亡くし屋の死神と亡くし屋の少女。
「………………」
メルの言葉の意味を考えていると
「かずと?」
「おわっ」
亞名に不意に話しかけられ、驚く。二度目。
「おかゆ、持ってきた」
「あ、あぁサンキュー……」
「………………」
「………………」
いつもの無言空間なはずだが今はやけに重苦しく感じてしまう。
「食べられる?」
「えっ、あ、あぁ」
熱々と湯気を立て、つやりとした乳白色をスプーンに掬い口に入れる。
「熱っ」
「ごめんなさい」
「あ、いやオレが冷ますの忘れてただけだから」
二口目以降はちゃんと息を吹きかけ少し冷ましてからいただく。ほんのりとした優しい味にふと風邪をひいた時に愛歌が作ってくれてたっけ。と思い出す。
「……愛歌」
「?」
ボソッと思わず口に出してしまったらしい。
「ごめん、美味しいよ」
「よかった」
「……三日くらい寝てたんだってなオレ」
「うん」
「看ててくれたんだよな……ありがとう」
「……うん」
聞かなくては。あの日何があったのか、本当に亞名が愛歌を亡くしたのか。
「あの、さ」
「?」
「タナカアイカって名前に聞き覚えある?」
亞名は一瞬考える間を作ったが
「アイカ……あぁ」
なにか思い出したような顔をした。
「! 覚えているか?」
「うん。あの人が、どうしたの?」
「えっと、どこから説明すればいいかな……」
オレは亞名に話した。寝ている間自分の記憶を取り戻したこと。愛歌が、最愛の妹であったこと。そして魔女にあの日を見せられたこと。
「あの日……」
亞名が静かに話しだす。オレは真剣な面持ちで亞名を見る。
「あの日、あの人はわたしを呼んだ。でも」
「でも?」
「わたしはあの人と最期に会って話しただけ」
「つまりどういうことだ?」
「わたしは、あの人を亡くしてはいない」
「え」
「あの人は、愛歌さんは死ぬつもりでわたしを呼んだ。けど、結局自分で飛び降りてしまった」
「それは、本当なのか?」
「うん」
「………………」
オレは黙り込んでしまう。少し思い返すと魔女に見せられた光景は魔女が作ったものでしかない。話の内容もわからなかった。けれど亞名はいつもの亡くす動作はしていた。その後をオレは見たくなくて目を閉じてしまった。そこで愛歌は亡くなる前に自分で飛び降りたのか? だとしたら、オレは──
「本当に、愛歌は自殺……だったんだな」
「………………」
「オレは、結局なんにもしてあげられなかったな」
「……それは違うとおもう」
「なんでそう思うんだ?」
「愛歌さんは、あの時話してた」
「え?」
「わたしの姿を見て、自分より幼い子がこんな仕事をしてるなんてって言ってた。兄弟がいるのか聞かれた。いないって答えた。そうしたら、自分にはいるんだって話し始めた」
「『ずっと守ってくれてたんだ。あたしお兄ちゃんがいなかったらとっくに一人で野垂れ死んでた。お兄ちゃんは忙しくなっても、あたしに学校行かせようとしてくれて、いつも嬉しそうだった。自慢の妹だって。あたしそんなんじゃないのに。学校行ってもみんなとうまくやれなかったし、でもお兄ちゃんには気づかれたくなくて、心配かけたくなくて、こうやって逃げようとしてる。悪い妹だよ。恩を仇で返すようなことしようとしてるもん』」
愛歌のそんな弱音を初めて聞いた。オレの前ではいつも笑ってたから。
「『でもさ、あたしがイジメられてたなんてお兄ちゃん知ったら、あたしを守ろうとしちゃうじゃない? それじゃ昔と変わらないなぁって、結局一人じゃ生きていけないのかなって。……って何言っても言い訳だけど。お兄ちゃんに負担かけたくないってのももちろんあるけど、でも死んだらものすごーく悲しむんだろうなってのもわかる。だけど、もう疲れちゃった。これから先もずっとこうやって頑張るのかーって思ったら、それは嫌だなぁって。』」
「そしてわたしにこう言った。『ねぇ亡くし屋さん。死ぬことって悪いことだと思う?』って」
「わたしは、その時はわからないって答えた。愛歌さんは『あたしはね、悪いこととは思えないんだ。だってみんないつかなにかで死んじゃうのにそれが悪いことって言われたらみんながみんな悪いってなっちゃうじゃない? あたしは残された人が悲しむからって誰かのせいにしてずっと生きていくの、嫌だよ。死んだのは誰かのせい、なにかのせいって理由をつくるのは簡単だけど、生きていくのは誰かのせいってできないよ。そんな他人に自分の命の重さを背負わすことなんて、それこそ悪いことだよ。そう思う。だからあたしは決めたんだ。お兄ちゃんにもう背負わしたくないから。あたしって荷物をなくしてあげたいんだ。結局それもあたしの我儘だけど、お兄ちゃんにはお兄ちゃんの人生があるんだよ。それをあたしが奪いたくない』って」
「………………」
「それで、『
「愛歌のお願い……?」
「うん、『死ぬことが悲しいとか悪いとかそういうんじゃないってあたしは思うんだけど、それでもきっとお兄ちゃんは悲しくなってしまう。もしかしたら自分のせいって言うかも。でも違うんだ。あたしはあたしのままでいたいから死ぬのを自分で選んだだけで、それはあたしにとって良い事なんだっていつかお兄ちゃんに会えたら伝えてほしい。お兄ちゃんが好きでいてくれた、愛してくれた、優しくいられたあたしはずっとそのままだよって、それだけが誇りなんだ。って、いいかな?』って。だから……かずと?」
いつの間にかポロポロと涙をこぼしていた。
愛歌は愛歌でいるために死を選んだんだ。オレの自慢だった、大好きだった、誰の悪口も言わない、他人の悪口を聞いたら悲しくさえなる。そんなとても優しくて、そうやって生きてこれたことを誇りに思ってくれて、そのままでいたいって思ってくれて。それでもオレは思ってしまうよ。
「それでも、もし変わってしまうとしても、誰かの悪口を言っても、どんなに悪いことをしたとしても。愛歌が、側で生きててくれればオレはそれで、それだけでよかったんだけどな」
けれど、愛歌がそう思ってそう決断した。それを踏みにじるようなことはしたくない。オレがどれだけ悲しくても、それはオレが悲しいだけで愛歌はそれを望んでない。愛歌が自分は変わらずにいたかった。そう思って願ったことを守ってやりたい。尊重してやりたい。だから死を悪いことだなんて思ってはいけないんだ。そしたら、愛歌まで悪いことになってしまう。愛歌は自分で何かを呪うわけでもなく、ただ死ぬことを選んだんだから。
「わたしは、死はそこにあるだけ。って思ってる」
亞名が思っていることをちゃんと話すのは初めてかもしれない。
「その前も、その先も関係ない。そこにあるだけで、そして誰にでも平等に訪れるもの。この世界で唯一平等なもの」
「わたしにはわからない。それが悲しかったり、心が痛くなったりすることが。わからないのはおかしいのかもしれない。でも早くても遅くてもみんな死ぬのは、死ぬのだけは一緒だから。考えや文化なにもかもが違っても、それだけはみんな一緒で。だから悲しくない」
「……そうだな、悲しいってのは遺された人が勝手にその先を想像して、勝手にその人を思うだけだもんな」
「……わからないのは、おかしい?」
珍しく亞名が不安そうに聞いた。
「いや、わからなくてもいいんじゃないか? というかそういうことがわからない。っていうのが亞名で、だから亡くし屋、なんだろ?」
オレは亞名の頭にポンッと手を乗せた。
「うん……」
「亞名が亞名でいられるなら、それでいいんだよ」
愛歌と違い、サラサラしている黒髪を少し撫でてやった。
「うん」
感情を表に出さない、いや出せない亞名だったが少しだけ嬉しそうにみえた。
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