蛇足の2 銀河戦姫AKB

 超満員のスタジアムは観客の大歓声に沸いていた。色鮮やかなステージ衣装に身を包んだ美国みくにが、最後の曲を歌い終えると、会場には彼女の名を呼ぶ盛大な声援コールが巻き起こった。

 スタジアムに集まった幾万人、そして卓上端末インターフェース受像機オムニビジョンを通じた全国幾百万人の目が、ステージの上の彼女に釘付けになっている。

 舞台が暗転し、美国がステージの袖へ引っ込むと、会場には彼女の再臨を望むアンコールの声がたちまち響き始めた。

 観客の大音声だいおんじょうを横目に、美国はステージ衣装を脱ぎ捨て、アキモト博士に託されたブレスレットを手にする。ルビーが真紅の輝きを放ち、彼女の身体が一瞬にして戦闘少女バトルヒロインのコスチュームに包まれる。

「美国、準備オーケーよ!」

 地下格納庫にシューターで降りると、姉の春日かすががすぐさま彼女にサムズアップの仕草を送ってきた。何十人もの整備スタッフが敬礼で美国を出迎える。その奥に鎮座するのは、聖金属オリハルコンの外装を有する彼女の乗機――可変航空騎ナイトファイター向日葵サンフラワー」。キャノピーは既に全開し、あるじの搭乗を今か今かと待ち望んでいるようだった。

「ファンのみんな……見ててね」

 美国が操縦席コクピットに着座し、バイザーを下げると同時に、機体のAIが自動的に出撃準備を開始する。メインエンジン始動イグニッション。航法AI起動アクティベート。システム・オールグリーン。

 コンソールのメイン画面には、サイリウムを振りながら美国にアンコールを送る無数の観客の姿が映し出されていた。

「データリンク・スピーカー起動」

『アイ・アイ・マム。スピーカー起動。コンサート会場とのデータリンク接続を確認』

 美国の指示をAIが復唱し、会場の観客に彼女の声を伝える準備が整う。機内カメラに向かって満面のアイドルスマイルを作り、美国はファンへ呼びかけた。

「みんな、応援ありがとう。行ってきます!」

 瞬間、彼女の乗機「向日葵サンフラワー」は格納庫の発進ゲートから満天の星空へと舞い上がった。彼女に声援を送るファンの声が、データリンクを通じて、いつまでも、どこまでも彼女の背中を押してくれる。

巡航クルーズモード・クラス6シックス を維持。大気圏突破までファイブ・セカンズ』

 音速を遥かに超え、超科学の花が高度千キロの夜空を突き抜ける。エンジンの炎と超音速飛行の衝撃波が形作る円弧の波動は、まさしく夜空に咲く向日葵ヒマワリのように見えた。

「『アンチ』……覚悟しなさい」

 宇宙空間に飛び出した美国がキャノピー越しに見たもの、それは星を覆い尽くさんばかりの巨大さに膨れ上がった暗黒のエネルギーの塊だった。龍のように鬼のように、その闇はうごめきながら変幻自在に姿を変え、美国の機体を威嚇するように瘴気しょうきに満ちた波動を放ってくる。

巡航クルーズモードより戦闘ミリタリーモード・クラス12トゥエルヴへ。 乱数回避。月軌道スイングバイからの反撃を推奨』

「それでいい、やって!」

『アイ・マム』

 AIがコンソールに戦術プランを表示する。敵の闇が追尾できない速度で追撃を振り切り、月を回り込んでフルパワーで追撃する作戦だ。この機体の最大戦速なら月軌道までは二分とかからない。

 闇が巨大な鳥に姿を変えて「向日葵サンフラワー」を追ってくる。それを上回る速度で美国は闇を引き離す。――だが。

『前方に新手!』

「なっ!?」

 いつの間にか分裂していた巨大な闇が、彼女の機体を手ぐすね引いて待ち構えていた。制動が間に合わず、「向日葵サンフラワー」は大きく口を開けた鯨のような闇へと突っ込む。激しい振動がコクピットを襲い、コンソールの計器が滅茶苦茶に悲鳴を上げる。最大戦速で宇宙を飛ぶ機体は数秒の内に闇を突き抜けたが、機体を包む聖金属オリハルコンのバリアフィールドは闇の侵食でズタズタに溶かされてしまった。

『損傷計算。バリアエネルギーの80%を損失。両側方より敵の追撃!』

「っ……!」

 慣性で飛び続ける美国の機体を挟み撃ちにするように、闇の鳥と鯨が二つの蛇に形を変えて牙を剥く。バリアを失った今の機体の状況では、闇が外装を貫いてコクピットの美国を食い殺すことは止められない――!

 ここまでか。美国が諦めに目を閉じかけた、その瞬間。

「美国ちゃん!」

 データリンクに少女の澄んだ声が響き、闇の瘴気しょうきが一瞬で吹き飛ばされた。

 死を覚悟していた美国はキャノピー越しに見た――神々しい聖金属オリハルコンのバリアフィールドに包まれ、暗黒の宇宙を飛ぶ一つの機体を。

 可変航空騎ナイトファイター霞草ジプソフィラ 」。乗っているのはもちろん、

千草ちくささん!」

「今度も間に合ったね、美国ちゃん」

 コンソールの通信画面に千草の微笑みが映る。それ以上の言葉は戦士には必要ない。

「オノレェェ、アイドルドモメ……!」

 巨大な闇が一つに合わさり、宇宙空間に響くはずのない声を響かせた。その禍々しい声色は物理法則を超えて美国の鼓膜を揺らしたが、しかし。

 負けるはずがない。千草が隣に居てくれる限り。

「美国、千草! 合体機動クロスユニット、行けるよ!」

 データリンクを通じ、地上にいる春日の声が響く。美国がコンソールの表示を見ると、地上のファンからの声援の度合いを示すホープフルHカイネティックKトランサーTのレベルはとうに最大値を振り切っていた。

 合体機動クロスユニットのミッションは初挑戦だが、きっと出来る。自分と千草なら。

「千草さん!」

「美国ちゃん――行くよ!」

 彗星のごとき尾を引いて宇宙を飛びながら、千草の機体がデータリンクで呼びかけてくる。クロスユニットの命令コードが千草側から打ち込まれた。二つの機体が超速のまま並走に入り、エネルギーを直結したバリアフィールドが虹色の輝きを放つ。

『出力レベル、クラス12トゥエルヴよりクラス24トゥエンティフォー。オートコントロールにて合体姿勢を維持。アプローチ……スリー、トゥ、ワン、ドッキング!』

 AIの声が告げた瞬間、美国は激しく機体の揺れる衝撃を感じた。千草の乗機「霞草ジプソフィラ 」が、美国の「向日葵サンフラワー」と並列接続され、ひとつになっている。

「アイドルドモ、地獄ノ業火デ焼キ尽クシテヤル!」

 宇宙に広がる闇の蛇が巨大な鬼の姿をなし、その口から禍々しい瘴気しょうきの炎を放ってくる。だが。

「誰に向かってそんなもの撃ってるのよ。こっちは秋葉原アキバのアイドルの末裔なんだからね」

 美国は口元に不敵な笑みを浮かべていた。コクピットに吊るされたお守り――超未来的な機器の中でただひとつ異彩を放つ、幾世紀を経ても変わらぬ守護の証を見やる。東京の秋葉原に祀られた火伏せの神、秋葉あきば大権現だいごんげん。その加護を受ける自分達に、地獄の炎ごときが傷一つ付けられるものか。

 闇の炎を無傷で突っ切り、ひとつに繋がった機体が太陽の輝きを聖金属オリハルコンの外装に映す。今こそ変形の時――。

「ヒューマノイドモード、ライズアップ! アストロAナイトKボーグB――クラス48フォーティーエイト!」

 闇を引き裂く鋼の四肢。巨大な翼を持つ戦乙女ヴァルキリー。銀河の輝きを纏って、白銀の機動騎士ナイトボーグが暗黒の宇宙で一条の流星と化す。

スペースSカイネティックKエンジンE、動力接続。ニューラルNモーションMバランサーB、脳波リンク確立』

 美国と千草、二人の脳波をトレースし、白銀の巨躯は今や彼女らの思うがまま動かせる「手足」へと変わっていた。

聖金属オリハルコン・大剣セイバー!」

 美国の合図で機動騎士ナイトボーグが手にした剣の柄から、オーロラの如き聖なる光の刃が立ち上る。実体のない、されど闇を斬り裂く、戦乙女ヴァルキリーつるぎ。機体が剣を振りかぶった瞬間、巨大な闇が僅かにたじろいだように美国には見えた。

「千草さん、わたし達の力で守りましょう。地球の未来を」

「うん、美国ちゃん」

 剣を構えて飛ぶ機体の周囲で、時空がひずみ、重力の流れがゆがんでいく。無限とも思える運動エネルギーを纏い、可視化された重力子グラヴィトンの波動が剣の切っ先に集まる。

「重力共振感応度シンパシー、レベルMAX!」

重圧ヘビー回旋斬ローテーション!」

 超速の回転から突進し、聖なる剣の一閃が巨大な闇を両断する。

 響くはずのない爆音がそれでも美国には聴こえた気がした。「アンチ」の闇を吹き飛ばすその爆発は、アイドルの勝利を飾る星雲の凱歌だった。

「……美国ちゃん。勝ったね」

「わたし達、最高のアイドルですよ」

 画面越しに美国が千草と喜びを噛み締めあったとき、それと時を同じくして、地上のファンからの大歓声がデータリンクを通じて溢れかえった。


==========


「ミクニちゃん、カスガちゃん、すごいよ! わたし達のドラマ、瞬間最高視聴率四十八パーセントだよ」

「チクサさんの熱演があったからこそですよ。お疲れさまでした」

「……でもミクニちゃん、結局このドラマ、原作の原型を何一つとどめなくなっちゃったね」

「そうですか? 清らかな声援を受ける乙女アイドルだけが使いこなせる聖金属オリハルコン、っていう基本設定は変えてないですよ」

「まあ視聴者さんが楽しんでくれたならいいのかなぁ」

「カスガさんはあの原作に危機感を抱かなさすぎですよ。このくらいぶっ飛んだ改変をしないとお話にならないレベルだったんですよ、あの小説は」

「でもミクニちゃん、『モー娘。』の名前を出すのをあれほど嫌がってたのに、AKBとか秋葉原とか出てきてるのはいいの?」

「わたし達がAKB48の末裔だなんてどこにも書いてないじゃないですか。秋葉原にこういう神様が祀られてたのは事実ですし」

「ミクニちゃんが許せるパロディのラインはこの辺なんだね……」

「ま、とにかく、これなら熱心なSFウォッチャーからのダメ出しは入らないでしょう。わたし達の名誉とSFの未来は守られましたよ」

「ほんとにこれでよかったのかな。チクサ、どう思う?」

「わたしはアイドル役で出られたから嬉しかったな。撮影も楽しかったし」

「まあ、あなたはどんな設定でもそうでしょうよ」

「それよりカスガさん、わたし、監督さんから今度はオリジナルのSFドラマの脚本を書き下ろしてみないかって言われたんです。今度はカスガさんにもバッチリ出番作りますよ」

「ううん、もう、わたしはSFはいいや……」


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