだとニヤついている。相変わらずだ。


「またいつでも訪れるが良い。主らなら歓迎しようぞ」



 こうして目的の品と、資材や食料を分けて貰い、予定には無かったドラゴンの卵を携え、アマネ達は新たな仲間と共にドワーフの国を後にした。

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