第57話 お約束


放課後、ガゼボで会ったヴェスファード殿下の機嫌は、絶好調に悪かった。


何でもジュ・メリアンヌ学園の高等部までエリナ=プロブレが押しかけて来て、今度はヴェスファード殿下を呼び出そうと騒いでいたそうだ。


勿論、ラナニアス兄が出て来てバッサリ切り捨てられていたらしい。兄、グッジョブ。


「学園長を通してエリナ=プロブレに厳重注意をしておいた。これ以上続くなら、校則違反の適応を検討するように申し伝えている」


おお……ヴェスファード殿下はかなりご立腹のようだ。


殿下は以前見せてくれた菜花とプロブレ男爵の調査報告書を、ぽいっとボックスから取り出して見ている。


「ん……気になるな?」


「何がでしょうか?」


「菜花が娘のエリナを出産して、十数年前にヒルジアビデンス王国に戻って来ている。その十数年の間、マクシミリアンやマグリアス達に接触した様子が無い。なのに先日から急に接触し始めた。一体何があったんだろうか……」


確かに言われてみればそうだ。今まで非接触だったのに、ここにきて急に私達の前に現れ出た感じよね。


「そうですよね、随分前に帰って来てるのにマクシミリアンパパンや叔父様に会いに来ないのもおかしいですよね……」


「まるで今になってマクシミリアン達をだとは思わないか?」


「それって!?」


ヴェスファード殿下は顎を擦りながら


「確証はないが……仮説を立ててみた」


と、言った。


「まずは、この付喪神とこの世界の関係性についてだ。付喪神はモノに憑く神で、この世界の基になった、小説とコミカライズなどを読んだ読者の作品に対する熱い思いが付喪神に力を与えていると言っていた。ということはだ、その小説の世界に転生して物語の中に放り込まれている俺達がこの世界で好き勝手している現状で、元の小説のに変化があるのではないか?……と思い至ったんだ」


「なるほど、内容に変化……ですか?」


ヴェスファード殿下はぽいっとボックスから『聖☆ジュシュリア~愛♡も正義⚔も独り占め~』を取り出して、私に表紙を向けて差し出した。


「しかし俺の持っているこの小説の内容はいつ見ても同じ内容だ、変化は見られない」


「あっ……私の持っている小説の内容にも変化はありません。え~とつまり、私達モブの影響では小説の内容に変化が起こらない……ということですか?」


私の考えに、ヴェスファード殿下は頷き返してくれた。


「だが所詮モブだとはいえ、サクライマホが既にこの世界にいることから鑑みるに、付喪神的には既にシナリオを開始しているつもりじゃないかと思うんだ」


「この、え~とグダグダした感じですでに物語が始まっているんでしょうか?」


「うん、確かにあまりにも締まりのないシナリオ展開だ。そこで俺は仮定した、ここは小説の設定を使ってはいるが空想の世界というよりは、付喪神が小説を基にして創造した異世界なのではないか、とな!」


「創造した異世界……」


「そう考えれば俺が勝手に思い込んでいた『付喪神はこの世界に干渉出来ない』という前提が崩れる」


ああ、あの殿下が強制力が~とか言ってたアレね。


「リジューナが目撃したシラヴェル侯爵夫人に付喪神が乗っかっていたことや、タイムカプセルに隠された付喪神からのメッセージの説明がつく」


あの背後霊もどきと、煎餅の箱のメッセージね……


「全ては付喪神が創造神であると仮定すると、強制力を行使して我々に指示を与えていたという訳だな!」


ホントにぃ?自信満々にどーーーん!と、言い切ったけど、だったらさぁ……


「その割には菜花親子が出戻って来たり、サクライマホはウリ坊しか倒せない聖魔法しか使えないし、ルナセイル殿下はくそウザイし、これが本当に自称神様が創造した世界ならもうちょっと、ねえ?マシな世界っていうか、ドタバタコメディーにしか見えないのですが……」


ヴェスファード殿下はババンと立ち上がった。


あ……久々に嫌な予感。


「そうだっ!この世界はファンタジーコメディーにシフトチェンジしたんだ!だからこそあの煩い菜花親子をわざわざ登場させて引っ掻き回して笑いを取る、これこそコメディーの定番じゃないか!」


「……」


思わずヴェスファード殿下が置きっぱなしにしている、キラキラした小説の表紙を盗み見した。


タイトルの横に小さく、異世界ファンタジーラブロマンスって書いてるけどなぁ。


「そうと決まればこのコメディーの世界を楽しむしかないな!」


勝手にコメディーだと言っちゃってるよ……ホントにこの人、ポジティブオタクだなぁ。


ヴェスファード殿下はキラキラ小説をぽいっとボックスに片付けると、意気揚々をガゼボの二段ほどある階段に足をかけたその時……


「わぁっ!?」


ツルン……と、勢いよくヴェスファード殿下がスッ転んだ。


運動神経良いはずなのに、吃驚するくらい綺麗なスッ転びを見せて、ヴェスファード殿下は二段ほどの階段に向かって頭から落下してしまった。


「殿下っ!?」


「っ……ってぇぇ!!」


頭から石畳に落下した割には、無傷な殿下は頭を押さえながら起き上がった。


そして自らの足元を見て叫んだ。


「ああっ!誰だよっこんなところにバナナの皮を捨てた奴っ!!」


「……」


なるほど……流石殿下の仰る通り、この小説はコメディーですね。バナナの皮でスッ転ぶ。ズッコケのド定番ですね。


思わず、お空の方を見てしまったよ。


あの自称神様が指差して大笑いしてる気がしてさ……


ほ~らコメディーだろ?バナナの皮でスベってるし~とかね。


「神様がバナナの皮を置いておいたんじゃありませんか?殿下曰く、コメディー小説なんでしょうし」


ヴェスファード殿下にそう言ってあげると、睨まれましたよ?何故睨む?あんたがコメディーだと言い張ってんだから、ズッコケも甘んじて受け入れなさいよ。

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