#00A5BF
私の絵は一銭にもならなかったが私の死体には値段がついた。肉片は畑の土を肥沃にし、髪はロープに編まれて貨物船を係留し、骨は薄く削がれて時計の文字盤になった。
振り子時計に嵌めこまれた私は居場所を移りながら百年ばかり時を告げ、百年と一日目に針を止めた。それはただのぜんまい切れだったが、当時の持ち主は私を壁から下ろしてそれきりだった。廃品回収の費用を払うのも惜しかったらしく、しばらく納屋に放られていたものの、ある熱帯夜のドライブがてらに持ち出され、街外れの茂みに捨てられた。
私が不法投棄された場所には同じような家具家電が蓄積していた。私の上にも積み重なった。私を守っていたガラスの風防は砕け、木枠は剥がれ、秒針はねじれた。とうに壊れている道具たちが、その場所でさらに朽ち続けていた。墓場は終点ではなく徹底的な無価値を目指す場所だった。
しかし人間としての私の希望が無限でなかったように、絶望が収束したところで無にはなれない。
夏の終わりに嵐が来て私たちを襲った。汚泥まじりの水滴が私を叩くと、思いがけず澄んだ、美しい音色が生まれた。音を聴いた鳥は歌い、獣は吼え、花が咲き、温泉が噴き出た。音は暴風に乗って街まで届き、人々は廃棄物の山に殺到した。そうして私はごみ山から発掘された。
私の骨は分割されて様々な楽器の部品に作り変えられた。私の骨を使った楽器は極上の音色を奏で、聴衆は陶酔した。私の音楽をより長く聴き続けるため、自動演奏装置が開発され、それが完成すると人類はいよいよ音楽以外のことを放棄した。戦争も平和も環境も経済も研究も教育もすべて音楽に勝るものではなく、社会機能は停止した。人々は絶え間ない音楽に夢中で食事も睡眠も忘れ、恍惚とした表情を浮かべながら、一人また一人と生命を終えていった。
つまりはそれが人類の選択ということらしかった。
ゆるやかな滅びのリズムを私はとっくに知っていて、それでも唯一不可思議なのは、世界を眠らせるための曲にもきちんと歌詞がついていることだ。
私は丘の上で音楽を生みつづけている。どれほどの時がたったのかは分からないし意味もない。私はもはや時計ではなく、文字盤を読むべき人間もいない。刻む数字を失った世界において速度は色で表され、丘の向こうの草原では、馬が浅葱色に草原を切り裂いている。
―――
2022.9.19 #00A5BF 浅葱色
好きな色をお題にもらって書くやつでした。
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