失くした日々は夢か現か。5


「じゃあ見せてあげる。貴方の愛しい愛しい妹が死んだ日を」

 魔女がそう言うと視界がブワッと回転して、オレはあまりの気持ち悪さに目を瞑る。その回転が止まり、目を開けるとそこは愛歌の通っていた学校の屋上だった。

目の前には柵を超えている愛歌と、今より少し幼いであろう亞名が向かい合って立っていた。

「愛歌…………」

オレは生きている愛歌に呆然とした。

「これは単なる再現。貴方がどう思おうと勝手だけれど、意味のない感傷はやめてちょうだい。気持ち悪い」

「気持ち悪いって……」

「ほら始まるわよ」


 向かい合っている愛歌と亞名。最初に口を開いたのは愛歌のほうだった。だが、何を言っているかまでは聞こえない。

「なぁ、声は聞こえないのか?」

「聞こえるわけないでしょ。貴方の意識の中で、あるはずもない記憶なんだから」

「それって」

「でも、これは事実。実際にあの日に起こった出来事」

次に、亞名が小さい口を少しだけ動かしていた。そして

「あ…………」

亞名はその場にしゃがみ、両手を組んで見せる。すると愛歌はそこから落ちていった。

「くっ」

さすがにその瞬間を見ることは出来なかった。オレは顔を背けて目を強く閉じる。

パンッと音がして目を開けると、オレは真っ暗な空間に戻されていた。

「さぁご期待に添えたかしら?」

「…………あぁ」

「あら随分と不機嫌なのね」

「それは……」

「それはなぜ? 亞名に嫌悪感でも抱いたかしら?」

「………………」

「図星?」

「いや…………」

完全に否定は、できない。

「まぁいいわ。もうそろそろ時間だから」

「え」

「もう目覚めなさい。これは貴方達の運命だから、どうしようが貴方の勝手よ」

意識が、ものすごい勢いで外に引っ張られる。


「う…………」

「あ、かずと。おはよう」

声のする方を見ると亞名がオレのことを覗き込んでいた。

「………………」

「?」

反応がないオレに対して首を傾げる亞名。

「ンナーァ」

「うっ」

「あ、しろ」

しろがジャンプして寝ているオレの腹の上に飛び乗る。

「……ちゃんとしろを見てろよ」

「うん。ごめんなさい」

なにかわからないがソワソワしている亞名。

「どうした?」

「あ、え、と、あの、お腹空いてる?」

「え、あー言われてみれば?」

「おかゆ、作ってくる」

「あ、ありがとう」

明らかに返事がぎこちなくなってしまったが、亞名はその様子には気づかずに立ち上がりパタパタと行ってしまった。

「はぁー」

「何ため息ついてんの」

「うおっ」

聞こえるはずのない声が聞こえて驚く。

「メル! なんでここに」

メルは部屋の入口付近の柱に背をもたれさせ腕を組んでこちらを見下ろしていた。

「まったく、ため息はこっちがしたいんですけど」

「あれ、もしかしなくてもなんか怒ってる?」

「当たり前でしょ、急に呼び出されたんだから」

「呼び出された……? 誰に?」

「はぁーーーーーー」

特大ため息をつかれた。

「君、今の状況あんまり理解してないでしょ」

「あ、そういえばオレはなんで布団で寝てるんだ?」

「それはね、君が急に倒れたからだよ」

「倒れた? オレが?」

遡って考えてみる。確か亞名が学校から帰ってくる時間になって、玄関まで迎えにいって。それで亞名は靴を履いてなくて、鞄を取り上げて……

「確かに、最後の記憶が曖昧だな」

「確かに、じゃないよ、大変だったんだから」

「大変?」

「……彼女一人でここまで君を運ぶことなんてできないでしょ?」

「あ……」

「なんか知らないけど、急に君が倒れただ、助けてだ、必死になってこの子経由でアタシに伝えてきたのよ」

メルの視線の先には顔を洗う仕草をするしろがいた。

「で、あまりにも必死だったししょうがなくアタシが来て運ぶのを手伝ってあげたってわけ」

「そうなんだ。ありがとうな」

「いや、お礼はあの子に言いなよ。呼ばれなきゃアタシも来なかったし、それにその後三日三晩ずっと付き添ってたし……」

「は? 三日三晩?」

「そ。君、三日くらいずっとうなされながら寝こけてたよ」

「そうだったのか……」

「……それにしても、何かあった? あの子もなんか少し変わった気がしたけど。それより君の態度がなんか変」

「変って……」

「ま、アタシには関係ないし、これ以上関わるのめんどくさいし、仕事溜まってるから帰るけど」

と言ってメルは背を向ける。

「一つだけ」

「?」

「ちゃんと思ってることは言わないと伝わらないし、真実はどうなのか、知ってるのは彼女だけだよ」

「それってどういう……」

「じゃあね」

そう言ってメルは消えていった。

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