死体を埋めに行く話

 開けろよ、と言われてドアを開けたらKが居た。昔むかし、当時はもちろん冗談としての思考実験だったけれど、仮に自分が何かのはずみで人を殺してしまったとして警察より先に相談する相手は誰か、と考えたとき思い浮かべていたのがKで、だから今日も彼が来たのだった。

 どうしよう、人、殺しちゃった。なんて陳腐に泣きすがる前から彼は俺のしでかしたことを知っていて、それでもいつものように、よ、と一音だけの挨拶をした。がさがさ鳴るコンビニ袋の中は死体解体のための糸ノコギリや溶解処理のための何だかよく分からない薬品……ではなく一人分のペットボトルのお茶と弁当だけだったけれど、それらを俺に押し付けて勝手に部屋の奥へと進む彼の尻ポケットが膨らんでいるので、車を出してきたんだと分かる。去年の夏、Mたちと旅行したとき以来だ。助手席と後ろの俺たちのバカ騒ぎにつられハンドル操作を乱してガードレールに擦ったことを、Kはずいぶん後悔していたっけ。俺がのんきに思い出にひたっている間にKは部屋の真ん中で盛り上がった掛け布団をちらっとめくり、中身を確認すると布団ごと丸めてしまう。

「なあ、ビニールひもかなんかないの」

「……ガムテープなら」

「よりによって紙のガムテかよ、上から重ねて貼れないやつじゃん」

 Kはぶつくさ文句をたれながらも、量にものをいわせてなんとか不格好な簀巻きをつくり、それを軽々と一人でかついでは、アパート前にとめた車のトランクに押し込んでしまう。死体を白昼堂々と持ち出して、誰かに見咎められやしないかと俺はびくつくが、道路の左右は人っ子一人通っていない。そう言えば今が何時なのかわからない。Kが来るまで、俺はどれくらいのあいだ茫然としていたのだろうか。部屋には時計もスマホもあるけれど、それを取りに戻る前にKが「ほら早く乗れよ」と促すから、俺はKのお茶と弁当を持たされて助手席に乗り込む。

「俺のじゃねえよお前のメシだよ」シートベルトを締めてエンジンをかけてKは言う。「腹ごしらえしとけよ。穴ほるのって、けっこう体力いるんだから」

 後部座席には柄の長いスコップが一本横たわっている。成程、解体でも溶かすのでもなく埋めるらしい。

 膝に乗せたビニール袋の、右側は冷たく左側は温かい。プラスチックの蓋が曇って見えづらいが弁当はカツ丼のようだった。割りばしを引っ張り出して、戻す。食えと言われたところで食欲なんてなくて、時間稼ぎのように「お前は食わなくていいの」とKに尋ねる。

 ばっかだなあ、とKは前を向いたまま笑った。

「俺はもう要らないんだよ」

 そうだった。

 後ろのトランクからくぐもった声が聴こえた気がする。空耳か、ただ物がぶつかっただけだと思う。中身が生き返ったわけではない。だってあれはたしかに死んでいた。俺は間違いなく、俺の部屋でKを殺した。

 思考実験を侮ってはいけない。かのアインシュタインだって思考実験によって相対性理論に辿りついたのだ。ならば、かつて俺が戯れにした仮定が今この瞬間の真実へとつながっていたとしても、それはむしろ自然ではないか。

 ずっと前からこうなる予感がしていた。

 もしも誰かを殺すことになるとしたら、そして誰かに救いを求めるとしたら。殺したい相手も救ってほしい相手もKだった。そして、だからそうなっている。

「よくできました」

 Kが言う。俺たちの車は安全速度で走りだしている。今度はきっとまっすぐに目的地へ着くだろう。

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