第2話 王様と脳髄とモーニング娘。
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「カスガさん……わたしもうこの台本読むのイヤになってきました……」
「ミクニちゃん。言いたいことはわかる。わかるけど、ほら、お仕事なんだから頑張って続けましょ」
「この原作者、ぜったい頭おかしいでしょ。なんでこんな数百年埋もれてた駄作がドラマ化まで行き着いたんですか」
「……まあ確かに、西暦2150年に国民全アイドル社会っていうのは……ずいぶん大胆な設定をしたものだなあって思うよね」
「まあ、あくまでSF作品なんですから、どんな舞台設定を作ろうと作者の自由だとは思うんですよ。国民全アイドル社会だろうと国民総寿司職人社会だろうと……。でも、そんな特異な世界観を成立させるロジックが、よりによって『国王の勅令』って」
「……王様いるんだね、この世界……」
「わたし、歴史は得意なほうだったから知ってますよ。この原作が書かれた二十一世紀初頭っていったら、ちょうど、憲政下で初めて天皇が生前退位した時代でしょ。天皇いるじゃないですか。それから百年やそこらで、何があったら頭のおかしい王様が治める絶対王政になるんですか」
「あ、ほらほら、作中では執拗に『この国』としか書かれてないから! どこかよその国の話かもしれないじゃない」
「……じゃあ、百歩譲ってそこはいいですけど……。スマホがあって高速チューブ電車とやらが走ってる文明国家の話なのに、王様の命令ひとつで国じゅうの女の子がアイドルとして駆り出されるって……。なんですか、そのリアルな鬼ごっこが始まりそうなメチャクチャな政治体制は」
「そんな大昔の作品を引き合いに出せるミクニちゃんもよっぽど未来っぽくないよね」
「芸能人たるもの、各時代で流行った小説や映画にはひととおり目を通してますよ。良いものも悪いものも。……さすがに二十一世紀にこんなふざけたSF小説が世に出てたのは盲点でしたけどね」
「まあまあ、もう決まったお仕事なんだから我慢して頑張ろうよ。ほら、ミクニちゃん、人気投票一位の超人気スターって役柄だよ?」
「こんなイカれた世界で一位になっても全然嬉しくないですよ。……えーと、次のシーンは……」
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美国がトップを張っているハロープロジェクト・ガールズとは、この国に存在する唯一最大のアイドルグループである。元を辿ればこのグループは、二十世紀末から二十一世紀初頭にかけて一世を風靡した人気アイドルグループ「モーニング娘。」に端を発するものであった。結成当初から人数の多さとメンバーの流動性を最大の特徴としていた「モーニング娘。」は、時代の趨勢に合わせて発展拡大を繰り返し、2100年頃には国内の全アイドルを吸収した超巨大組織に変貌していたのである。
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「ちょっと待てやコラァ!」
「ミクニちゃん、言葉遣い、言葉遣い」
「だってカスガさん! 実名出しちゃいましたよ
「え、『モーニング娘。』って本当にあったアイドルグループなの?」
「芸能史の授業で習わなかったですか? ここに書いてあるとおり、我が国で初めて、グループ名を変えないままメンバーが加入と脱退を繰り返して入れ替わっていくっていうコンセプトを導入したグループなんですけど……。作中に実名出しちゃったらフィクションにならないでしょぉぉぉ」
「……原作者さんはよっぽどそのグループが好きだったんだろうね」
「いや、それにしても、二十一世紀初頭の小説で『モー娘。』って……。確かに『モー娘。』が出てきた当初は人数の多さが騒がれてたかもしれないですけど、数を言うならその後にもっととんでもないのがあったでしょうに」
「ミクニちゃん、そこから先は言っちゃいけない気がする」
「……まあ、いいですよもう。この国のイカれた王様はハロプロが好きだったんですよね。で、わたしはそのトップなんでしょ? もうそれでいいですよ」
「ヤケクソにならないで……」
「『モーニング娘。』って具体的な単語が出てきた瞬間に一気に近未来SF感が損なわれましたよね……。ペーストで歯を磨いて、定期券で電車に乗ってた時点で今さらですけど……」
「ほら、次のシーンに行きましょ」
「ていうか、作中のアイドルグループのモデルになってるのがハロプロなら、前のシーンで出てきたアキモト博士って何だったんですか?」
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遥か地下へと続くエレベーターを乗り継いで、美国が案内された先は、何重ものゲートで厳重に守られた巨大なプレジデントルームであった。その巨大な部屋の中心には、円筒形の大きな試験管のようなものが設置されており、多種多様なパイプやダクトがその周りを取り巻いている。緑色の溶液の中に浸かっているのは、何者かの脳髄であった。
「よく来たな、現代のトップアイドルよ」
突然、部屋の天井に取り付けられたスピーカーから男のしわがれた声が響いた。美国は驚いて周囲を見回したが、部屋には彼女と案内のスタッフの他に誰もいない。
「私だ。君の目の前にいる私だよ」
美国ははっとなって試験管の中の脳髄を見た。しゅこー、しゅこーと定期的な排気音が部屋にこだまする中、溶液に浮かんだ脳髄は、確かに今も生きているように見えた。
「まさか、あなたは……!」
「そう、私こそがハロープロジェクトの生みの親……『つんく♂』の成れの果てだ」
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「ああああ! もうやってられるか! カスガさんごめんなさい、マネージャーさんに頼んでこのドラマの仕事キャンセルさせてもらえないですか!?」
「な、なによミクニちゃん、そんなにダメかな!? わたしはこのシーン、昔の人の脳髄が今でも生きて世界を支配してるって、ちょっとゾクっときたけど」
「作風と合ってればね! もうイヤだ、こんなドラマ出たくない」
「……なにがダメなのか教えてくれない? これまでの描写と比べて、ちゃんと未来っぽい技術が出てきてると思うけど」
「非科学的でしょ! なんですか、脳髄を溶液に漬けて生き続けてるって! そんなこと今の技術だってできないし、これから先もできるわけないでしょ!」
「ほら、昔の人が考えた未来だから、多少の無理はね……?」
「レベルが釣り合わないんですよ! 脳ミソだけになった人間を生かしておける世界で、なんでわたし朝起きて歯磨きなんかしてるんですか!」
「たぶん、そういう技術は特権階級が独占してるんだよ」
「特権階級っていえば王様はどこいったんですか? もう、この世界観だったら、つんくさんが王様でいいじゃないですか。なんでアイドルの支配者と王様が別々に存在する設定にしたんですか」
「わたしに言われても……」
「出るならもっとまともなドラマに出たい……。こんな作品の主役をやらされてわたしの経歴が汚れるなんて……」
「ミクニちゃん、ほら、作品と関係なく視聴者の方はミクニちゃんの可愛さだけを見てくれるかもしれないし」
「読者を納得させる世界設定を提示できないなら近未来SFなんてやめてしまえ。うぅ……泣きたい……」
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