第52話 見よっ!これが悪役令嬢の凄みだ
「何方かと思えば……確かナリカ様?マリカ様?でしたか、そのような名の方でしたか?突然に出奔されて今までどちらにいらっしゃったのかしら」
フレデリカママンが扇子をバサッバサッと大きく揺らしながら、転んだままの菜花に初代悪役令嬢らしく、チクチク嫌味をぶつけている。
すると転んでいた菜花マダムがガバァと勢いよく立ち上がった。しかし立ち上がった瞬間に赤いものがパッと飛び散った。
あ……菜花、鼻血出てる。
菜花マダムは手で鼻を押さえながら止血を試みつつ、フレデリカママンを見ながら叫んだ。
「ひんにゃらぁらあひしられたあらしぃがろもってひたひゃあらひゃろうらってはりゅりゅらなさいにょ!」
…………何言ってるんだか分からん。
しかし鼻血を止める為か、鼻を詰まんで話しているので顔半分を手で覆っているので正直な所、彼女が本物の菜花?なのかも判別がつかないんだけどな。
フレデリカママンをチラリと見ると、般若一歩手前の表情をしていた。
「今更どういうこと何だろうか……」
「!?」
私の真横でバリトンボイスが聞こえて来たので、慌てて振り向くと逃げたと思われていたリカルデ=ティルバン侯爵が娘のパメラの背後に隠れて(全然隠れてないけど)コソコソしていた。
パメラが溜め息をつきながら自分の背後にいる父親に向かって声をかけた。
「お父様、もしかしてあの転んでいた方がお父様が常々仰っている『礼儀知らずの異世界人』ですの?」
パメラの問いかけにティルバン侯爵は何度も頷きながら、私の方を見て説明してくれた。
「私やフレデリカ様が学生の時に召喚によりこの世界にやって来た、聖女と言われていた女性だ。……だが本当に、ほんっとうにぃ非常識で人の言葉を聞こうとしない。私やマックスを追いかけ回して困らせて、挙句にマックスの……あ、え~と屋敷に忍び込んだりしていた。私の時は……空き教室に連れ込まれたけどな」
ティルバン侯爵も気を使って夜這いの言及は避けてくれたけど、でも驚きの新事実が隠されていたね。
ティルバン侯爵の空き教室への連れ込み?……の話は前作の小説の中に登場していた。
小説の中ではこういう表現をされていた。
『リカルデが近付いて来た。私が勢いよく教室の扉を開けると、廊下には驚いた表情のリカルデがいた。嬉しくなってリカルデに抱き付いたまま教室の中に二人で隠れた。リカルデが抱き付かれて照れているみたいで慌てているけど、このまま時間が止まればいいのに!そう囁いた時、リカルデの婚約者を名乗る女が私達が隠れている教室に乗り込んで来た。あの女は何か叫んでいたけど、怯えている私をリカルデが教室から逃がしてくれた』
……おいおい?
小説ではこんな菜花目線の描写だったけど、連れ込まれたとご本人(リカルデ)が言うてまっせ?
つまりは菜花目線の小説では合意の上だと表現されていたけれど、ティルバン侯爵目線では菜花にいきなり教室に連れ込まれたということか。
フレデリカママンがとうとう般若顔になってしまった。その時、通りの向こう側から地鳴りが響いてきて砂煙の塊が迫って来るのが見えた。
うわわあっ!?凄い速度でこちらに近付いて来るアレ何だ?
「リーィィィッ!!!!」
砂煙の塊がフレデリカママンの前で止まった。
煙が収まり、砂煙の正体が露わになってきた。煙の中にはマクシミリアンパパンの姿があった。
め、珍しぃ……パパンの全力疾走だ。
そんなパパンは私の方を見ると目元を緩めて、こちらに手を振ってくれたが、すぐに厳しい表情に戻ってフレデリカママンを背後に庇った。
パパン怒ってますな……
当たり前だがそのパパンの表情に、菜花への好意は一切読み取れない。
フレデリカママンは般若顔を引っ込めて、背後からパパンにしがみ付いている。
「マックス来てくれたのね……」
「リー、大丈夫?怪我は無……」
「マクシミリアンッ!会いたかったわぁ!やだぁフレデリカのせいで折角の美貌に翳りが出てるんじゃない~?」
ママンとパパンの言葉をぶった切って、菜花がマクシミリアンパパンの前に躍り出てきた。
……鼻血を拭け。
それに翳りってその言い方は何だ。翳りの原因はお前だろうが。
そんな菜花の煽り言葉を聞いたフレデリカママンが、パパンを押し退けてズイィと前に出て来た。
「相変わらずマナーのなっていない方ですこと」
ママンッってば!またそんな悪役令嬢の定番の台詞を言っちゃって……
するとそれに追随して、いつもは温厚なマクシミリアンパパンがきつめの口調で言い放った。
「私は一度も敬称も付けずに名を呼んで良いと許可した覚えが無い。フレデリカに対しても不遜なその態度、大変に不敬だ。謝罪したまえ!」
パパンッ!?珍しく毅然としてカッコイイ!!
菜花は一瞬怯んだように見えたが、フレデリカママンを指差してニヤリと笑った。
「あんたぁ!やっぱりマクシミリアンを魅了魔法で操ってるのね!?私が戻って来たからには、悪役令嬢の好きにはさせないわよ!覚悟なさいっ!」
「はぁ?」
こ、これが菜花の『ウフフ私ってヒロイン』勘違いムーブなのか。魅了魔法って何だ?
フレデリカママンが一瞬で般若顔になってしまった。
私は、瞬時にそんなパパンとママンの前に飛び出した。
魔法で操っているなんて言いがかりを言われて、娘としては黙っちゃいられねぇ!いつまでも大人しく聖女?主人公?に大人しく従うと思ったら大間違いだ。
菜花の前に飛び出した私の視界の端に、王家の馬車からヴェスファード殿下が飛び出して来るのが見えた。
殿下ってば止めるつもり?そうはさせない!
私は菜花を睨み付けた。
菜花の顏の造詣は流石、元主人公で年齢の割に可愛さを残している。でもピンク色のドレスが微妙に似合わない年齢に差し掛かっているのは確かだ。
おい菜花っ言うぞっ?言ってやるぞ!
思いっ切り息を吸い込んで菜花に叫ぼうとした私の声と、走り込んで来たヴェスファード殿下の叫び声が重なった。
「暴力は駄目だ!」
「ピンク色が似合わないオバサマですねぇぇ!!」
叫び終わってヴェスファード殿下とお互いに、ん?と思って体の動きが止まった。
ヴェスファード殿下の目が泳いでいる。
……おい?私が菜花にグーパンするような女に見えましたか?
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