踊り場で寝る。雨の音がする。
踊り場で寝る。ひとくちに踊り場といっても複数の意味があって、言葉そのままに踊りをおどる場所あるいは景気の動向を示す場合もある。私が身を横たえたのはどちらでもなく、階段の途中のにもうけられた小さな平らな空間、日常生活においてはもっとも身近な『踊り場』であるけれど、とはいえ踊り場の持つ複数の意味は決して択一式ではなく、並列することも可能である。つまり階段の踊り場で踊りをおどることも禁止されてはいないということ。かくして私のねどこたる踊り場は、同時に、ダンスフロアとしても利用される。もっとも常識のある人間は階段の踊り場なんかで踊らない――狭いし通行の邪魔だし、なにより魔女に目をつけられる――ので、踊るのはもっぱら九月の幽霊たちである。波打ち際から色とりどりのトウシューズを拾いあげてきた幽霊は、夜通し私の身体の上で踊りまわり、私の背中や腹は痣だらけになる。シューズの色をそのまま移したように鮮やかな私の身体を見て、私の恋人は眉をひそめる。私はまた恋人の期待に沿えなかったことを知り、痣の痛みよりもそのことに打ちひしがれる。両眼には悲しみがあふれ、それは踊り場から階段を流れ落ちる。「きみはいつもそうやって一人で逃げ出そうする」恋人は言う。私が恋人のぶんの悲しみまでを先に消費しているせいで、彼女が涙を流すことはない。私の涙は階下までたどり着き、塔の外へ流れ出て、蒸発して雲になり、天からふりそそぐ。かつての私の身勝手な感情は、私と恋人の前を通り過ぎるコンマ数秒のあいだ、思い出したように輝いて、いまだどこにも行けない私たちを赦していく。「だから無駄だって言ったのに」恋人は言う。赦された私たちは、ゆるされた故に終わることもできず、今日も踊り場をねどこにする。光の檻のなかは雨の音がする。
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フォロワーさんのねどこをお借りしました。
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