蛇足の2 銀河戦姫AKB
超満員のスタジアムは観客の大歓声に沸いていた。色鮮やかなステージ衣装に身を包んだ
スタジアムに集まった幾万人、そして
舞台が暗転し、美国がステージの袖へ引っ込むと、会場には彼女の再臨を望むアンコールの声がたちまち響き始めた。
観客の
「美国、準備オーケーよ!」
地下格納庫にシューターで降りると、姉の
「ファンのみんな……見ててね」
美国が
コンソールのメイン画面には、サイリウムを振りながら美国にアンコールを送る無数の観客の姿が映し出されていた。
「データリンク・スピーカー起動」
『アイ・アイ・マム。スピーカー起動。コンサート会場とのデータリンク接続を確認』
美国の指示をAIが復唱し、会場の観客に彼女の声を伝える準備が整う。機内カメラに向かって満面のアイドルスマイルを作り、美国はファンへ呼びかけた。
「みんな、応援ありがとう。行ってきます!」
瞬間、彼女の乗機「
『
音速を遥かに超え、超科学の花が高度千キロの夜空を突き抜ける。エンジンの炎と超音速飛行の衝撃波が形作る円弧の波動は、まさしく夜空に咲く
「『アンチ』……覚悟しなさい」
宇宙空間に飛び出した美国がキャノピー越しに見たもの、それは星を覆い尽くさんばかりの巨大さに膨れ上がった暗黒のエネルギーの塊だった。龍のように鬼のように、その闇はうごめきながら変幻自在に姿を変え、美国の機体を威嚇するように
『
「それでいい、やって!」
『アイ・マム』
AIがコンソールに戦術プランを表示する。敵の闇が追尾できない速度で追撃を振り切り、月を回り込んでフルパワーで追撃する作戦だ。この機体の最大戦速なら月軌道までは二分とかからない。
闇が巨大な鳥に姿を変えて「
『前方に新手!』
「なっ!?」
いつの間にか分裂していた巨大な闇が、彼女の機体を手ぐすね引いて待ち構えていた。制動が間に合わず、「
『損傷計算。バリアエネルギーの80%を損失。両側方より敵の追撃!』
「っ……!」
慣性で飛び続ける美国の機体を挟み撃ちにするように、闇の鳥と鯨が二つの蛇に形を変えて牙を剥く。バリアを失った今の機体の状況では、闇が外装を貫いてコクピットの美国を食い殺すことは止められない――!
ここまでか。美国が諦めに目を閉じかけた、その瞬間。
「美国ちゃん!」
データリンクに少女の澄んだ声が響き、闇の
死を覚悟していた美国はキャノピー越しに見た――神々しい
「
「今度も間に合ったね、美国ちゃん」
コンソールの通信画面に千草の微笑みが映る。それ以上の言葉は戦士には必要ない。
「オノレェェ、アイドルドモメ……!」
巨大な闇が一つに合わさり、宇宙空間に響くはずのない声を響かせた。その禍々しい声色は物理法則を超えて美国の鼓膜を揺らしたが、しかし。
負けるはずがない。千草が隣に居てくれる限り。
「美国、千草!
データリンクを通じ、地上にいる春日の声が響く。美国がコンソールの表示を見ると、地上のファンからの声援の度合いを示す
「千草さん!」
「美国ちゃん――行くよ!」
彗星のごとき尾を引いて宇宙を飛びながら、千草の機体がデータリンクで呼びかけてくる。クロスユニットの
『出力レベル、クラス
AIの声が告げた瞬間、美国は激しく機体の揺れる衝撃を感じた。千草の乗機「
「アイドルドモ、地獄ノ業火デ焼キ尽クシテヤル!」
宇宙に広がる闇の蛇が巨大な鬼の姿をなし、その口から禍々しい
「誰に向かってそんなもの撃ってるのよ。こっちは
美国は口元に不敵な笑みを浮かべていた。コクピットに吊るされたお守り――超未来的な機器の中でただひとつ異彩を放つ、幾世紀を経ても変わらぬ守護の証を見やる。東京の秋葉原に祀られた火伏せの神、
闇の炎を無傷で突っ切り、ひとつに繋がった機体が太陽の輝きを
「ヒューマノイドモード、ライズアップ!
闇を引き裂く鋼の四肢。巨大な翼を持つ
『
美国と千草、二人の脳波をトレースし、白銀の巨躯は今や彼女らの思うがまま動かせる「手足」へと変わっていた。
「
美国の合図で
「千草さん、わたし達の力で守りましょう。地球の未来を」
「うん、美国ちゃん」
剣を構えて飛ぶ機体の周囲で、時空がひずみ、重力の流れがゆがんでいく。無限とも思える運動エネルギーを纏い、可視化された
「重力
「
超速の回転から突進し、聖なる剣の一閃が巨大な闇を両断する。
響くはずのない爆音がそれでも美国には聴こえた気がした。「アンチ」の闇を吹き飛ばすその爆発は、アイドルの勝利を飾る星雲の凱歌だった。
「……美国ちゃん。勝ったね」
「わたし達、最高のアイドルですよ」
画面越しに美国が千草と喜びを噛み締めあったとき、それと時を同じくして、地上のファンからの大歓声がデータリンクを通じて溢れかえった。
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「ミクニちゃん、カスガちゃん、すごいよ! わたし達のドラマ、瞬間最高視聴率四十八パーセントだよ」
「チクサさんの熱演があったからこそですよ。お疲れさまでした」
「……でもミクニちゃん、結局このドラマ、原作の原型を何一つとどめなくなっちゃったね」
「そうですか? 清らかな声援を受ける
「まあ視聴者さんが楽しんでくれたならいいのかなぁ」
「カスガさんはあの原作に危機感を抱かなさすぎですよ。このくらいぶっ飛んだ改変をしないとお話にならないレベルだったんですよ、あの小説は」
「でもミクニちゃん、『モー娘。』の名前を出すのをあれほど嫌がってたのに、AKBとか秋葉原とか出てきてるのはいいの?」
「わたし達がAKB48の末裔だなんてどこにも書いてないじゃないですか。秋葉原にこういう神様が祀られてたのは事実ですし」
「ミクニちゃんが許せるパロディのラインはこの辺なんだね……」
「ま、とにかく、これなら熱心なSFウォッチャーからのダメ出しは入らないでしょう。わたし達の名誉とSFの未来は守られましたよ」
「ほんとにこれでよかったのかな。チクサ、どう思う?」
「わたしはアイドル役で出られたから嬉しかったな。撮影も楽しかったし」
「まあ、あなたはどんな設定でもそうでしょうよ」
「それよりカスガさん、わたし、監督さんから今度はオリジナルのSFドラマの脚本を書き下ろしてみないかって言われたんです。今度はカスガさんにもバッチリ出番作りますよ」
「ううん、もう、わたしはSFはいいや……」
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