第3話 お墓と神とオリハルコン

 美国が見つめる写真立ての中では、彼女の幼い頃にこの世を去った母親が、優しい笑顔で美国を見つめ返している。あらゆる宗教が地上から姿を消し、葬送という習慣も途絶えたこの時代では、彼女が亡き母の面影に浸れるのは、唯一、その写真を目にする時だけであった。

「美国ちゃん。覚えてないかもしれないけど、あなたのお母さんは、とっても優しい人だったのよ」

 隣に立つアイは、そっと美国の肩に手を添えてくれた。

「……わかってます。お母さんが愛したこの世界を守るためにも……もう、わたしが戦うしかないんだ」

 美国はアキモト博士に授けられたブレスレットを手の中でぎゅっと握り込んだ。彼女の華奢な拳に、皺の刻まれ始めたアイの手が重ねられた。

「美国ちゃんなら出来るって信じてるわ。わたしの分まで、この世界を頼むわね」

 アイの潤んだ瞳が美国の姿を映していた。かつてこの国のトップアイドルとして君臨し、先代の戦闘少女バトルヒロインとして戦っていたアイは、二十代半ばで起こしたスキャンダルの影響で民衆の支持を失い、二度と神に変身を許されない身体になってしまったのだった。


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「……カスガさん。わたし、不思議でしょうがないんですけど、なんで昔の作家ってやたらと未来世界から宗教を廃れさせようとするんですか?」

「わたしに言われてもわからないけど……。高度な科学と宗教って、相容れないものに映るんじゃない?」

「だってこの話、『モー娘。』があってつんくさんの脳が居るってことは、原作者が生きてたリアルな時代と地続きって設定なんですよね? この作者の時代には天皇もちゃんといたし、アメリカでは未だに進化論を学校で教えるか教えないかで揉めてたし、追い詰められたムスリムが世界各地で戦争やってたじゃないですか」

「……きっとそれから百年ですごい改革があったんだよ」

「2000年間続いたキリスト教が、2100年目にいきなり廃れてたまりますか。しかもお葬式やお墓までなくなってるとか。ネアンデルタール人だって仲間を埋葬してたんですよ?」

「とにかく高度に機械化された自動管理社会を描きたかったんだろうな、ってことで納得してあげようよ」

「トチ狂った王様が国じゅうの女の子をアイドルにする話なのにですか? ……ていうか、宗教がなくなった世界なのに、最後の行で『神』って出てきてるんですけど」

「これはほら、比喩的な表現ってやつじゃない?」

「この世界に神様がいるのかどうかは知らないですけど、少なくとも民衆の支持がバトルヒロインの力の源になるって時点で科学を超えた不思議な力が働いてますよね。そういうファンタジーな設定がある世界でリアル『神は死んだ』をやるアンバランスさは一体どこから来るんですか」

「……原作者さん、色んなSF小説を読んで色々取り入れてみたかったんだろうなあ……」

「まあいいです、これ以上言ってても仕方ないんで次に行きましょう」

「ちなみに、アイさんって人の設定についてはツッコミを入れるところはないの?」

「特には。スキャンダルで支持を失って変身できなくなるってリアルでいいなって思いました」

「そう……」


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「ダメ……! わたしのアイドルパワーじゃ、この敵には勝てない……!」

 美国は悔しさに地面を叩いた。今や彼女のバトルコスチュームはところどころが破れ、聖金属オリハルコンの剣は彼女の手を離れてアスファルトの地面に突き立っていた。

「ソウダ、アイドル如キガ我々『アンチ』ノ闇ニ対抗スルコトナドデキナイ。己ノ非力ヲ悔ヤンデ死ヌガイイ!」

 闇の魔物の爪が美国の美しい素顔に迫る。美国が死を覚悟した、その瞬間。

聖乙女アイドル烈斬スラッシュ!」

 何者かの叫ぶ声が美国の耳を捉えたかと思うと、しゅばっ、と小気味良い斬撃音が重なり、闇の魔物の断末魔が街に響いた。

 恐る恐る目を開けた美国の眼前に立っていたのは、彼女の落とした聖金属オリハルコンの剣に魔物の黒い返り血を滴らせ、ゆっくりとこちらを振り向いた一人の少女。

千草ちくささん……!?」

「間に合ってよかった。わたしもやっと聖金属オリハルコンを扱えるようになったよ、美国ちゃん」

 戦場に似合わぬ笑顔ではにかんでみせたのは、美国の姉の同級生で、美国を追ってアイドルになったばかりの千草だった。


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「はい、もう、カットカットカット、カットォォ!」

「おはよう、ミクニちゃん、カスガちゃん。なんだか朝から楽しそうだね」

「あ、おはようございますチクサさん。今ちょうど、例のドラマの台本でチクサさんが出てくるところ読んでたんですけど」

「え、もう台本できてたんだ! わたしも見ていい?」

「チクサも一緒に聞いてあげてよ。ミクニちゃんがさっきからツッコミに余念がないから……」

「だって、おかしいですよ、このシーンも!」

「どのあたりが? 近未来SFなのにオリハルコンとか出てくるところが?」

「いや、まあ、それはいいんですよ。この作品の根幹をなす設定で、どうしても作者が出したかったやつでしょうから。民衆の支持を受けるトップアイドルだけが使いこなせる聖なる金属なんでしょ? そういうファンタジーをやりたいのは全然構わないんですけど……」

「カスガちゃん。ミクニちゃんはどうしてそんなにピリピリしてるの?」

「原作小説が近未来SFとしてダメすぎるのがミクニちゃんには我慢できないらしいの……」

「だって、見てくださいよ。ここ。チクサさんの役柄、カスガさんの……つまりわたしのお姉さんの同級生って書いてあるじゃないですか」

「うん、書いてあるね」

「おかしいでしょ! この作品の設定、なんて書いてありました? 国民全アイドル社会なんでしょ? 十三歳になった女の子はイカれた王様の命令で全員アイドルにさせられるんでしょ?」

「そうなんだ……」

「チクサさんの役、わたしより年上じゃないですか! わたしより先にアイドルになってなきゃおかしいでしょ!」

「言われてみたらそうだよね」

「き、きっと病気とか留学とかでアイドルになるのが遅れたんだよ」

「だったらそう書いてなきゃおかしいでしょ!? それに、ほら、美国わたしを追ってアイドルになったって書いてるんですよ。明らかに王様の命令じゃなくて自分の意志でアイドルを目指してるんですよ」

「あ、わたし、そのほうが感情移入して演じやすいな」

「そういう話じゃなくて! この原作者、自分で決めた設定を忘れてるじゃないですか! 仮にチクサさんが全アイドルの中でもイレギュラーな経歴の持ち主なんだったら、そのことをちゃんと描写して設定に齟齬が出ないようにしないと!」

「……まあ、色んな要素を詰め込みすぎてわけがわからなくなってるのはあるよね」

「でもわたし、ドラマの中でもアイドルなんてなんだか嬉しい」

「チクサさん、ほんとに嬉しいですか!? 端末はスマホなのに車は無駄に空を飛んでて、チューブの中を走る電車で出かけた先には昔の漫画みたいな万能博士がいて、朝は歯磨きが日課なのに権力者は脳髄だけになっても生きてて、宗教は途絶えたけど頭の狂った王様がいる未来で、わたし達『モーニング娘。』の末裔ですよ!」

「と、とにかくすごいバラエティに飛んだ作品なんだね……。撮影がどうなるのか楽しみだなあ」

「この原作者、未来世界を未来っぽく見せるにはどうしたらいいかを何も考えないまま、とにかく作品のインパクトだけのために近未来SFの体裁を真似てみたのに決まってますよ。こんな作品はこのまま時代に埋もれさせておきましょうよ! こんな駄作をドラマ化してネットワークに永劫残すんですか?」

「まあまあ、ミクニちゃん……。ほら、このドラマが世の中で話題になることを通じて、出来の悪い近未来SFを創作したがる人の芽が摘み取れると思えば」

「わたし達は人柱ですか? これでSFの未来は救われますか?」

「創作を志す人、ひとりひとりの良識に任せるしかないんじゃないかなあ……」

「わたしが言いたいのはただひとつですよ。未来を未来として描けないなら素直に自分の時代の話を書け! 以上!」


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