第3話

聞き間違いではない。

目の前の妖精が確かに喋ったのだ。


「あ、貴方、喋れるの?」

「もちろん」

「そ、そう…。私、妖精を見るのって初めてだわ。どうしてあんなところに…?」

「それは」


ぎゅるるるるる。


音の発信地は、二つ。

私たちは、お互いの顔を見つめ合い、静かに笑った。


「なるほどね。貴方もお腹がすいていたのね」

「お恥ずかしい…」

「妖精もお腹がすくのね」

「まぁね。この屋敷の人たちは、お供え物をしてくれなくなってしまったからね」

「え?お供えもの?もしかして、貴方がご先祖様に加護を与えてくれたって言う神様なの?あ、ど、どうしよう。私、とんだご無礼を」


私のせいで、神様の機嫌を損ねたと知れたら、どんな罰を受けるか。

私は、すっかりと怯えて、床に伏した。


「や、やめてくれ。僕は、そんな大層なものじゃない!ただの屋敷妖精だよ」

「そ、そうだったの」

「神様がネズミ捕りなんかに捕まるわけないじゃないか。それにお腹を空かせて、お腹から音を出すなんてこともしないよ」

「そうよね。確かに…。そうだわ。私、パンをもらってきたの」


正確には、盗んだというのが、正しいのかもしれない。

この家に私がもらっていいものなんてないのだから。


「それにミルクもあるの。一緒に食べましょう」

「ありがとう…ごめんね。君のなのに」

「いいの。私も一人きりの食事なんて味気ないもの。それよりこちらの方こそ、ごめんなさい。貴方は、神様ではないけれど、お供え物をしなければいけないくらいの立場の妖精なのに…」

「あぁ。別にお供え物というのは、僕に対してじゃないよ。君の言うご先祖様に加護を与えたとする神霊に対してのものだから」

「え?神様のお供え物を食べてるの?その、神様のものを盗むと罰が当たると聞いたことがあるのだけど、大丈夫?」

「本霊から、許可はもらってるから、大丈夫!埃を被って、腐ってしまうより、僕が食べてあげたほうが、いいんだってさ」

「そう…あぁ。お供え物がされなくなったと言ったわよね。それ、私のせいかもしれないわ」


先日、勝手にお供え物を食べていると使用人から聞いたと父がやって来て、罰を受けたのだ。私は、身に覚えがないその罰に、使用人たちが口裏を合わせて、私をいじめているのだと思った。もしくは、ネズミか虫が勝手に食べてしまったのではないか、と思ったのだが、そんなことを聞いてくれる父親ではない。使用人たちが、部屋の掃除を怠っているとでもいうのかと逆に怒られかねない。

使用人たちだって、神様を祀っている部屋に私が、近づいていないことは、知っているだろうに、と思っていたのだが、この妖精が食べていたのか。それなら、良かった。


「見ていたよ。ずっと…僕が勝手に食べてしまったから、君は、あんなひどいことを受けてしまった…本当は、君に謝らなければいけないと思ったのだけど、知れば君は僕を恨むだろうと思って、怖くて言えなかったんだ。… … …僕のこと、憎い?」

「そんなことない。だって、神様から許可をもらっているのでしょう?それなら、私には何も言えないわ。貴方は、お供え物を食べる資格があるということだもの。でも、ごめんなさい。私のせいで、お供えされなくなってしまったのね」


先日の件で、お供え物をすると私が食べてしまうと父が判断し、お供えしなくなったと聞いた。


―これで、この家に何かあったら、お前のせいだ!!!


父の罵声が今でも頭を反響する。

どうしよう。ずっと神様は見ていらっしゃったのね。これで、本当にこの家に何かあったら…。


「君は、どうしてそう自分が悪いと決めつけるんだい!?」

「え?」

「謝るべきは、僕だ!僕のせいで、君は罰を受けた。君に怯えて、何もしなかった。…あぁ。本当にごめんなさい。僕は、君に何をしてあげられるだろう」


そういって、妖精は、涙をぽろぽろとこぼし始めた。


「そんな…いいのよ」


本当に気にしてなかった。

いわれのないことで、罰を受けることは日常茶飯事だ。

それにしてもなんて、綺麗なんだろう。

人は、自分のせいで、誰かが罰を受けたとき、何も感じないというのに。私が全て悪いと押し付けて、決めつけるのに、この妖精は、それを謝るだなんて…。

じっと、妖精が泣き止むのを待っていたが、一向に泣き止まないので、困ってしまった。

何か、話を変えなくては…。そうだ。私が仕置きを受けたことより、もっと気になっていることがある。


「神様は、怒っていらっしゃらない?」


きょとん、と妖精は何を言われたのか、分からないようだった。

涙は止まった。良かった。私は、妖精はおろか人を泣き止ませることも慰めかたも知らないのだから。


「何が?…あぁ。お供え物がされなくなったことに?うーん。別に気にしてないと思うよ。昔に比べたら、この家の人たちの信仰心がなくなってるから、とっくにもう…」

「とっくに?」

「… …何でもない。とにかく神霊はこんなことで怒らないさ。そんなに気になるなら後で、僕の方からも伝えておくよ」

「ありがとう。じゃあ、安心してご飯が食べられるわね。もう、私お腹ぺこぺこなの」

「そうだね…ありがとう」

「なにが?」

「…ねぇ、本当に考えてみてくれないかな。僕が君にしてあげられること。たいていのことは、出来るよ…あっ!さすがに恋人になってくれっていうのは、無理だけど」


私は、困ってしまった。

妖精にしてもらうようなことが今のところ、思いつかないこと。それと、恋人云々は、冗談なのだろうか。

私は、冗談を言われたことがないので、よく分からないのだ。

冗談だとしても困る。

私は笑うことが出来ないのだ。笑うことは、許されていないのだから。

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