15話——胸の奥
3人がドワーフ国へ帰り着くと、街中が何やら騒然としていた。
早速水や食料調達に向かうのか、坑夫やら兵士やらが入り混じった集団と何組もすれ違う。
あのお店はやっているかしら、なんてキョロキョロしていたら、やっぱりハクからひと睨みされてしまう。
「報告が先」
そう言われてしぶしぶ白い背中についていく。
城へ着くと、今度は直ぐに謁見の間へ通された。アマネ達に同行していたドワーフ達が先に帰城している筈だから、事の次第は既に伝わっているだろう。それでも「まずは調査してから」と言っていた本人達が解決して戻って来たのだ。当事者の口から直接説明を聞きたいと思うのは当然だ。
相変わらず威圧感の半端ない部屋へ足を踏み入れる。
ハクもヴォルグも国王から発せられる肌を刺すようなオーラに、出来ることなら近付きたくは無いと思う。
なのにアマネは「威圧とは?」なんて顔してずんずん進んで行く。分かっててそれならば大したものだが、絶対に違う事をハクは知っている。
本当に、何というか、危なっかしい。
最初から話せと言うドワーフの王へ、アマネの口から一部始終が説明された。
ドラゴンが空ヘ還った証として、持ち帰った卵を見せたのだ。
「主らの話を疑う訳では無いが…そうか…。無事に還ったか…」
アマネの腕に抱かれたままの卵を眺める。
「それにしても超古代種竜とはな…。ましてや卵など初めて見たわ。…して? それをどうする? こちらで預かり処分しても良いが」
ドワーフ王の言葉に、アマネは小さく首を振る。
「せっかくですが、この子は私の手で孵しますので」
「………ん?」
「この子何言っちゃってんの?」って顔をされてしまいましたね。
誤魔化すように微笑みを返す。
正気か? という眼差しを後ろで既に呆れている魔人ふたりへと向ける。
その様子から本気なのだと悟り、崩れた表情を引き締めると、ドワーフ王は再びアマネヘと向き直った。
「人の子よ。竜種は決して群れぬのだ。ましてや超古代種竜は生まれた時から——」
「それ、もう言った」
「それでも、この子は私が孵します。無理は承知の上です。どうかお許しください」
真っ直ぐに此方を見つめ、頑として譲らないアマネと、仕方なく容認している魔人。竜種とはいえ子供ならばこの魔人達が遅れを取る事は無いだろうと判断したのか、ドワーフ王はそれ以上は言わなかった。
「此度の件、国を代表して礼を言う」
オリハルコンの無償提供、裁縫道具の作成、それからハク達が拠点としている廃村への職人の手配、必要資材の無償提供まで確約して貰い、全ての用意が出来るまでこの国に滞在する許可が降りた。
調達班の第一陣到着を受けて、その夜はアマネ達客人をもてなすパーティが開かれた。
一躍有名人になったハクとヴォルグは、あっという間にドワーフとエルフ美女達に囲まれている。
ドワーフ国は職人や坑夫の町だけあって酒豪が多いようだ。酒の種類も豊富なのか、様々な瓶を手にした美女達がどさくさに紛れてしなだれかかりながらふたりのグラスが空くのを待っている。
ハクは相変わらず仏頂面だが、ヴォルグの方はこの状況を楽しんでいるようだ。
正確には呼んでもいないのにワラワラと湧いて出て、まとわりついてくる彼女達にイライラしているハクを見て楽しんでいるのだが、周りにはそうは見えていない。ハクとて折角のもてなしを無下にするような事は出来ないらしい。
そしてもうひとつ、ハクのイライラを増長させている元へと目を向ける。
「では、このラインナップでお作りしますね」
そう言って、正面に座りアマネの希望を書き取っているのはライジンだ。
驚いた事に彼は鍛治師であり、アマネが行きたいとずっと思っていたあの道具屋の息子なのだという。
更に希少金属の『オリハルコン』を加工できる数少ない工房らしく、ライジンの希望もあって、アマネへ贈答される裁縫道具を製作する大役を任されたと言うのだ。
なんでも希望を言って欲しいと言われたアマネは、遠慮なく細かな注文をつけた。
さすが道具作りのプロなだけあって、話が弾むコト弾むコト。
ぶかぶかの兜をかぶり、槍を構えて震えていた姿とはまるで別人だ。幼顔に見えるが、ドワーフの中では若いというだけで、実際にはアマネよりもずっとずっと長い年月を生きている。それを言ってしまったらハクもゆうに200歳を越えているのだが……。
打ち合わせを終え、雑談に華を咲かせていると、ライジンと同じ幼顔のドワーフ達が数名集まって来た。元来、ドワーフとは集まり好きの話好きの種族なのだ。この性質のお陰で人間達とも国交を開き、相互関係を良好に維持出来ているのだろう。
皆んなライジンとは職人仲間のようで、アマネの裁縫道具に対する提案を幾つかしてくれている。
それが終わると今度は食事の話になり、ドワーフ達の好物や今流行りの食材、調理法等を教えて貰い、レシピと食材も分けて貰える事になった。
そんなに貰ってしまっては申し訳ないと言ったアマネに、ドワーフ達はそれだけの事を成し遂げて貰ったのだと感謝の言葉を掛けてくれる。
実際に頑張ってくれたのはハクとヴォルグなので、美女に囲まれてお酒を楽しんでいるふたりの邪魔は出来ないからと、こっそり立ち上がる。
「疲れてしまったので、そろそろ休ませてもらいますね」
何となく胸の奥がザワついていた気がしたが、気にしない事にしてその場を後にした。
「案内します」と、一緒に来てくれたライジンの後をついて石造りの通路を進んだ。ドワーフの国の城らしく、重厚で堅牢な作りだなといった印象を受ける。
部屋の前へ着くと、振り返った彼にベッド脇に置くといいと、ランプを手渡された。
礼を言って受け取り、部屋へ入ろうとしたところで、ライジンに呼び止められた。
「あの! アマネさんの為に、必ず素晴らしい道具を作って見せますから!」
ガシッと空いた方の手を握られる。
驚いて見つめる先には、頬を薄っすら赤くして真剣な眼差しを向けてくる若き職人の姿がある。その初々しい様に、アマネは表情を崩すと微笑み返した。
「とっても仕事熱心なのですね!」
「……え?」
「楽しみに待っておりますので、どうぞ宜しくお願いしますね」
「…はっ! はい!」
「では、おやすみなさい」
優雅に腰を折る彼女を呆然と見つめ、パタンと締められた扉の音で我に返ると、自分の思惑が全く伝わらなかったのだと理解し、ライジンは肩を落として来た道をとぼとぼと引き返した。
「人のモンに手出そうなんざ、いい度胸してんな」
突然降って来た声にライジンが顔を上げる。
前方の通路を塞ぐように立つ白い魔人の姿があった。
ドワーフ王並みの威圧と射殺さんばかりの眼光を向けられて、ライジンの足がすくんでしまう。
「言った筈だぞ。オレのだと」
「それは……どう言う意味で……」
カツンカツンと靴音を響かせて近付いてくる。
一歩距離が縮まる度に汗が流れ落ち、背筋をゾクリと冷やしていく。
「そのままだ。あいつの体も、心も、魂までもな。お前も魔族なら、その意味が分かるだろ」
そう言い残し、ライジンの側を通り過ぎて行く。その先に部屋はひとつだ。
「たま、しい……え?」
ライジンの独り言は冷たい通路へ吸い込まれるように消えていった。
アマネの為に用意された部屋には大きなベッドと側に鏡台。窓の近くに小さな丸テーブルと椅子のセットが置かれ、今入って来た扉の近くにゆっくり寛げそうなソファとローテーブルがあった。
アマネの荷物は窓の近くの丸テーブルに置かれており、転がらないようクッションの上に乗せられた卵は、ソファの前のローテーブルに置かれている。
ソファへ体を沈め、テーブルに肘を着くと黒光りしている卵を撫でる。
知らない者が見れば鉱石と見紛うそれは、冷たい印象とは裏腹にとても温かい。
ツルツルの表面を優しく撫でながら、アマネは小さく溜め息をついた。
何でだろう……
胸の奥がもやもやする。
皆んなで山頂へ行っていた時は何とも無かった筈だ。
ドラゴンを送ったからか? それとも帰って来てからだろうか……。
今日だけで色んな事がありすぎて疲れてしまったせいかもしれない。張り詰めていたものが解けたのか、急に体と瞼が重くなってきた。
霞んでいく意識の中で、美女達に囲まれてグラスを傾けていた白い姿が浮かぶ。
「…やっぱり、ハクもあんな美人で華やかな女の人の方がいいのかな……」
契約したと言っても所詮保存食、比べる方がおかしいのだ。分かってはいてもそう考えてしまうと胸の奥の方が明確にザワめいた。
バカか、お前は
そんな声が聞こえた気がしたが、眠気に勝てないまま、意識がゆっくりゆっくり沈んでいった。
ふと目を開けると、辺りはすっかり暗くなっている。
いつの間に眠ってしまったのだろう。
横たわっていたベッドの先、窓の外には月が昇っている。月明かりが丁度窓枠の形に注がれ、此方を照らしていた。
そこではたと思う。自分はいつベッドへ入ったのかと。
夕食を摂って休む為に部屋へ通され、ソファに座ったところまでは覚えている。そこからの記憶が無い。ひとっつも。
それに洋服。脱いだ覚えが無いのに下着姿になっているのだ。
軽くパニックを起こしていると、後ろで寝返りを打つ衣擦れの音が聞こえた。
嫌な予感に恐る恐る振り返る。
やはりと言うか、何で? と言うか、さも当然のようにそこに寝ているのは白の魔人だ。
「……ハク? え? 何で? どうして此処に——」
「うるさい」
「!!」
問答無用で腕を引かれ、ベッドへ引き戻されてしまう。プチパニックのままハクの胸に閉じ込められてしまい、もう大パニックだ。
逞しい腕が背中に回り、体がすっぽり収まってしまえば、穏やかだった心臓がたちまちばっくんばっくん大暴れしている。眠気なんて一気に吹っ飛んでしまった。
「なっ、なんで此処にいるの?」
うるさいと怒られたので小声で聞いたら、舌打ちが返ってくる。
「此処がオレの部屋でもあるんだよ。いい加減自覚しろ」
イヤイヤイヤ。
分かってはいるんだよ?
でもさ、いきなり同じベッドでなんて有りですか?
もうちょっと段階踏むとか…ね?
同じ部屋だけど、ハンモックから始めるとかさ…
「ハク……眠れないよ……」
心臓がすっかり起きちゃったよ…
「強制的に眠らせてやろうか」
怖くてもっと眠れないよ!!
ハクの腕が少しだけアマネの体を締め付け、短く吐き出された吐息が髪を僅かに揺らしてくる。
「いいからお前が黙って
「…っ…」
ぶっきらぼうで投げやりな言葉がアマネの鼓膜を、胸を、静かに震わせる。
ハクの胸に額を押し付け僅かに頷く。
相変わらず心臓はうるさいし、体も顔も熱いまま。とても眠れそうには思えない。頭に直接響くように聞こえ続ける鼓動を聞きながら、アマネは無理矢理目を閉じた。
胸の奥で燻っていたもやはいつの間にか消えていた。
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