こだわる理由
【spicy cafe 12:30】
一時間ほど前に届いていた、簡潔にもほどがあるメールを読んでため息をつく。
ちょうど、昼休憩を取ろうと携帯を確認したから良いものの、気付かなかったらどうするつもりだ。……一人で昼食を食べた後、しつこくねちねち文句を言うに違いない。いや、それだけで済めば御の字か?
現時刻、十二時二十八分。
こちらも仕事しているのだし、急な呼び出しに対する多少の遅刻に文句はつけないだろうけれど一言だけメールを返した。
【今から、向かう。】
「何だよ、急に。めずらしい」
店員に本日のランチを注文して、
以前はともかく、結婚後はこういう急な呼び出しをかけることなどなかったのに。
「あぁ、早かったわね」
運ばれてきたばかりらしいカレーにスプーンをいれながら、呼び出した当人はあっさりとながす。
ゆっくり来たら「遅い!」と文句言うだろ。
「どう、最近」
「相変わらずだよ、知っての通り」
「全くねぇ、あんたがそんなに要領悪い子だとは思わなかったわぁ」
「良いんだよ。別に正義感で就いた職でもないし、今の仕事はおれに向いてるし」
窓際閑職においやられた事情に関しては腹立たしさが残っているものの、今の状況にそれほど不満はない。
「税金泥棒」
冷ややかな口調に苦笑いを返す。
「給料分は働いてる……ありがとう」
「ところで、このあいだ
ランチと伝票を置いて店員が立ち去ると、こちらが食事に入る間もなく本題が切り出される。
とりあえず、突き刺したレタスを口に運び飲み込む。
「理世ちゃんとって?」
なるべく平然と返す。
呼び出しの理由がまさかこの件だとは思わなかった。誤魔化しきれるか。
「倫?」
名前を呼ばれただけではあるけれど、妙に圧のある声に顔をしかめる。
「脅しかよ……思い当たることねーんだけど?」
「友達がね、見てたのよ。あんたと理世が車に乗ってるとこ」
口元に笑みを作っているが、目が笑ってない。
「……人違いだろ」
「車のナンバーの控えもあるけど、まだ言い逃れする? まぁ、女の子のほうが理世だとは確定できてないけど、違うなら違うで問題よね? 現役警察官が女子高生つれまわすとか」
くそ、詰んだか。
探偵かよ、その友達は。普通、ナンバー控えるか? 我が姉ながら交友関係が謎すぎる。
「降参。っていうか、理世ちゃんに直接聞けばいいのに。一緒に住んでるんだから」
まぁ、結婚相手の娘を問いただすのはさすがに遠慮があるのかもしれない。
一見、仲良くやっているようにみえても。
「だめ。嘘はつかない、でも言いたくないことは言わないで良いって約束してるから。そしてこの件は聞いてもきっと答えないだろうし、なら聞くだけ無駄」
あっさりと言い放つ。
そうだ、こういうヤツだよ。
「その心遣いは弟に対しては発動してもらえないんですかね」
「さっさと吐け」
口角をあげ、にっこりと笑みを浮かべる。
ま、端から期待してないけどな。
「理世ちゃんから電話があったんだよ。あの子がくだらないことで呼び出すとは思えなかったから、すぐ会う段取りつけて。話を聞いたら行方不明の友達を探しに行くって。【道】を辿って」
淡々と伝えると、深いため息だけが返る。
「もちろん、止めた。その友達の単なる家出の可能性もあるし、ホントに事件なら危険だし……そしたら、理世ちゃん、「わかりました」とか言うんだよ? 全然納得してない顔で」
協力がなくても自分ひとりで探すと目が言っていた。
本人、自覚はないだろうがアレは脅しだ。
「一人で行かせるより、おれがついて行ったほうがマシだと思ったから足になった。で、とりあえず監禁されていた友達を発見、確保。自宅にリリース。最寄り駅で理世ちゃんをおろして別れた」
家まで送るつもりだったけど、当人に固辞された。
家族に知られたくないというか、心配させたくないという気持ちはわからないでもないので、意を汲んだ。時間がもう少し遅ければ、無理やりにでも送ったのだけれど。
「まぁ、あんたがそれほど馬鹿じゃないとは思ってるけど、ね」
「褒めてる?」
水を一口飲んでため息をつく姉に、違うだろうとは思いつつ聞いてみる。
「倫は基本的に女に執着しないし、つきあう相手はあとくされなさそうなの選んでるし? そのあたり、間違えないよね」
あー、これは確実に褒めてないワ。
「人聞きの悪いことを。最近のおれは、清廉潔白、品行方正。公務員の鏡」
蓉子の言葉に否定はできないが、これは嘘じゃない。いや、多少の誇張があるのは確かだけれど。
「はいはい」
あきれたような苦笑いで受け流される。
「とりあえず信用してあげるけど、理世に悪影響与えたら許さないわよ?」
にっこり笑って通告すると、伝票を持って立ち上がる。
「あ、おれ払っとくよ」
伝票に手をのばすと、するりと手が逃げる。
「急に呼び出して悪かったわね」
ひらひら伝票をふって、さっさとレジにいってしまう。
ゴチソウサマです。
■ ■ ■
【今から、会えるかな?】
件名ナシ。本文一行。
差出人の名前を再度確認して、ちいさくため息をつく。
【夕方までには家に戻らないといけないけど】
少し考えて返信すると、すぐにまたメールが届く。
【駅の改札で待ってます。ゆっくり来れば良いからね】
そんなこといわれても、待たせてるのは気になるし。
携帯を閉じて、財布と一緒にかばんにつっこむ。
「蓉子さん、ちょっと出かけてくるね」
台所で食材と格闘しているらしい背中に声をかける。
「えぇ? 遅くならないでよ?」
「大丈夫。なるべく早く帰るし」
振り返った蓉子に理世はうなずく。
「なら良いけど。気をつけてね。変な人についていっちゃダメよ?」
小さな子どもに言い聞かせるような言葉に理世は苦笑いする。
「小学生じゃないんだから……いってきます」
「早かったね?」
もたれていた壁から身体を起こし、凪埜はやわらかく微笑む。
「別に、近いし」
「そう?」
あまり信じていないようにかるく肩をすくめられる。
ちょっと、むかつく。そういう、お見通しみたいな顔をされると。
「何の用でしたか? 早く帰るようにって蓉子さんにも言われてるんですけど」
凪埜が理世の義母である蓉子に弱いことをわかっていて名前を出す。
別に凪埜のことはキライではない。ただ、借りがあるせいか、居心地悪いというか、どう接して良いかわからない部分がある。
「あー、わかってるよ。久我さんの誕生日会でしょ? おれもお呼ばれしてるし」
四十すぎた親の誕生日会というのはけっこう妙な気がするのだけど、その辺は新婚だし仕方ないかもしれない。でも新婚ならそれらしく二人で祝ってきても良いのに。気を使ってくれているのもわかるけど。
「え。凪埜さんも来るの?」
「げ、嫌ですか?」
割とまじめな顔で返されて、思わず笑う。
「いえ、ちょっとびっくりしただけです」
丁寧語、つられた。
「良かった。じゃ、行こうか」
切符を一枚渡される。
「どこに」
降車駅は切符の金額から予想はつくけど。
「説教の旅」
いたずらっぽい笑みの凪埜に促され改札を通る。
答えになってない。電車に乗る意味がわからないし……っていうか、本気だったのか、説教。
さすがに電車で説教するつもりはないらしく、くだらない話をぽつぽつしながらやりすごす。
降車駅からすこし路地を入った、落ち着いた雰囲気のちいさな喫茶店に連れて行かれる。
「好きなもの頼んで? 甘いもの好きなら、パフェがオススメ。おれ、飯まだだからちょっと食べさせてね」
良く来ているのか、メニューを見ずにサンドイッチとコーヒーを注文する凪埜のあとにチョコパフェを付け加えてもらう。
おなかは空いていないけれど、一人だけ飲み物だと間が持たない。
「その後、オトモダチは元気?」
それほど待たずにだされたサンドイッチに手をのばしながら尋ねる凪埜に理世はうなずく。
「この間は、ごめんなさい。ありがとうございました。おかげで美春はすごく、元気です」
パフェに手をつける前に頭を下げる。
「なら良かった。溶けちゃうから、食べなよ」
「いただきます」
ちょっと苦めのチョコソースと甘さ控えめの生クリームが良くあう。おいしい。
「で、理世ちゃんは、その後あぶないことしてない?」
突然の言葉に思わず咳き込む。アイス、変なとこに入った。説教突入?
「……し、てないよ。人聞き悪い」
「図星をさされて慌ててる?」
凪埜はいたずらっぽく笑う。
「ちがうよ。危ないことなんて、しないし」
「理世ちゃんが危なくないと思っていても、はたから見たらそうでもなかったりするからなぁ」
凪埜にしみじみとため息をつかれ、理世は眉を寄せる。
「本当に、してない」
「あぁ、ごめん。疑ってるっていうんじゃなくてさ…………理世ちゃんさぁ、もし、またこの間みたいなことがあった時は、おれに連絡頂戴?」
まっすぐに目を見て言われ、口に運びかけたスプーンをもどす。
「なんで? この間のことだって、ほんとは凪埜さんに頼むべきじゃなかったって反省してる。仕事だってあったのに」
父親や蓉子に心配かけたくなかったから、つい凪埜に甘えてしまったけれど。
「だからこれからは一人でどうにかするって? 勘弁して。そんなことになったら、危ないことになってるんじゃないかって、気が気じゃない。心配で毎日あとつけるよ?」
「凪埜さん、ストーカーは犯罪だよ。警察官なのに」
「じゃ、犯罪者にさせないためにも必ずおれに相談。約束」
あまりにもまじめな顔をされ、少しはぐらかすつもりだったのに、そのまま言い切られる。
よくわからない人だ。
どう応えるべきかわからず、パフェをすくって口へ運ぶ。
「話、聞いたら多分、おれは止めたりすると思うけど、理世ちゃんが折れなければ、おれは一緒について行くから」
「……凪埜さんが、そこまでする意味がわからないんですけど」
ぼそりと呟くと、凪埜はコーヒーを一口飲んでから、何か考えるように宙をみつめる。
「うちさ、聞いてるかもしれないけど、両親が早くに亡くなっててね。幸い、暮らしていくのに不自由ない程度のものは残してもらえたんだけど、その分、親戚関係ともめてね」
話が全然関係ないほうにとんで、理世はまじまじと凪埜を見つめる。
「おれは子どもだったし、姉さんだって世間一般から見れば、子どもだったんだけど、その矢面に立って、相手を最終的に黙らせた。だから、おれが大きく道踏み外さずに今こうしていられるのは姉さんのおかげなんだよな。まぁ、暴君ではた迷惑な人なんだけど、頭は上がんない」
やさしい表情で静かに話す。
「おれ個人が理世ちゃんを心配だって思うのが不審なら、理由がいるなら、姉さんが大事に思ってる久我さんの大事な一人娘だからってことで。それなら問題ないでしょ」
問題ないとか、そういう話じゃない気がする。
納得しきれていないのを汲み取ったのか、凪埜は困ったように笑う。
「まぁ、もうちょっとカンタンな話にすると家族ができてうれしい。だから大事にしたい、ってことなんだけどね」
まっすぐに素直な言葉過ぎて、こっちが困る。
「あ、何? もしかしておれなんか家族の範疇にないとか思ってる? だから、いつまで経っても下の名前で呼んでくれないとか?」
理世が黙っていると凪埜は茶化すように聞いてくる。
気を使ってくれてるってことは、さすがにわかった。
「凪埜さんだって、お父さんのこと久我さんって呼んでるじゃない」
だから気遣いにのっておく。
「なに。おれが行人さんって呼ぶの? 久我さんのこと」
「そこは、お義兄さんとかじゃないの?」
別に名前で呼んでも、おかしくないと思うけど。たまにズレたこと言うよな。
指摘すると、凪埜は眉根を寄せる。
「……そしたら、理世ちゃんはおれのこと下の名前で呼んでくれる?」
そこで交換条件に出す場合は父親の方に名前を呼べと言うべきではないんだろうか。
「その場合、私が呼ぶのは「叔父さん」が正しいんじゃないの?」
半ば溶けかかったパフェの残りを食べきっておく。
「そう、なのか……? まぁ、いいや。そろそろ行こうか」
時計を確認して凪埜は伝票を手に取る。
「あ、自分の分、」
払うと続けようとしたところ、凪埜にさえぎられる。
「理世ちゃんさぁ、姉さんと外食した時、自分の分って、お金払わないでしょ?」
諭すようにそれだけ言うとこちらの反応を待たずに、さっさとレジに行ってしまう。
それとこれとは、話が違うんじゃないだろうか。
「だいたい、おれが呼び出したんだし。それ以前に理世ちゃんに払わせたなんてバレたらおれが絞められるでしょ、姉さんに」
「……ごちそうさまです」
なんか少し、負けたみたいで悔しいので会計を済ませ先に店をでた凪埜の背中に言う。
「払う払わない以前に、二人で会ったことがバレたら蓉子さんに怒られるんじゃないの?」
本気なのか、そう装っているのか、凪埜は情けない表情でふり返る。
「怖いこと言わないでよ、理世ちゃん……まぁ、良いや。いつものことだし」
すぐに気を取り直して、いたずらっぽく笑い歩き出す。
「凪埜さん。駅、逆方向」
方向音痴?
苦笑いの気配。
「話しするだけなら、理世ちゃんちの近くのお店で済ませるよ。本日のケーキ係を任命されたので、それを取りに来るついでがあったからねー」
振り返らず、後ろ手で手招かれ、隣にならんだ。
【終】
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