第5話 太陽

『元始、女性は太陽であった。平塚雷鳥がその言葉を「青鞜」発刊の辞に寄せたのは今から四世紀ほども前のことであるが、今日、我が国の女性アイドルを巡る状況は、まさに明治大正の時代の「新しい女」達が打破せんと挑んだ女性抑圧の社会と同じ様相を呈している。

 全地球に幾十の文明国あれど、一定年齢に達した女子を一律強制的にアイドルに登用するという奇矯な社会制度を持つ国家は我が国だけである。長くこの体制が続いたことで、我が国のアイドルは元来アイドルというものが持っていた輝きを失い、管理社会の中で機械的に人気投票上位を目指すだけの傀儡と成り果ててしまった。

 筆者はなにも人気投票が悪いと言うのではない。今千年紀のはじめ、48millionの前身となる我が国最初の中央集権的アイドル組織がその産声を上げた瞬間から、アイドルと人気投票は切っても切れない関係であった。平塚雷鳥から僅か百年を経たばかりの、前期インターネット時代のアイドル達は、現代とほぼ変わらぬ人気投票のヒエラルキーに支配される存在でありながらも、各人が己の意思で輝く太陽だった。

 元始、アイドルは実に太陽であった。真正のスターであった。今は月である。他者に光を当てられることで初めて輝く、青白い顔の月である。

 筆者は声を大にして言いたい。我が国のアイドルが太陽でなくなった理由は、ひとえに全女子を一律登用する国民皆芸制にある。記録に残る限り、後期インターネット時代までのアイドルとは、女子の中でも特に望む者だけがオーディションに名乗りを上げ、倍率何百倍とも何千倍ともいわれる厳選審査をくぐり抜けて就く夢の職業であった。そうして選ばれたアイドル達は全員が覇気に満ち、野心に燃え、夢に溢れる太陽の女神であった。

 しかし、望まずとも誰もがアイドルになる社会のもとでは、そうした女神達の誰もが有していたような、ぎらついた情熱は生まれてこない。「十三歳を迎えたからアイドルになる」それでは駄目なのである。芸能界と非芸能界が峻別されていた時代の、人生を懸けてその壁を破らんとする数多のオーディション参加者達の瞳に燃えていたのと同じ炎は、現代のアイドルの誰一人として持ち合わせてはいまい。

 確かに、オータムと国家が蜜月関係を結ぶことで、世紀を超えて我が国を悩ませていた貧困問題は解決した。アイドル立国と化したことで諸外国から流入する莫大な外貨は、オータムを潤し、国庫を潤し、十三歳以上の全女子に配分される給与所得を通じて国内のほぼ全ての家計を潤した。いまや我が国のGNPは主要先進各国の平均を遥かに凌ぎ、懸念とされた出生率も震災頻発期以前の水準にまで回復を見ている。この現実を見れば、国民皆芸こそが今日の我が国の繁栄の礎を築いたことは明らかであろう。

 しかし、それでも筆者は問いたいのである。アイドルの元始の本質から遠く離れ、アイドルという名の別の何かに成り果ててしまったこの国の少女達が回す経済に、本当に価値はあるのかと。

 オータム及び中央政府の首脳陣に、そして全てのアイドルファン達に問う。我が国のアイドルは本当にこのままでいいのか。今こそ長く続いた一律登用制を見直し、心の底から望む者だけがアイドルへの切符を手にするという元始の形に回帰すべき時ではないのか。

 元始、アイドルは太陽であった。その輝きを取り戻せるのは、この時代を生きる我々しか居ない。かつて秋葉原(※)の劇場でファンを虜にした女神達の瞳を、汗を、涙を現代に蘇らせることができるかは、今を生きる私達の勇気ある決断に懸かっているのだ。』


(2312.2.10付ネットジャーナルより抜粋)


(※)現在の東京第一首都にあたる区域にかつて存在した地名。第四次関東大震災で被災するまで、アイドルヒエラルキーの物理的・精神的中枢として長く機能した。

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