第13話 最古の職業

 学校が休みの日でも教師は休めるわけではない。そんな知識をツルマが得たのはいつ頃のことだったか。

 チクサとの待ち合わせの駅に向かう道中、なぜ先生を訪ねるのに日曜日なのかと兄に問うたところ、返ってきたのは「日曜だから学校にいるんだろ」との簡潔な答えだった。それを聞いてツルマは、中学に入ったばかりの頃、何かの用事で日曜に学校を覗いた際の職員室の様子を思い返した。教師達は、生徒が居ないのをこれ幸いとばかりに、AI任せにできない様々な仕事に熱を上げて取り組んでいた。後にメディアで見たところによると、学校教員というのは、今も昔も休日が取りづらい仕事の筆頭であるらしかった。

「ごめんね、遅くなって」

 メトロ駅の地上出口前で、ツルマら兄弟の姿を見るやいなや小走りになって駆け寄ってきたチクサは、ナチュラルメイクの顔に焦りと心からの申し訳なさを浮かべているように見えた。

「ううん、そんな」

 ツルマが上手くフォローの言葉を次げないでいる内に、兄がさらりと「まだ二分前。こっちが早いだけ」と口にしたので、チクサの慌てていた顔にようやく落ち着いた微笑が戻った。

 今日はライブではなく人に会いに行くのだとテキストメッセージで伝えていたため、チクサの服装はおとなしいジャケットにプリーツキュロットだった。道行く人々がチクサの姿に注目している。その少なくとも一部は、単にドミトリーの外に女の子がいるのが珍しいからというだけではない、彼女が何者なのか知った上での好奇の視線を向けてきているように見えた。

「立ち止まってるとよくない。行こうぜ」

 兄が二人を先導し、駅からツルマら兄弟の母校へ向かう高層歩道を歩き出した。チクサはツルマの隣で、すれ違う人々の視線から隠れるように身を小さくして歩いている。

 道行く人々の中には、遠慮の欠片もなく彼女に携帯端末を向けては、その画面を指差してあれこれ内輪話に盛り上がるような若者達もいた。彼らが個人識別ディサーメントの機能を使っているのであろうことをツルマは推測し、嫌な気持ちになりながら、せめてチクサを庇うように彼女の前に立って歩いた。個人の顔貌や骨格を携帯端末レベルのAIでも容易に照合できる現在では、大昔の漫画に出てくるような、サングラスやマスクを用いた変装も全く意味をなさない。

「悪いことしてるわけじゃないんだからさ、堂々としてればいいよ」

 兄はそう言うが、マイクを持っていない時のチクサは大衆の視線に対して免疫がないようで、ジャケットの襟を持ち上げて少しでも顔を隠そうとする彼女の健気な仕草にツルマの胸は締め付けられた。


 私立サンシャイン・グローリー中学校は、オアシス広場スクエアに隣接する広大な敷地を誇り、中京第二首都セカンド・キャピタル随一の進学校として知られている。

 メインエントランスのゲート前に並び立ったとき、兄は、「ええと」と咳払いして二人の方に向き直った。彼は珍しく殊勝な表情を浮かべ、チクサの顔を正面から見下ろしている。

「まず、チクサちゃんの意思を確認しとかなきゃならないんだけど」

「はい」

 ツルマが見たチクサの横顔は、いつもとは違った緊張をたたえているように感じられた。

「インディーズアイドルをやってるだけじゃ、君の名誉は完全には回復しきらない。それと並行して、クリアしておかなきゃいけない一線がある」

 ぴりりとした空気が三人の周りを包んでいた。ふと、学校の敷地を囲む塀の上で、私設の監視システムが自動追尾で三人の姿を捉えているのにツルマは気付いた。

「……君の、無実の罪を晴らすこと」

 兄の神妙な声は、ツルマの鼓膜にもこれまでにない緊張感を持って響いた。チクサは兄の長身をじっと見返していたが、ややあって、「はい」と小さく一回頷いた。

「その上で、君があくまでツルマには伏せておきたいっていうなら、ここから先は俺と君だけで行くことになる。これから明らかにする真実は、俺の口からは絶対、コイツには漏らさない」

 兄がいきなりそんなことを言うので、ツルマはどきりとした。

 兄とチクサの間には、自分不在で進んでいる話がある。それが何にまつわることなのか、ツルマは聞かなくても薄々と勘付いてはいた。ネットジャーナルやオムニビジョンの番組で取り沙汰されるチクサへの賛否両論の中には、見たくなくても目に入ってしまうほどに、「そのこと」にまつわる言及が繰り返されていたからだ。

「……いいえ。もう、いいんです」

 チクサは小さく首を横に振って、兄に向かって答えた。

「いつかはツルマくんにも話さなきゃって思ってました。……今まで隠しててもらって、ありがとうございました」

 そして、チクサは、アイドルとしての視線レスとは全く違った真剣な視線をツルマに向けてきた。

「ツルマくん。わたし、ツルマくんにも知っててほしい。……わたしが、ここにいる理由を」

 チクサのまっすぐな瞳に見据えられて、ツルマは心臓の鼓動の高まりを感じながら、静かに首肯した。彼女のために、真実を受け止める覚悟をした。


杁中いりなかカワナ教諭は中央職員室にて執務中です。第一待合室でお待ちください』

 今やこの学校の生徒ではないツルマには、バイオ認証による入構はもうできなかったが、エントランスのAIは卒業生が恩師を訪ねてきたという筋書きだけで拍子抜けするほどすんなり三人の入構を認めてくれた。もっとも、彼らが入れるのは、二重のゲートで教育棟と隔てられた外壁部の来客エリアまでだけだ。

「握手会の会場みたいだね、ツルマくん」

 チクサは自分で言いながらくすりと笑っていた。言われてみれば、ドミトリー外壁に配置されたイベント用エリアとここは確かに似たコンセプトだと思ったが、どちらがどちらを真似しているのかはツルマには到底わからなかった。それよりも、そんな冗談を笑って言えるチクサの姿こそが意外だったが、これからの話の重さに耐えきるため、彼女はわざとおどけて気を紛らしているのかもしれなかった。

 待合室に通されて一分と経たない内に、壁面の大型画面にレディススーツ姿の杁中カワナの上半身が映し出された。若き英語教師は、二ヶ月前に最後に別れたときと変わらぬ優しい笑顔をベースに、来客対応用の大人の顔を重ね合わせたような表情をしていた。

「こんにちは、カワナ先生」

 在学中に生徒のほとんどが呼んでいた呼称にならい、ツルマは恩師を下の名で呼んだ。

「前津くん。お久しぶり、ってほどでもないよね。元気そうでよかったわ。そちらは、ご家族の方?」

「あの、兄です」

 そこで兄が画面に向かってぺこりと頭を下げ、「急に押しかけてすみません。前津ヒサヤです」と名乗ると、カワナははっとしたような顔になって、声のトーンを上げた。

「あなたが前津ヒサヤくん! 噂は他の先生達から色々聞いてるわ」

 お会いできて光栄よ、と、まるで有名人に会ったかのような口調でカワナは言った。彼女が着任する前にここを卒業した兄が、在学中に一体どんな伝説を残していたのかはツルマもついぞ聞いたことがなかったが、彼のことだから何があってもおかしくないのだろうなと思った。

 兄は、そんな評判のことになど少しも関心がないというような素振りで、画面越しのカワナに向かって礼儀正しい口調で告げる。

「杁中先生。今日はお聞きしたいことがあって来たんです」

「聞きたいこと? あなたが?」

 カワナが頭の上にクエスチョンマークを浮かべているのを見てのことか、兄はそっと画面の前から身を引き、ツルマの横に身を隠すようにして立っていたチクサに目で合図していた。彼女は意を決したように、教師の姿を映した画面の前へと歩み出た。

「はじめまして、先生」

 画面の向こうのカワナは口元に手をやって数秒固まっていたが、やがて何かを観念したような目になって、チクサに向かってうっすらと穏やかな微笑みを返した。

「こんにちは、金山チクサちゃん。……今、そっちに行くわね」

 世間で話題の脱退アイドルが自分のもとを訪ねてきた――それだけのことで、彼女は、自分に期待された要件のすべてを悟ったらしかった。


 第一待合室の隣、低いテーブルを挟んでソファを向かい合わせた応接室で、ツルマらはカワナとじかに顔を合わせていた。お茶を運んできたヒューマノイドも今は退室し、完全防音の部屋には四人のほかに誰もいなかった。

「聞きたいことっていうのは、わたしがこの学校に勤める前の話?」

 背筋を伸ばした座り姿勢をくずさないまま、カワナが誰にともなく尋ねてくる。それは質問というより、もうわかっていることを確認しているような空気に聴こえた。

「はい。あなたが東海ミリオンを去ることになった経緯を」

 三人を代表して兄が答えた。ツルマは兄を見て、カワナを見て、そしてチクサを見た。チクサは長丈のキュロットに包まれた膝の上で、きゅっと拳を握って、カワナにまっすぐ視線を向けていた。

「……じゃあ、チクサちゃんは、やっぱり無実なのね」

 カワナはどこか安堵したような表情を浮かべていた。そして、ふっと息をついてから、三人それぞれの顔を見渡し、彼女は語り始める。

「わたしの夢も、トップアイドルになることだったわ。わたしの場合、親にそうしろって言われたのが大きかったけど……何年もそれを目指して頑張ってる内に、いつしかそれが自分自身の夢になってた」

 ツルマの隣で、チクサが相槌の頷きをするのがわかった。

「でも、わたしの世代の東海ミリオンには、強い同期がたくさんいてね。わたしは二十歳を過ぎても、コンサートのレギュラーメンバーにすらなれずにいたの。あと二年の内に席次を上げなきゃ、芸能界に残ることなんてとてもできない……。そんなとき、わたしに声をかけてきたのが、あの男だった」

 あの男、という乱暴な言葉がカワナの口から発せられたことにツルマはどきりとした。ただ話を聞いているだけなのに、妙な汗が自分の背中を伝うような気がした。

「……あの男は言ったわ。東海ミリオンの新曲の選抜メンバーを決めるのも、メディア仕事を誰に振るか決めるのも、全部自分の一存次第なんだって。それで、彼はわたしを……ホテルに誘ってきたの」

 ツルマははっと息を呑んだ。ホテル。大人がその言葉を単体で用いるとき、それが単に宿泊施設の物理的実体を指すのではないことくらいツルマも知っていた。そしてきっと、彼の隣で肩をびくんと震わせたチクサも。

 カワナはその整った顔に切ない表情を浮かべて、思い出したくない記憶を氷河の下から掘り起こすように、彼らに向かって語り続けた。

「もちろん、断ったわ。そんな形で夢を叶えたって、お父さんにもお母さんにも胸を張れないじゃない。……でも、その男の誘いを断ったわたしに待ってたのは、そのまま平凡な順位に甘んじる日々じゃなかった」

 マネージャーが、警察に捕まったの――。そんな衝撃的な言葉を告げながらも、カワナの口調はあくまで平静を保っていた。

「わたしは、『オータム』のスタッフに呼び出されて、マネージャーはもう戻らない、きみのアイドル人生は終わりだ、って言われたの。その時はわけがわからなかったわ。……あの男のホテルを断った次の日、マネージャーが不自然なくらいわたしの腕を引いてきたのを思い出したのは、すべてが終わってドミトリーを追い出された後。……それまでは、そんなこと一度もしない人だったのに」

「……同じだ」

 兄が隣で小さく呟いていた。ツルマにも話の構造は理解できた。そのマネージャーは、カワナに手を出そうとしたお偉方に命じられ、彼女をミリオンから追放するための人柱にされたのだ。

「そんな……そんな酷いことが許されるんですか!?」

 思わずツルマはソファから身を乗り出し、声を上げていた。隣のチクサがまたびくんと驚いてツルマを見ている。カワナは驚いていないように見えた。女性教師はそっと片手でツルマをなだめて、しっとりした声で言葉を紡いだ。

「……前津くんは、いい子なのね。先生知らなかったなあ、きみがそんなに優しい子だったなんて」

 若干の気恥ずかしさを覚えながらソファに座り直し、ツルマはチクサの横顔をそっと見やった。天使のスマイルが似合うその顔には、今は深い悲しみの表情が浮かんでいるように見えた。ツルマは初めて、自分がこれまで気にしてこなかったことの重大さを噛み締めていた。

 チクサと初めてパーソナルラインで会話を交わしたあの夜から、自分はただ漠然と彼女の潔白だけを信じていた。それより深いところを考えもしなかった。チクサがどんな闇を無理やり背負わされ、どれほどの辛さ、悲しさに耐えてきたのかを。JDCを訪ねたときも、路上ライブで歌声を響かせているときも、彼女はずっと、ツルマが見ようともしなかった重荷を抱え続け、それでも気丈に微笑んでいたのだ。

 ツルマが得体の知れない悔しさに胸を押さえていると、カワナは彼の顔を覗き込み、「知ってる?」と唐突に問うてきた。

「大学受験には出てこない英語の表現で、『the oldest profession in the world』っていうのがあるんだけど……言葉の意味はわかるわよね」

 カワナが流麗な発音で口にしたのは、小学校で習うような単純な英文だった。突然何を言うのだろう。

「世界で一番古い職業?」

 ツルマが直訳で答えると、彼女はそっと頷いて、「その仕事って、何か知ってる?」と二つ目の問題を出してきた。

「えっ……」

 世界最古の職業。その響きがツルマに連想させたのは、かつてエジプトと呼ばれていた地域に残る、石でできた巨大なピラミッドだった。農耕と牧畜。狩猟採集。王政に奴隷労働。歴史の授業で習った古代文明の知識が彼の混乱する頭を駆けめぐる。

「農民……? いや、狩人ですか?」

「ざーんねん」

「えっと、じゃあ、戦士……兵隊?」

「それも違うわ」

 カワナの優しい瞳に見つめられて、ツルマははっと閃いて答えた。

「まさか、アイドルですか?」

 それを聞いたカワナは、くすっと笑って、「だったらよかったんだけどね」とどこか寂しそうに言った。

 ちらりと兄の横顔を見やると、彼は答えを知っているようなふうで、すました顔で師弟の様子を見守っていた。チクサはツルマと同じで小さく首をひねっている。これ以上は何も浮かばない。そう思ってツルマがカワナの目をおずおずと見返してみると、彼女はその赤い唇を小さく動かし、あっさりした口調で答えを告げた。

prostitutionプロスティトゥーション……売春よ」

 瞬間、ツルマは冷水を頭から浴びせられたような気持ちになった。自分がどんな顔をしているのかもわからない。かろうじて残った意識の片隅に、カワナの話し続ける声が響く。

「どんなに時代が変わっても、人の考えることなんて同じ。きっと、この世にアイドルって仕事が生まれた時からずっと……アイドルは、ファンの知らないところで、世界最古の仕事をこなすことを強いられてきたのよね」

 その世界を追われた女性教師の長い話が終わり、少しの静寂が応接室を包むなか、ツルマの耳は、チクサがかすかに漏らす嗚咽を捉えた。

 そっと目をやると、チクサは両膝に手を置いたまま涙をこぼしていた。彼女の小さな両肩は、抑えきれない感情に震えているように見えた。チクサちゃん、とツルマが思わず声をかけると、それで最後の堰が切れたように、チクサは声を上げて泣いた。兄よりもツルマよりも早く、カワナが真白いハンカチを彼女に差し出したが、チクサはそれを受け取る余裕も見せないままひたすらに泣き続けた。

「わたし……わたしも……!」

 嗚咽の中で必死に言葉を紡ごうとしているチクサに、ソファから立ち上がったカワナがそっと寄り添い、とめどなく溢れる涙をハンカチで拭ってあげていた。ツルマは手を出せなかった。怒りと悔しさに震える身体を、ただソファに押し込めていることしかできなかった。

 今や、チクサの身に何が起きたのかツルマも完全に理解していた。チクサもまた、お偉方からの下劣な誘いを断ったのだ。それを逆恨みされ、マネージャーとの情事を捏造されて、夢のステージを追われたのだ。

 許せない――。悪逆非道な行為への怒りが彼の全身を震わせていた。目の前でなおも泣き続けるチクサの姿を見て、ツルマは彼女のすべてを奪ったその男を今すぐ八つ裂きにしてやりたいほどの激情にかられていた。ぽん、と、兄が彼の肩に手を添え、爆発しそうになる心をなんとか繋ぎ止める手助けをしてくれた。

 カワナのハンカチに滴るほどの涙を染み込ませ、チクサはようやくゆっくりと顔を上げた。赤く染まった彼女の目が、気丈にツルマを見つめてきた。

「ごめんね。心配させちゃって。わたし、大丈夫だから。……もう、大丈夫だから」

 ツルマは彼女に何も言葉を返すことができなかった。そのかわり、彼女の白い手に自分の手を伸ばそうとして、結局躊躇して手を引っ込めた。どんな世界に生きていても金山チクサは彼のアイドルだった。アイドルとしての活動以外で、彼女が男子の手を握ることは許されないと思った。

 声を出せないまま、不器用に視線を重ねて頷きあう二人の後ろで、兄が静かな口調でカワナに問うた。

「先生、教えてもらえませんか。あなたをそんな目に遭わせたやつの名前を」

 カワナは応接室の入口をちらりと気にする素振りを見せてから、少し時間を置いて、質問に答えた。

「……東海ミリオン総支配人、にしきスミヨシ」

 カワナが名を告げたとき、チクサがびくりと表情をこわばらせるのがわかった。凍りついたような彼女の顔を見ただけで、その男の名がチクサにとっても辛い記憶であることがツルマにも瞬時に理解できた。


「今日はありがとうございました。チクサちゃんはきっと俺達が守ります。先生の無念も、無駄にはしません」

 エントランスゲートを出るとき、そこまで見送りに来てくれたカワナに向かって、兄は折り目正しい口調で告げた。

「前津ヒサヤくん」

 兄がお辞儀しようとするのを押しとどめるように、片手で静止を示して、カワナは言った。

「きみは天才だって聞いてたけど、意外と鈍いところもあるのね」

「え?」

 カワナの発言にはツルマも驚いた。この兄に対して、鈍いなどという形容を向ける人がいるとは思いもしなかった。

 カワナが次に発したのは、ツルマやチクサだけでなく、聡明な兄の顔にさえも驚愕の表情を浮かべさせる一言だった。

「わたしも力を貸すわよ。何をしたらいいのか教えてくれる?」

「そんな。あなたを危険に巻き込む訳には」

 カワナは兄が止めるのを意にも介さない様子だった。彼女はチクサの顔を、そしてツルマの顔を順に見つめて、優しい笑みを見せた。

「わたし、トップアイドルになるのが夢だったけど……。親戚を頼って名字を変えて、この学校に就職が決まったとき、神様に誓ったの。もうアイドルにはなれないかわりに、せめて立派な先生にはなろうって」

 上品に切りそろえられた彼女の茶髪が、秋の風に煽られてそっとたなびいた。

「教え子と可愛いガールフレンドが苦しんでるのよ。お願い、わたしも仲間に入れて」

 強い眼力で兄を見据え、はっきりと言い放ったカワナの姿を見て、ツルマはかつて自分が抱いた素朴な感想が外れていなかったことを知った。

 杁中カワナは確かに、アイドルとしては結果を残せなかったかもしれない。だが、教師としての彼女は間違いなく本物だった。

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