第12話 推測
今の状況からは考えられないほど気の抜けた、楽しげな声がする。
それは、この武道場に設置されたシャワールームからのものだった。
俺たちは昨日、もっと言うと一昨日の夜から風呂というものに入っていない。
そこで、まずは汗を流そうということになったのだ。
今は女性陣が使用中。
残る男性陣は、見張りを除いてただ待つだけの退屈な時間を過ごしていた。
武道場は弓道場とは異なり、トイレがある。
そして、先にも言ったようにシャワールームまである。
えらい差別だと感じる一方、夏でもあの防具を着ることを考えると意外と妥当なのかもしれない。
そして、今考えるべきは今後の動向であった。
飲めるかはさておき、とりあえず水は手に入った。
いや、衛生面を考えるとこれは最終手段に回すべきだろうか。
錆びた鉄パイプの中を流れる水を想像し、途端に飲む気が失せてしまった。
武道場内にゾンビが入って来られそうな所は見当たらないし、仮拠点としては十分だろう。
先を急ぎたいところではあるが、武道場に入る直前にもたついたこともあるため、勢いで次を目指すのは得策じゃない。
皆とも話した結果、もう一度態勢を整えようという決断に至った。
昂太朗の話を聞いていると、俺たちは本当に運が良かったようだ。
しかし、食べ物が必要な以上、体育館を目指すのは避けられない。
そのためにも、まずは情報収集だ。
「昂太朗、さっきの話を聞いた感じだと、お前達の荷物はここにあるんだよな?」
俺は、あるものを求めて話を振った。
「ああ。だから何だ?」
「じゃあ、持ってんだろ? スマホ」
この発言を聞いて、なぜか柊が目を輝かせた。
「確かに!」
「持ってる。が、」
いくら校則で禁止されようと関係なく、学生の大半はスマホを隠し持っているものである。
「が、なんだよ」
「充電器が無いんだ。無駄使いは避けたい」
そう言いながらも昂太朗は、ポケットから端末を取り出す。
「俺達、学校外ではなんて報道されているんだ?」
「たしかに、気になりますね」
俺の発言に悠太をはじめとする全員が食いついた。
「なんだ、そんなことか」
昂太朗は、それだけのためにスマホ起動させるなとでも言うように、知っている事を話し出す。
「学校内外を問わず、連絡は取れないよ」
「え…?」
全員が首をかしげる。
「言葉通りさ。まあ、順を追って説明するから聞けよ。まず、これは昨日時点でのことなんが、学校側は保護者や地域住民に対して何も報道していない」
「え?」
「学校側は、だ。代わりに政府が情報を発信したらしい。武装集団による学校の占拠を語ってな」
「ええ?」
予想外の三段構えに、ただ驚くことしかできなかった。
「いや、考えてみろ。学校からゾンビが出ましたなんて、だれが信じるんだよ」
「それはそう。だけど、そっちはそっちで無理がありそうじゃない? それに、連絡を取れない状況で、昂太朗はなんでそのことを知っているの?」
「まあまあ」
そう言って、昂太朗は話をはぐらかした。
「これはお前等にとっては新情報。現在、自衛隊員やヘリが出動しているんだ。だから、このくらいじゃなきゃ辻褄が合わねえよ」
自衛隊? ヘリコプター?
想定していない単語に、俺は引っ掛かりを覚えた。
「じゃあ、お前等の疑問を解決していこうじゃないか」
俺の表情から何かを察したのか、昂太朗は中川先生から聞いたという話を語りだす。
先生が正門で見たという生徒の話。
その門の外に控える自衛隊の話。
教頭が言ったという、食料の空輸についての話。
どれも信じがたいものだが、可能性としてあり得ない話ではなかった。
「そんな…」
この場にいる全員の表情が一気に暗くなる。
「ここからは俺の推測なんだが、」
これに追い打ちをかけるかのように、昂太朗は言った。
「この学校の外周をぐるりと囲むように、自衛隊の奴らが待機しているんじゃないかって思うんだ。だって、そうだろ? ウイルスを持っているかもしれないってだけでその生徒が撃たれたんだとしたら、一人も外に出しちゃいけないからな」
俺にはこれを否定するだけの材料が思い当たらなかった。
しかし、もしそれが本当だとするならば、危なかった。
なぜなら、弓道場にいるときに「学校の外周に向かい、柵を越えて校外に出る」という選択肢が一つの手として存在していたのだから。
この環境下で生き抜くためには、常に最悪の状況を想定しなければならない。
「そして、次の質問の回答。実際に今スマホを開いても、通信機能が使えない」
そう言って昂太朗は、俺たちに見えるようにスマホの画面を向けてきた。
検索画面を開いた液晶にはロード中の円が浮かんでいる。
「この画面から動かないんだよ。だから、昨日時点って言ったんだ。俺達だってあれから何もしなかったわけじゃない。昨日先生が出て行ってから時間だけはあったからね」
「それって、誰かが通信を妨害しているってことか? どうやって?」
「たぶん、そうだと思います。話を聞く限りだと、自衛隊が何かしたという線が濃厚でしょうか」
直人と悠太がこの話を掘り下げる。
「たぶん、昨日の自主練終わりの時間帯にはすでに通信障害が起こっていたんだと思う。これを見てほしい」
次に昂太朗は、無料のメッセージアプリの画面を開いた。
トークの相手は母。
15:28 今日は何時ごろ帰ってくるの?
17:09 不在着信
17:09 不在着信
17:10 不在着信
17:14 ニュース見たよ。無事?
みんなと一緒にいるの? 体育館は安全そう?
折り返し電話して‼
17:21 政府の発表あったよ。
武器持った人たちが学校に来たって言ってるけど、大丈夫?
電話できる?
応答なし/未読 18:40
応答なし/未読 18:41
「親への電話はつながらない。情報を検索しようにも接続されない。だから、このメッセージアプリと先生の話をもとにした推測ってわけ」
「確かに、政府から公式に行動があったとするなら、民間である学校が勝手に何かを言ってるはずもないってわけですね」
「俺の親も心配しているだろうな…」
「それ以前に、学校内がこんな状況で学校外は無事なのか?」
画面を見てそれぞれが、思うことを口にした。
「分からない、今のところは。でも、せっかく自衛隊が出動しているのだから、無事だと思いたいな」
「じゃあ、今やスマホはただの板切れなのか?」
「そうでもない。ライトや時計、その他機能が充実しているからね。でもそれも時間の問題さ」
「充電切れ、ですね…」
現時点で昂太朗のスマホの充電残量は三十パーセントほどであった。
であれば、スマホを求めて部室に行く方針は悪手だろうか。
これもまた話し合う必要がありそうだ。
「そういえば、メッセージの文章によると、俺たちは体育館にいると報じられているんだな」
「確かに。その情報自体にはあまり価値があるとは思えないけれど、他にもこの話から読み取れる校外の情報がないか、吟味する必要がありそうだね」
この分だと、次の拠点への移動は翌日以降になりそうだ。
今まで俺たちは、知らなさ過ぎた。
今日昂太朗から得た情報も、今起きている事件からすればほんの一部である。
できれば次に向けて動き出す前に、この情報を消化したいものだ。
「ちょっと気になったんですけど、僕達は部活をしていたからこそこのような状況に陥っていますが、すでに帰宅した生徒もいますよね? その人たちはどういう扱いを受けているんでしょう?」
郊外の情報という意味で、悠太が発言する。
弓道場の屋根の上でも感じたが、悠太はどこか普通の人では気が付かないようなものを見る目、普通の人とは異なった視点を持ち合わせているようだ。
「うーん、確かに」
俺以外からも納得の声が上がる。
「皆がそろってから、もう一度整理しようか」
この続きは葵と紗夜が戻ってきてからという感じになりそうだ。
確かに、二人がシャワールームに消えてから一時間近く経つ。
シャワーにしては長めだろうか。
でも、もうそろそろ戻ってくるだろう。
そう、思っていた。
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