芍薬

 水を飲むのが下手ね、と言われたときからいよいようまくできなくなった。あるいは指摘される前はそうでもなかった気がするのに意識するようになった途端ぎこちなくなってしまった。流しの水切りにはふたつのガラスコップが常にあって、そのうちひとつを取る。蛇口をひねる。浄水器を経て少しは何かがましになっているようないないような水道水を溜める。ここまではできる。コップを口に持っていき、ふちを下唇にあてる。これもうまいものだ。開いた片手は腰にあててポーズを決める余裕さえある。角度も完璧だ。日本代表にだって引けを取らなさそうだ。しかし上唇を心持ち山なりになるように開けて第一波が流れ込んでくるあたりから、雲行きが怪しくなってくる。冷たい水のかたまりが飛び込んでくる位置はいつも予測不可能で、舌を浮かせて滑り込んでくることもあれば、上あごではじけたり、勢いあまって喉の奥にぶつかってくることもある。目を白黒させながら飲み込む一口目は、そんな調子だから空気を多分に含んで、食道を圧迫しながらおりていく。そこで休憩を入れてしまえば水飲み下手の烙印を再度押されるような気がして(見ている人などもういないのに)コップを傾けつづけるが、もういっぱいいっぱいで、結局、半分ほどを残して口を離す。ぜえはあ、とまではいかないが、ふうはあ、くらいには息切れがしている。溺れているみたい、と笑われたこともある。陸地で、しかも自分の暮らしている部屋で溺れるなんて間抜けもいいところだが、溺れる、ということの要点は身体の中が水で満たされているかどうかであって、だとすれば周りが海だろうが砂漠だろうが、はたまた地上二百メートルの高層マンションの台所だろうがあまり関係は無いのかもしれない。

 そうやって無念にも飲み残された水は芍薬にやる。古い水を捨てるというひと手間すら省略して、流しの上で、あふれるままに水を足す。気が向いたときはそのまま窓際に持っていく。

 芍薬は一輪ささっている。重たい蕾である。

 咲かないね、と言われたときからいよいよ咲かなくなった。あるいは指摘される前はいつか咲くような気がしていたのにその『いつか』が永遠に引き伸ばされてしまった。東向きの窓辺の、右に満ち満ちた花器、左に空のコップがある。はめ殺しの窓にふたつの容器がごくうっすらと反射する。ところで『はめ殺し』という言葉はそれの持つ事務的な意味にくらべてあまりに物騒な字面ではないか? といきなり考えてみたりする。ほめ殺し、という言葉に似ているということも連想する。益体もないことへ思考を逸らして、しかしガラス窓へ向けた視線は釘付けになって動かせない。

 西向きの窓辺の、左に満ち満ちた花器、右に空のコップ。芍薬はささっていない。

「できることならきみをほめ殺したかった」

 芍薬の花がばらりと落ちて、私はあの日、彼女のバイオリンケースの留め金が緩んでいたことを思い出す。

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