第5話

「あっ!そうだ。いつまでも君とか貴方とか他人行儀もやめないとね。申し遅れました。僕の名前はポッドだ。君の名前は?」


胸に手を当て、一礼をするポッドの姿が愛らしくて、私も貴族の令嬢のようにスカートの裾を持ち上げて、一礼する。


「エミリアです」

「エミリアか。いい名前だね」

「… … そう、ね。いい名前だわ」


私にとっては、皮肉でしかない名前だけど。

エミリアとは、私の国で「神の祝福」という意味がある。加護なしの私に、ずいぶんとふさわしい名前を付けてくれたものだと思う。私の名付け親は、亡き大叔母様が付けて下さった。だから、今となってはこの名前を付けて理由は分からない。

もしかしたら、神のご加護がありますように、という願いを込めたのかもしれない。どっちにしろ、私はあまりこの名前は好きではない。


「よし。名前を教え合ったところで、さっそく僕が可愛いだけの妖精ではないことを君に教えてあげよう」

「?」

「僕は、こう見えて魔法が使えるのさ。それも、傷を治したりする魔法が得意なんだ。だから、君に」

「あ、それは…少し困る、かも」

「え?どうして?君だって、いつまでもそれじゃあ痛いだろう?」

「… … …。私の体に傷がなくなると、あの人たちがまた付けにくるの」

「は、…ど、どういうこと?」

「その、私、… …私が常に苦しんでいないと気が済まないんだと思う…」

「… … …」


ポッドは、絶句していた。


あの人たちは、私が傷が痛んで、顔を歪めたり、上手く動けない姿を見ていないと、気が済まないのだと。最近、気づいた。

いわれのない仕置きや使用人からの暴力。

だから、私はわざと細かい傷をつけたまま、いることにしている。

そうすることで、自分を守っている。

そのせいで、体に跡が残ってしまうけれど、仕方ない。…あぁ。でも、さすがに私の体を見た殿下は、気持ちが悪そうにしていたな。

裸で、部屋を追い出されてしまった時は、さすがの私も困ってしまったけれど。


「… … ポッド?」

「傷は、治す。そのうえで、僕が周りには、傷があるように認識させる魔法をかける」

「認識を書き換える魔法?そんな魔法、聞いたことないわ。貴方って、もしかして本当はすごい妖精なんじゃないの?」

「…そんなことないよ。こんなの妖精のいたずらの範囲内さ。僕は、今、一人の少女を救う力もない」

「ポッド。悲しいの?どうして?貴方は、今、私を助けてくれているじゃない」


今まで、話し相手なんていなかった。

こうやって、普通に話す相手がいるというのは、それだけで私の救いだというのに。何を言っているのだろう。


「悲しさよりも今は、自分のふがいなさが苦しい。そんな自分に対して怒りも感じる。こんなの生まれて初めてだ」

「自分の感情をきちんと理解しているなんて、すごいわ。ポッドって何歳なの?」

「… … …はぁ。君って、本当に突っ込むところが変わってる」

「それって、私が間違っているってこと…?え、と…会話も出来なくて、ごめんなさい」

「あぁ。違う違う。いいんだ。君は、エミリアは、それでいいんだ。エミリアは間違ってなんかいない」

「私は、間違っていない?よかった」


そこで、またお腹の音が二つ聞こえた。


「お腹がすいていたことなんて、すっかり忘れてた」

「私たち、これが目的だったのにね」

「じゃあ、改めて僕たちの出会いに乾杯。いただきます」

「いただきます」


こうして、私はポッドと出会ったのだった。

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