空中エビフライ

 食べ物の流行は目まぐるしく移り変わるけれど、振り返るとどうしてこんな珍妙なものに熱狂したのかと首をひねりたくなるようなものもしばしばある。ナタデココ、ラー油、生キャラメル、パクチー、タピオカミルクティー、そして空中エビフライ。

 ご存知のこととは思うが、空中エビフライは空中エビを材料とした食品だ。二〇二〇年の秋に発見された空中エビはスカイフィッシュの類型とされ、全長平均三十センチ、地面からの高さ一メートルから成層圏に至るまで幅広い場所に生息し、派手派手しい体色以外はごく普通のクルマエビに酷似していた。はじめこそ珍重されていたものの、ひとたび観測されてしまえば世界各地で確認されるようになった空中エビを、人々が持て余すのにさして時間はかからなかった。翌年には大量発生した空中エビによるエビ害が深刻化した。大群に遮られたことによる作物の日照不足、道路の視界不良、生態系の混乱、航空業界ではバードストライクならぬエビストライクが問題となった。そんな厄介ものへの国家ぐるみの対応策として『食べて消費』することが推奨されたのは、妥当な成り行きだったのだろう。

 空中エビは生命活動を停止してなお浮遊しつづけたから、調理から提供においても特殊な扱いを要した。剥き身を空中でとき卵にくぐらせパン粉をまぶし空中で揚げて、最後に皿“を”乗せて完成だ。そんな手間をかけた空中エビフライは、幸いなことにうまかった、らしい。程よく引き締まった肉にたっぷり詰まったうま味は万人に受け入れられた。たちまち大流行となり、全国には空中エビフライ専門店が乱立し、そのどれもに行列ができた。

 自然災害対策に加えて経済効果まで生まれて一石二鳥めでたしめでたし、と言いたいところが、この食品には副作用があった。空中エビフライを食べた人間は自身もまた空中に浮きあがるのだ。大抵は地面から二三センチ踵が浮く程度、だけれど最高で三十メートルを記録した例もあった。不思議なことに人が浮遊するのは空中エビをエビフライとして食した場合のみらしかった。人間が飛ぶには二枚の翼が必要で、故に“fly”と“fry”の二重作用によってのみ効果が発動するのだ、とか、そんなこじつけを披露する輩もいたものだけど、超自然がそんなダジャレをたしなむとは思えない。結局真相は分からずじまいだ。

 地面から浮いた生活は、話に聞くだけなら面白そうでも当人たちにとっては不便なものだ。鉄板入りの帽子で頭を押さえつけることを余儀なくされた人たちは、補償を求めて運動を起こした。空中エビフライ被害者のための国際機関まで設立され、手厚い援助が約束された。当然空中エビフライの生産は中止になった。衆目が散ってからは、次第に空中エビそのものが姿を消した。もとより隠棲生物というのはそういうものだ。人々の意識に登れば存在し、忘れてしまえば存在しない。少なくとも人類にとっては無と同じものだ。

 最後の問題は、だから空中エビフライを食べた人間の終末についてだった。空中エビの命が絶えても空中にとどまり続けたように、空中エビフライを食べた人間は、死体となっても浮遊した。すなわち埋葬ができないのだ。魂の分だけ軽くなった人体は、どんなに厚く土をかぶせても棺桶の蓋ごと持ち上がった。さすがにこれは、普通の墓所では受け入れられない。宙に浮いたむき出しの死体が朽ちていくさまなんてぞっとしないだろう。

 この問題は種々の宗派には耐えがたいことだったらしい。既存の墓に入れないならば新しい様式を作るべきだと彼らは主張した。空中エビフライに皿を乗せて盛り付けたように、墓所ごと浮かばせることで解決しようとしたわけだ。そしてその試みは成功した。

 浮遊する土壌に支えられた“空中霊園”。すなわちこの墓地のことだよ。

 この墓地は風に流され世界を周回しながら、今でもわずかに残る空中エビフライの被害者を『回収』しつづけている。ここは超自然のもたらした幻想の名残であり、それに振り回された哀れな人々を弔う場所なんだ。

 さて、これで成立ちについての説明は終了だ。長々と喋りこんでしまったが許してくれよ。想像がつくだろうが、こんな辺ぴなところの管理人をやっていると、話し相手に飢えてしまうんだ。仕事自体は難しくないし、条件もいいから辞める気はないけれどね。暇に飽かせて草木の手入ればかり捗るよ。そういえばこないだ新しい樹を植えたんだ。ロンドンを通過した時に分けてもらったリンゴの木。もうすぐはじめの実がなるはずだ。その実がきちんと地面に落ちるか、ねえ、きみはどう思う。

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