17話——迷い子

 ドワーフの国を出て半日程、アマネ達はドワーフ族の愛馬である『草原モグラ』の背に揺られ、深い森の中を進んでいた。

 馬では無い。モグラである。


 大きな体に8本の足が生えたこの草原モグラは、沢山の足を器用に動かし地面を這う様に滑らかに進んでいく。

 背中に取り付けられた鞍に跨り、ライジンの背中にへばりつく。馬ともウォーウルフとも違う乗り心地は、なんと言っても揺れが少なく、独特の動きに慣れてしまえば快適だった。


 廃村までまた長旅かぁと思っていたところに登場したモグラ達に、驚きはしたが荷物も人も一度に運べるとあって有り難い限りだ。



 ドワーフ族の男性はある程度の年齢になると、自分とタッグを組む『モグラ』を捕獲して飼い慣らすのだそうだ。

『モグラ』には幾つか種類があり、坑夫なら鉱石を掘る為に地中を縄張りとする『岩盤モグラ』を、ライジン達の様な材料を加工する事を専門とする職人達は、資材の運搬や輸送に適した『草原モグラ』をパートナーにするようだ。

 自分の『モグラ』を捕獲し飼い慣らす事で、初めてドワーフ族の男として認められるのだと言う。

 ドワーフ達が鉱山を開拓して国を築いているのには、この辺りの事情もあるのかもしれない。


 変わり映えのしない森を進みながら、ライジンの愛馬ならぬ愛モグラに乗せてもらい、一風変わった彼等の風習をアマネは興味深く聞いていた。


「この草原モグラは地中は進めないの?」


 アマネの知っているモグラは地中に棲む動物だ。今背中に乗っているこのモグラは魔物だろうから同じでは無いだろうが、興味から尋ねてみる。


「進めますよ。『草原』なんてついてますけど、地中を進む方が速いです」


「へぇーそうなんだね! フランソワちゃんは凄いね」


 この愛モグラの名前だ。

「「フランソワちゃん?」」

 息ぴったりに呟き、ハクとヴォルグがもの凄い目で見てきたが、アマネは何の違和感も無くその名を呼んでいる。

 なんならシドとペディも名前を知らなかったのか、ライジンよりも恥ずかしそうにしている。

「嘘だろ」と呟くハクにヴォルグが「プリちゃんと気が合いそうだねー」とカラカラ笑っていた。



 陽が傾き、空に藍が混じり始めた頃、野営の為の拠点を探して徒歩に切り替えた時だった。

 不意にヴォルグの三角耳がピクリと動き、キョロキョロと辺りを見回す。

 その様子に皆んなが動きを止めた。


「ヴォル?」


「…泣き声がする」


 アマネの耳にもドワーフ達の耳にも聞こえていない。

 アマネがハクを見上げるが、此方を見下ろすその顔が僅かに左右へ振られた。


「可愛い子ちゃんかも知れないから見に行ってみよー」


 そう言って再び歩き出すヴォルグの後を追った。

 進行方向から少し外れたところ、急に地面が無くなり高さにして2メートル程の崖が現れた。

 其処から下を覗くと、土壁に背を付けるように踞る人型があったのだ。泣いている小さな声が聞こえている。


「え? 子供!?」


 急に聞こえた声に驚いたのか、酷く怯えた顔が此方をバッと振り向いた。

 スカイブルーの髪と瞳が印象的な真っ白な肌の可愛い少女だ。直ぐに人間では無いと分かったのは、珍しい色と彼女の耳が長く尖っていた為だ。


「エルフか? なんでこんな所に」


 頭からすっぽりと被るタイプの衣服はところどころが破れており、土で汚れている。膝は両方擦りむけ、右足は捻挫したのか足首が腫れ上がっていた。

 此方に怯えた目を向け、お尻を付きながら後ずさろうとしている彼女に、アマネが慌てて声を掛ける。


「待って! 怪我してるのなら動いちゃダメ——」


 言ってる側から立ち上がろうとしてバランスを崩してしまっている。

 まるで此方の話を聞こうとしない少女。余程恐ろしい目に遭ったのだろうか。

 アマネが少女の側へ行こうとスカートをたくし上げたところで、ポンっと肩が叩かれた。


「お前は止めとけ」


 ハクに止められ「でも」と言い掛けたところでヴォルグが前に出る。


「オレが行くよ」


 アマネがハンカチーフを渡すと、ヴォルグがフワリと跳躍し、少女の側へ降り立つ。


「あーあ。派手にやっちゃったねー。痛いでしょ?」


 突如目の前に降りて来た上位魔人に、エルフの少女がかたかたと体を震わせる。大きな瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れ落ちている。その様子を見てヴォルグがカラカラと笑った。


「そんなに怯えなくても、オレ、子供を食べる趣味なんか無いよー」


「ひっ!!」


 余計に怖がらせてどうするのかとハラハラしていると、ヴォルグがしゃがみ込みアマネが渡したハンカチーフを差し出した。


「とりあえず涙拭きなー。せっかく可愛いのに、泣いてちゃ勿体ないよー。…ホラ」


 殺そうと思えば一瞬で出来てしまう筈の魔人がニコニコしながらハンカチーフを差し出して来る。そのあり得ない状況にエルフの少女は益々混乱を深めて固まってしまった。


「フリーズしちゃったねー」


 笑いながらヴォルグがハンカチーフを少女の目元に押し当てる。その手つきが驚く程優しくて、少女は呆然とヴォルグを見つめ、されるがままじっとしていた。


「さて、そろそろ夜になるけど、怖ーい魔獣が沢山いる森の中にひとりぼっちと、とっても強くてイケてる魔人についてくるの、どっちがいい? あ、強制じゃないから、好きな方選んでー」


「………」


 エルフの少女が探るような眼差しを向けてくる。ヴォルグは相変わらず掴みどころのない笑顔を向けたまま、少女の返事を待っている。

 エルフの少女がヴォルグの後ろ、崖の上で此方を伺っている彼等へ目を向けた。少女につられてヴォルグも後ろへ目を向ける。真っ先に目に付いたのは、目付きの悪い白だ。


「ああ、あの白い魔人は目付き悪いけど大丈夫! 隣のお姉さんがちゃんと見張っててくれるからー。隣のドワーフ3人は、オレの家直しに来てくれるトコだし、害は無いよー」


 そうして再び少女へ向き直ると立ち上がり手を差し出した。


「死にたいなら止めはしない。生き延びたいならこの手を取れ。何を信じるのかは自分で決めなー」


 ヴォルグを見つめる大きな瞳が揺れている。

 戸惑いと迷いが色濃く見える。


「……たすけて、くれるの…?」


 か細く絞り出した様な声に、ヴォルグが胡散臭い笑みを深める。


「それを君が望むなら。…もちろんタダじゃないよー? オレはプリちゃんと違って優しくないからねーちゃんと利用させてもらう。対価はそれでいいよー」


 少女が一度顔を伏せた。逡巡する様をヴォルグは何も言わず眺める。

 若いな…

 まだ100年かそこらのひよっこエルフだ。表情から考えている事がダダ漏れだ。が、その方が今は都合が良い。再び視線が交わるのを待って、ヴォルグが手を差し出したまま半歩近付く。

 思った通り、少女の細く白い腕が持ち上がると僅かに震えた指先がヴォルグの手に重なった。

 ニヤリと悪い笑みを隠しもせず、震える手を握ると自分へ向かって引き寄せた。

 そのまま抱き上げ、驚きに目を丸くする少女を横抱きにする。


「交渉成立ねー。君、名前は?」


「ベルン」


 消え入りそうな答えに「名前も可愛いねー」と笑いながら、少女を抱えたままアマネ達の元へ戻って行く。


「迷い子のベルンちゃんでーす。皆んな仲良くしてねー」


「とにかくこのままじゃ目立ち過ぎる。隠れられそうな場所探すぞ」


「それなら探すより、作った方が早いですよ」


 ドワーフ達が向けた視線の先、草原モグラが3体、地面から顔を出していた。



 フランソワ達が掘ってくれた地中の空間に、ドワーフ達が寝具代わりにと、魔獣の毛皮で作られた敷物を敷いている。

 ドワーフ族愛用の『火鼠』のラグだ。

 軽くて丈夫な上、炎耐性があり火にも強い。毛皮自体に熱がこもっており、敷いてもよし掛けてもよしの優れものである。


 灯り取りのランプを丸く囲み、ドワーフ族の携帯食を分けて貰いながら、アマネは周りを見渡した。

 上位魔人にドワーフに人間。そして目の前にはエルフの少女。まだ卵だが竜種もいる。

 随分と多種族の大所帯になったものだ。


 ベルンの膝は擦り傷だったが、右足首は相当強く捻ってしまったのか大分腫れている。

 ハクの薬とライジン達が持っていた薬草で応急処置はしたが、とりあえず今は様子見だ。


「痛むようなら直ぐ言ってね」


 そう言って心配そうな表情を見せるアマネに、ベルンはコクリと頷いた。警戒されてはいるが、怯える様子は見られない。ヴォルグのお陰で落ち着きを取り戻したようだ。


 アマネやドワーフ達は、無理に事情は聞かないつもりだったのだが、ベルンは自分から話してくれた。


 彼女の故郷は海に浮かぶ島国で、年中雪の降る寒い土地だ。

 エルフ族はドワーフ族のように集団で生活する種族である。コロニーによるが、ベルン達は小さな集落を築き、森の中でひっそりと暮らしていた。

 エルフ族はコロニー毎に手の甲へ刺青を入れる風習がある。ベルンの左手の甲には雪の結晶の形、『ニクス』の紋章が彫られていた。

 ドワーフ族のように積極的に人間と関わり合う訳では無いが、自分達の森で採れた薬草や果物、村で作られる工芸品などを売り、食料品や資材などの物資を確保するくらいの交流はあった。


 その日もいつもと同じように、数人のエルフと街へ出ていた。そこで、人攫いにあったのだ。

 ベルンの他にも2人の若いエルフが捕まり、布袋に入れられ攫われて来た。

 どこをどう通ったかが全く分からず、抵抗すれば暴力を奮われ、恐ろしさに逃げ出す事が出来なかった。

 此処まで来れたのは、彼等がこの森に辿り着いた時、突如魔物の襲撃にあった為だ。

 混乱に紛れて必死に逃げた。仲間がどうなったのか、奴等がどうなったのかも分からない。必死に逃げて、あの場所で怪我をし、動けなくなった所でアマネ達と出会したのだ。



 アマネがぶるぶると震える小さな肩を抱く。


「何とか故郷を探してあげられないかな?」


 そう言うだろうと思っていたハクは、大きな溜め息をつくとアマネへ視線を向けた。


「無理だろ。手掛かりがその手の紋章だけで、どうやって探すんだよ」


「エルフは人間が近付かないような場所にひっそり住んでいる事が多いしねー。探すって言っても簡単にはいかないかなー」


「そんな……」


 ベルンと一緒になって泣き出しそうなアマネに、ハクが再び溜め息をついた。


「狐と交渉成立してんなら、連れて帰るしかねぇだろ」


「いいの!?」


「いいも何も、そこの狐は勝手に居付いてるし、ドワーフは増えるし、オマケに竜の卵の土産付きだぞ? 今更エルフ一匹増えた所でやかましさは変わんねぇよ」


 相変わらず口だけの悪さに頬が緩む。

 不安気に瞳を揺らすベルンへ、アマネが改めて向き直った。


「私達、家に帰る所だったのだけど、ベルンも一緒に行きましょう。ヴォルもそこに住んでるから都合が良いだろうし、そこならハクが怖くて魔物も襲って来ないわ」


「…そう、なの?」


「一言余計だ」と言う白の呟きはスルーした。


「うん。それに、ライジンくん達も来てくれるから家も綺麗になるし、賑やかできっと楽しいよ」


「………」


「一緒にいれば、ベルンの故郷を探す手伝いもしてあげられる。ひとりで探すよりはふたりの方がいいでしょう?」


「自分らも手伝うよ」

「ドワーフの国には色んな種族がやって来るから、何か情報が手に入るかもしれないしな」

「定期連絡事項に記載しておきます」


 ライジン達がニッと笑顔を向けてくる。

 再びじわじわと瞳に涙を溜めていくベルンの表情はまだ晴れない。


「でも私、対価になる物を何も持っていません」


「それなら私の手伝いをしてくれる? 人数が増えたから食事の支度も大変だろうし、ドワーフの国で野菜や薬草の種を貰ったから、それを植えたり。やる事は沢山あるから」


「それで、いいの?」


「私はとっても助かるわ」


 スカイブルーの瞳からポロポロと涙が零れ落ちてくる。しゃくり上げながら小さな声で「ありがとう」と何度も繰り返す。

 震える背中を優しくさすりながら、アマネはハンカチーフで目元を抑え続ける少女が、泣き疲れて眠るまで側に寄り添っていた。


 少し離れた所でそれを眺めていた狐の口元が歪に弧を描く。

 一体何を企んでいるのやら。

 唯一人、それに気付いていた白だけが、小さく溜め息を吐き出した。

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