『ダメな近未来SFの見本』
第1話 スマホと博士と空飛ぶ車
午前六時四十五分、
洗面所に降り、顔を洗って歯を磨いていると、既に起きていたらしい姉の
==========
「ちょっと待ってください、カスガさん。いきなり台本が変なんですけど」
「どうしたのミクニちゃん。変って、どのあたりが?」
「だってこれ、何世紀の話でしたっけ?」
「えっと……西暦2150年って書いてあるから、二十二世紀の半ばだよね」
「意外と古い時代の話でしたね……。あれ、じゃあ、これでいいのかな……?」
「何がそんなに気になってるの? ミクニちゃん」
「んー……わたしもそんなに詳しくはないんですけど……二十二世紀ってまだスマホだったんですか?」
「え、スマホなんて書いてある? ……ほんとだ、わざわざ『携帯』に『スマホ』ってルビ振ってあるね」
「おかしくないですか? わたしもちょっと歴史の授業で見たくらいですけど、スマホってミラホのそのまた前に使われてた道具じゃないんですか?」
「……たぶん、このドラマの原作が書かれた時代にはまだスマホしかなかったのよ」
「それはわかってますよ。この原作、二十一世紀初頭に書かれたSF小説でしょ? わたしが言いたいのは、その後にどんな技術が出てくるかを知らないなら知らないで、せめて想像するなり創作するなりしようよってことで」
「まあまあ、いいじゃない。細かいところは小道具さんにお任せしようよ」
「まだあるんですよ。次のシーン、わたし、洗面所で歯磨いてるじゃないですか」
「……磨いてるね」
「これって具体的に何してるんですか? 砂を歯に塗りつけて指でこするんですか?」
「さすがに人工の歯磨きペーストがあった時代だと思うけど……」
「二十二世紀にもなってですか? 西暦2150年の人間が歯磨きペーストで歯磨きですか?」
「……原作の作者さんはきっと、細かな日常の描写にまで気を遣わなかったのよ」
「細かい描写だからこそ気を遣わなきゃいけないんじゃないですか。日常に未来感が出てないと、あ、未来の話なんだ、って見る人に伝わらないでしょう」
「まあ、そうだけど……。ほら、今の視聴者さんから見たら昔のお話だからいいんじゃない?」
「この原作が書かれた時点では未来だったんでしょ? 私は原作者のSF作家としての力量を問題にしてるんです」
「まあまあ、ミクニちゃんの言いたいことはよくわかったから、ほら、次のシーンに行きましょ」
==========
これだけ朝の早い時間なら、無人飛行車が空いているかと期待していたが、美国の希望的観測に反して車は一台もつかまらなかった。仕方なく、美国は最寄りの駅まで歩き、定期券をかざして高速チューブ電車に乗り込んだ。車内は平日と同じくらい混んでいたが、乗っている客層は随分違っていた。
==========
「カスガさぁん……」
「なによミクニちゃん。また言いたいことがたくさんありそうね」
「無人飛行車って……何ですか?」
「……字面のとおり解釈したら、空飛ぶ車じゃない?」
「ごめんなさい、わたしが間違ってたら教えてくださいね。……昔の車は空を飛べたんですか?」
「たぶん飛べなかったと思うけど……」
「じゃあ何ですかこれ。わたし何に乗ろうとしてたんですか」
「……昔の人が思い描いた未来のイメージじゃない?」
「あのね、カスガさん。わたし、未来社会の描写に大事なのは、技術的に可能かどうかよりも、社会としてリアリティがあるかってことだと思うんですよ」
「なに、急に真面目な口調になって。車が空飛ぶ社会ってそんなにおかしいかな」
「だって、なんのために飛ばすんですか?」
「……なんか未来っぽいから……?」
「落ちたら危ないじゃないですか」
「そうだね。車が街のあちこちを飛んでたら事故もたくさんありそう」
「この作品に出てくる人達はなんでそんなメチャクチャな交通社会を容認して生きてるんですか」
「知らないわよ。原作者さんの中ではきっと辻褄があってたのよ」
「まだありますよ。なんですか、次の『高速チューブ電車』って」
「……電車がどうかしたの?」
「ダサすぎでしょ! 高速・チューブ・電車って! ネーミングセンスが死んでますよ!」
「どういうところを走る、どういう電車なのかはすっごく伝わってくるけどね……」
「この世界の人は日常生活で『次の高速チューブ電車まで時間あるなー』とか『今から高速チューブ電車乗るからスマホ切るね~』とか言ってるんですか!?」
「さすがに日常生活では『電車』で通してるんじゃないかな」
「じゃあ地の文でも『電車』だけでいいでしょ! 少し工夫したいなら『電車』って書いて『チューブ』とでもルビ振っとけばちゃんとSFになりますよ!」
「ミクニちゃん、芸能人じゃなくてSF作家になった方がよかったんじゃない? 早く次のシーンに行こうよ」
「あと高速チューブ電車に乗るのに定期券をかざすっていうのも気になりますけど……まあいいです、次に行きましょう」
==========
「美国くん、よく来てくれた」
アイドル事務所でアキモト博士が美国に手渡してきたのは、美しい宝石のついたブレスレットだった。ルビーの赤い輝きが彼女の瞳を映している。
「先生、これは何ですか?」
「君の新しい仕事だよ。トップアイドルである君にしかできない仕事だ。……そのブレスレットで、君には
「バトル……ヒロイン?」
眉をひそめる美国の眼前で、アキモト博士はにやりと笑って言葉を続ける。
「古来よりこの世界の闇に巣食ってきた悪の眷属、『アンチ』の魔の手に立ち向かえるのは、民衆から清らかな喝采を浴びる穢れなき乙女……トップアイドルしかいない」
==========
「なんでやねぇぇん!」
「わっ、何その古いツッコミ」
「言いたくもなりますよ! なんやこれ! バトルヒロインって何!? アキモト博士って何の博士!?」
「なんかこう、こういう作品によく出てくる『エム博士はついに万能の機械を発明した』みたいなやつじゃない?」
「いてたまりますか、そんな博士。せめて何の学問分野の専門家なのか明らかにしてくださいよ」
「なんでもできるから博士なんだよ」
「近世ヨーロッパならまだしも、二十二世紀の未来都市にそんなファンタジーな博士がおるわけないやんけ」
「ミクニちゃん、関西弁、関西弁出てるから」
「この国じゅうから方言が消えても、
「……それで、このシーンはあと何がいけないの?」
「いや、バトルヒロインって」
「それはさすがに許してあげようよ。このお話、アイドルが変身ヒロインになって戦うバトル物なんだから、その設定にまでツッコミを入れちゃったら作品が成り立たないわよ」
「そうじゃないんですよ。いや、別にいいですよ、物理法則を無視した変身コスチュームが出てきても。でもわたしが言いたいのはもっと根本的な問題で……」
「なによ?」
「これ、未来である必要あります?」
「えっ……」
「普通に二十一世紀初頭の話でいいじゃないですか。この世を脅かす闇の魔物がいて、アイドルの女の子が変身して戦うだけでしょ? 未来要素関係ありますか?」
「……ないかもしれないね」
「インパクトを出すために意味なく未来の設定にしただけにしか見えないんですが」
「きっとその時代には近未来SFが流行りだったんだよ」
「未来の技術や社会をちっとも未来っぽく描けてないし、そもそも未来である意味すらない。ダメな近未来SFの見本ですね」
「手酷いなあ……」
「いっそこれ、ドラマじゃなくて『昔の人が思い描いたヘンテコな未来世界』を笑い飛ばすバラエティ番組として放送しましょうよ」
「しましょうよって、わたしに言われても……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます