第4話 サイレント・マジョリティ

『新潟市で昨年、いわゆる特定芸能人条例が人口100万人以上の自治体として初めて住民投票で否決されたことは記憶に新しい。上越市、長岡市、佐渡市ではいずれも条例が可決されて今年からアイドル一括徴用が始まっている中、県内最大の人口を抱える下越地方のみがアイドル空白地帯として取り残されたことで、今後の県政や経済にも多大な影響が懸念されるところである。

 今年4月、アイドル反対派の最後の砦といわれた和歌山でも市民の抗議を押し切って特定芸能人条例が発効したことで、全県一致でオータムを「批准」していない都道府県は遂に新潟県のみとなった。高倉新潟県知事はこれを遺憾としているが、新潟市の荻野市長はどこ吹く風だ。県政と市政の不一致、さらにはオータムの援助を受けたい自治体と娘を戦場に送りたくない市民の意識の不一致。新潟で起きている問題は、今日の我が国の社会の縮図かもしれない。

 しかし、中央政府の政策AIが現在検討中であるという特定芸能人基本法案が国会で成立すれば、新潟の市民だけがアイドル化の波に抗い続けることは最早できなくなる。さながら戦時下の徴兵令のごとく、遂に我が国が国家を挙げて全家庭の娘をアイドルに取り立てる時代が到来する。無論、世間ではこの法案への反対の声も未だ根強いが、AIの傀儡と化した現代の国会議員に果たして法案成立を止める力はあるのか。軍靴ならぬレッスンシューズの足音が国中に響き渡る日は近そうである。』

(2190.8.23付ネットジャーナルより抜粋)


『新生・北陸ミリオンのファーストシングルのネットワーク配信がついに始まった。48millionの国内13グループ再編成から2年以上、異例の遅さでのシングルデビューとなった。芸能ファンの間では既に、北陸はもう駄目だ、初動の時点で完全に出遅れた、と悲観する声も多く聞かれる。

 前世紀の末期までアイドル一律登用の制度に異を唱え続けた新潟に、富山、石川、福井の各ブロックが巻き込まれる形となった。北陸ミリオンは今や、アイドルの第二聖地である中京を擁する東海ミリオンは言うに及ばず、隣接する甲信ミリオンにすら人気投票ランクイン人数や劇場公演動員客数で大差を付けられている。鳴り物入りで配信開始されたファーストシングルの売れ行きは、国内全グループで初めて100万件割れを見込んでおり、文字通り「ミリオン」の名を汚したと揶揄する声が挙がるのも無理からぬところではある。

 新潟のアイドルは「物言わぬサイレント・多数派マジョリティ」に負けた――。国立学術アカデミー(東京・乃木坂)の平手学長(芸能社会学)は一世紀以上にわたる北陸の「不遇」をそう解説する。22世紀末の住民投票で特定芸能人条例が否決される遥か以前から、新潟の市民の間には、アイドル厭世感とでも呼ぶべき負の感情がくすぶっていた。皮肉にも、古くから東京や中京などのアイドル聖地と同格に並べられる時代を経験したことで、新潟市民は「こんな地方都市にアイドルを呼んでも仕方がない」という諦観を胸に溜め込むこととなった。「住民投票を否決に導いたのは、そんな多くの市民の『声なき声』に他ならなかった」と平手学長は語る。アイドル戦国時代と呼ばれた21世紀初頭に諸手を挙げてアイドルグループの誘致を歓迎した新潟市民が、その200年後、同じ手で今度はアイドルにNOを突きつけた。

 20世紀半ば、時の首相は「声なき声」という言葉で安保反対運動の沈静化を図り、その9年後には米国の大統領が「異議無きは同意とみなす」との詭弁でベトナム戦争を正当化した。民主主義が正常に機能している限り、サイレント・マジョリティの問題は常に社会についてまわる。総アイドル社会の到来を望んだ国民の声は、果たして本当に多数派だったのか、それとも声高なノイジー・少数派マイノリティに過ぎないのか。国民一人ひとりの胸中はどうあれ、既に我が国は世界に冠たるアイドル立国として動き出してしまった。北陸のアイドル達が物言わぬ多数派をこのまま沈黙させ続けるほどの輝きをこれから放つことができるのか、国中が固唾を呑んで見守っている。』

(2251.1.15付ネットジャーナルより抜粋)


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