第8話 岐路

「じゃあ、今から今後の行動について話し合いをしようと思うんだけど、集まってもらえる?」

蒼が言った。

私も行かなきゃ。

立場が私を動かしているのだろうか。

別に行きたくもないのに、体は勝手に動き出した。

この空間にいる部員全員が、蒼と私を正面に整列して着座する。

まもなくして蒼が、話し合いにおける第一声を放った。

その時、私の目はある人を探すべく、右往左往していた。

探し人は、見当たらなかった。

またさぼってる。

私の心の中で、得体のしれない何かがこみあげてきた。

いけないいけない。

小さく顔を横に振り、考えをリセットさせる。

皆は…蒼の話に夢中のようだ。

ほっと一息ついて、私はいつもの表情を作り直した。

蒼は、先刻下の階で私たちが話していたことを洗練させ、この場からの移動の重要性を語っていた。

・食料、飲料の問題

・情報不足の現状

・トイレ等の生理現象

・防寒

・道場の耐久性

その他、蒼が列挙するどの観点を見ても、この場に留まるのは悪手であると感じさせた。

そして、直後に流れた校内放送が、その決定打となった。

「オッケー。じゃあ皆、放送の指示に従って体育館に向かう方向性でいいかな?」

返事をする者、頷く者、反応がない者。

リアクションは様々だったが、反対する者は一人かもいなかった。

「じゃあ、完全に日が落ちる前に移動しないと危険性が増してしまうから、全員、急いで準備しようか」

この言葉を最後に、今まで座って聞いていた部員が各々動き出す。

話し合いが終わると、不安そうな表情を浮かべた春ちゃんが、きょろきょろと誰かを探している様子が目に入った。

おそらく探している相手は、私の探し人と同一だろう。

「春ちゃん」

「は、はい!」

「アキを、探してるの?」

「えへへ、まぁ」

「そう。さっきの生徒会の招集について?」

「あ、はい。よければ協力していただこうかと思いまして。まだ引き継ぎが終わったばかりで、仕事の全てを把握しきれてないんです」

「いいと思うよ。さっきの話し合い、アキ、サボってたから。うんっとこき使ってあげて」

「えええ! そーなんですか⁈ ほんとに先輩ときたら・・・」

だんだんと盛り上がりを見せるアキの話は、とどめを知らないように思われた。

「そうだ、蒼に聞いてごらん。たぶん何かアドバイスをくれるから」

蒼なら生徒会の事情についても何かしら役に立つことを言ってくれるだろう。

そう思っての発言だったのだが・・・。

「蒼先輩、暁人先輩の居場所、知りませんか?」

ちがうちがう!

慌てて止めに入ろうかとも考えたが、これはこれでいいかと思い直す。

二人についていけば、アキはすぐに見つかるだろう。

この後の移動に持っていく荷物を整理していた蒼は、声がかかるとすぐに手を止め、春とともにアキを探し始めた。

「私も一緒に探すよ」

そう一声かけて私も混ざりたいのだけれど、春ちゃんの想いを知っているからこそ躊躇ってしまう。

ライバル・・・だもんね。

そう思い、私は少し離れたところから二人を眺めていた。

「悠太、見張りは?」

蒼は、ちょうど窓の方から歩いてくる一つ年下の男の子に声をかけた。

「暁人先輩が来たので交代だと思ったんですけど、あれ? 違いました?」

「いや、いいよ。ありがとう」

蒼は少し考えたようだが、笑顔で悠太をねぎらった。

「ということは、屋根の上かな」

そのまま春ちゃんの方を向き直り、結論を告げる。

二人は悠太の背中側に見える窓に向かって歩いていった。



バッ。

蒼が、窓を背に春ちゃんに覆い被さった。

「ちょ、蒼⁈」

「見ちゃいけない」

突然の蒼の行動を咎めようとしたそのとき、行動の理由が述べられる。

その時ちょうど別のところを見ていた春ちゃんは、何が起こったのかわかっていないようだった。

蒼のように視界を塞いでくれる人がいない私は、窓の先に見える情景を目の当たりにしてしまう。

私は窓から目を背けるわけでも無く、焦点の合わない目をひたすらに窓の外に向けていた。

飛んでくる何かがぶつかって倒れ込む人。

見続けることに耐えられず、ついに私は目を逸らしてしまった。

「あれ、先生か?」

遠くて見えていないのか、はたまた自分の目を信じたくないのか、蒼が問う。

「・・・」

あまりの衝撃に言葉が出なかった。

「あれ、矢、だよな?」

「え・・・」

その言葉を聞いて、再び窓の外に目を向ける。

先生の胸元には、体に垂直に矢が刺さっていた。

「うわぁーー‼」

直後、上から人が降ってきた。

「きゃあ」

「うわぁ」

私と蒼の、普段は絶対に出さないような声が広がる。

降ってきた人は、道場の庇の上に着地した。

「あ、アキ⁈」

「暁人、何を・・・」

落ちてきた理由を問う。

「あ、あぁぁ。うわあぁぁ」

まともな返事は返ってこず、代わりに悲痛な叫び声が戻ってきた。

「俺は、俺は・・・先生を・・・」

「暁人。いいからまずは中に入れ」

庇から地面に落ちることを危惧した蒼が、アキに手を伸ばす。

それにすら応じないアキは、蒼に強引に引っ張られて屋根裏の中に入った。

アキの様子を見かねた蒼が、自分の着ていた上着を脱いでアキに着せる。

アキはゆっくりと、顔を隠すように上着を着て、フードをまぶかに被った。

こんなアキ、初めて見た。

アキには周囲の冷たい視線と、不安そうに見つめる春ちゃんの視線が注がれていた。


◇◇◇


「じゃあ、これから俺たちは体育館に向かう。たぶん、屋根裏にいればしばらくは大丈夫だとは思うけれど、問題が勝手に解決することはない。それにこの先、奴らの数は増える一方だろうから、できる限り早めにこっちにきたほうがいいと思う」

「うん、わかってる。必ず、必ず連れて行くから」

「ああ。これは葵にしかできないことだから。代わりと言っちゃなんだけど残りの奴らは任せて欲しい。俺がちゃんと導く。ここに残る人たちのことも先生たちに伝えて、必ずなんとかしてもらうから」

「ありがとう。そっちこそ、気をつけてね」

「たぶん、大丈夫だと思う。誰かが引き連れていってしまったかのように、今この辺に奴らが見当たらないんだ。このタイミングを逃すわけにはいかないからね」

「じゃあ、また」

「ああ、また後で」

私は蒼と、弓道場での最後の言葉を交わした。

アキはあの後、一言も話さずにうずくまったままだ。

蒼が移動の話を持ちかけても、何も反応を示さなかった。

アキのことだ。

おそらく自分を責めているのだろう。

このまま一人で死のうとしているのかもしれない。

だからこそ、このまま放っておくことはできなかった。

私は蒼に提案した。

「私はアキと残る。だから、みんなを連れて先に行って」

当然、反対された。

春ちゃんに至っては、召集を蹴ってまで一緒に残ろうとしてくれた。

それでも蒼は、ダメだと言った。

膠着状態がしばらく続いたが、最終的に、共に名乗り出た柊、直人、悠太くんが私と一緒に残ることで蒼が折れた。

これだけ男手があれば、なんとかなると判断してくれたのだろう。

ただ、春ちゃんが残ることは断固として反対した。

蒼からすると、彼女は部外者であり、後輩だからだ。

どんなに仲の良い家族間の交友関係があったとしても、他家の子供を自宅に泊めるのをためらう親のように、蒼は必死に反対した。

私はそれでもうれしかった。

春ちゃんが認められなかった、アキの元に留まる許可をもらった気がした。

 

 

蒼との会話から数分もたたずに、全員の準備が完了した。

すでに下の階では、蒼が最終確認を行っている。

柊と直人はシャッターの取手に手をかけ、開けるタイミングの取り方について話していた。

私も、せめて与えられた役割をこなさないと。

そう思って屋根裏部屋の窓から外を見渡す。

見える範囲に奴らの姿はなかった。

すっかり日が暮れてしまったな。

日が出ているうちに、できるだけ早くと言っていた蒼も、こればかりは仕方がないと言っていた。

あんなことがあった後だ。

誰も、何も言うことができなかった。

「じゃあ、これからこの全員で体育館に向かう。扉は完全にふさいでしまったから、シャッターから外に出る。できるだけ音を立てないように素早く移動してほしいのだけれど、もし見つかった場合には何も考えずに全力で走るんだ。とにかく自分の身を最優先にして欲しい。あと、すっかり日が暮れてしまって見通しが悪いから、細心の注意を払って行動しよう。じゃあ、行くよ?」

「「はい!」」

下の階から声が聞こえる。

そして、勢いよくシャッターの開く音が聞こえた。

 

 

「ふう、行ったな」

「そうだね」

下の階から昇ってきた柊が言った。

「もうそろそろたどり着いた頃合いでしょうか?」

「おそらく。全員無事だといいんだけれど」

後を追って昇って来た悠太君と直人が続ける。

月明りがかすかに辺りを照らす中、私たち四人は円形になって座っていた。

灯となりそうなものは蒼たちが全て持って行ってしまったし、もちろん屋根裏に電気は通っていない。

「暗いね」

わかりきったことだけれど、私はそれを口にした。

「そうだな。一階の電気をつけて穴から取り込んでみるか?」

柊が返す。

「やめておいた方がいいかもしれませんよ。作品にもよりますけど、光に反応するゾンビもいるんです」

「ええ、まじかよ。てか、…ゾンビ?」

「はい。僕、ゾンビもの好きなんですよね。さっき、暁人先輩にも言ったんですけど、あれはゾンビだと思います」

「「「……」」」

アキの名前が出た途端、うつむいてしまう残りの三人。

普段、あれだけ言葉を交わしている同期と、後輩の前であるにもかかわらず、この場においては何を話していいかわからなかった。

「ち、ちょっと外すね」

そう言って逃げるように場を離れる。

当てもなく立ち上がった私の向かう場所は、もちろんアキの所であった。

今まで座っていたところから数歩しか離れていない、窓際の隅に向かって歩く。

アキは、体育座りをしていた。

泣いていたのだろうか、顔は蒼の上着で隠したままだった。

どんな言葉をかければいいのだろう。

何も思いつかなかった私は、無言でアキの背後に、背中を合わせるようにして腰を下した。

「寒い」

11月の乾いた夜風に吹かれながら、今日一日を振り返る。

なんでこんなことになってしまったのだろう。

目まぐるしく変化する状況についていくので精いっぱいだった日中。

こうして静かな時間を与えられると、いろいろなことを思い返して余計に辛くなった。

頬の上で線を描く雫。

もう戻れない日常。

失って初めて、私がどれほど大事にしていたのかを知った。

息を殺し、落ち着けと言い聞かせる私に嫌がらせをするかのように、私の袖は濡れていく。

手が震える。

力が抜けていく。

「ごめんね、アキ。背中、貸してね」

私は小さく呟いた。

「暖かい…」

背中越しに伝わるぬくもりは、なぜか私を安心させた。

大きく開かれた窓からは煌々と月明りが差し込んでいた。

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