第44話 聞かせてもらいましょうか

ぎぃぃぃ…………


扉を開けた時に思いの外大きな音が鳴って、少女は体を強張らせた。


「お待ちしていました。中へどうぞ」


涼やかな女性の声がしたので、少女は恐る恐る部屋を覗き込んだ。


眩しい……


部屋の中には夕日が差し込んでいて、座っている誰かと立っている誰かがいるのだが、生憎と逆光になっていて真っ直ぐに見ることが出来ない。


「よく来たな、ペリア=ノエルグ令嬢」


「は……はい」


少女はゆっくりと声の主達に近付いて行った。


夕焼けに染まる室内には優雅に椅子に座る銀髪の美しい男子生徒と、その横で優し気に微笑む門前で声をかけてくれた、妖精のような美しい女子生徒がいた。


少女の目にはその二人は光り輝いているように見えたのだった。




°˖✧ ✧˖° °˖✧ ✧ ✧˖° °˖✧ ✧ ✧˖° °˖✧ ✧ ✧˖° °˖✧ ✧ ✧˖° °˖✧ ✧ 




放課後……生徒会室にペリア=ノエルグ令嬢を呼び出して待っていると、ペリア=ノエルグ令嬢はやって来た。


部屋に入って来た時に夕日が眩しかったのか、やたらと手で光を遮っている?仕草ばかりをしているけれど、そんなに部屋の中が眩しかったかしら?


「お掛けになって」


そう声をかけると、ペリア=ノエルグ令嬢はキョロキョロしながら生徒会室のロイヤルソファーに座った。


すでに挙動不審になっている……


私も静かにヴェスファード殿下の横に座ると、ノエルグ令嬢に顔を向けた。


ヴェスファード殿下は私の方をチラリと見てから話を切り出した。


「私はヴェスファード=キールドラド、ヒルジアビデンス王国の第一王子だ」


ヴェスファード殿下が自己紹介をすると、ペリア=ノエルグ令嬢が慌てて立ち上がってカーテシーをした。


「構わない、楽にしてくれ。呼びつけたのは他でもない……先程、ルミエラ=ファーモル公爵令嬢に対して何やら不穏な物言いをされていたのが気になってね」


……ん?ヴェスファード殿下にしては勿体付けた言い方をしている。そう思って横目でヴェスファード殿下の顔を盗み見してみると、薄っすらと微笑みを浮かべていた。


げぇ……胡散臭い笑顔だ。


ヴェスファード殿下は胡散臭い笑顔を貼り付けたまま、ペリア=ノエルグ令嬢を見詰めている。


胡散臭い殿下に見詰められたペリア=ノエルグ令嬢は目を泳がせている。


「ファーモル嬢を……悪役と思わしき誰かと見間違えられたのかな?」


「……っ!?はい、そうなんです!」


うげげっ!?胡散臭い王子が誘導し始めた!?


ヴェスファード殿下はノエルグ令嬢が誘導に上手く乗っかって来たと感じたのか、胡散臭い笑みを深めた。


「で……令嬢が見間違えられたのは、悪と称されることをされた方なのかな?」


ペリア=ノエルグ令嬢は前のめりになって、ヴェスファード殿下に語り出した。


「はいっ!えっと悪役令嬢と言うのはジルファード殿下の婚約者で、主人公のノートや教科書を破って捨てたり、池に付き落したりドレスにお酒をかけたりして苛めるのです。それで~悪役令嬢が取り巻きを使って主人公を暴漢に襲わせたりして、主人公を溺愛しているジルファード殿下から婚約破棄されて国外追放?むぅ?違うな、処刑されちゃう人なんです!」


「…………」


す……清々しいまでにテンプレの悪役令嬢だわ。それって誰やねーん!?


ペリア=ノエルグ令嬢は興奮の為か、不敬や自身が貴族令嬢だという事をすっかり忘れているのか、架空の悪役令嬢像を一気に捲し立てると満足げな表情をしてソファに座り直した。


どこからツッコむべきか?


「それは……随分と悪辣な令嬢だね」


どうやらヴェスファード殿下が代わり?にツッコんでくれるみたいだ。


私は黙って殿下と元異世界人(疑)のご令嬢のやりとりを見届けることにした。


ペリア=ノエルグ令嬢は何故か胸を逸らせると


「ええ、このまま行けば主人公を苛めてジルファード殿下と婚約破棄になります」


と、きっぱりと断言した。


ナチュラルに主人公とか悪役令嬢とか言っちゃってるけど、傍から見れば言動のおかしなご令嬢だけど、大丈夫なのかな?


「ふむ……で、ご令嬢の仰る悪役令嬢と主人公の名前は?」


ペリア=ノエルグ令嬢はカッ……と目を見開いた。


「そ、それはっ!!」


「それは?」


長ーーーい溜めの後にペリア=ノエルグ令嬢はやっと口を開いた。


「…………ジルファード殿下の婚約者と聖女です」


個人名言わんのかーーーい!!……いや?もしかして?


「名前は知らないのか?」


ヴェスファード殿下が更にツッコんで聞いた。……が、ペリア=ノエルグ令嬢は首を捻っている。


「えぇ~と、名前は知らないけど、悪役令嬢と聖女……だと思います」


思いますって……しかし、思った通りだ。


ジルファード殿下の婚約者って、一行しか登場しないモブなんだけど?イジメの描写も無いし、存在すら感じさせないくらい小説に登場しませんけど?


どうやらこの元異世界人らしき令嬢は『聖☆ジュシュリア〜愛♡も正義⚔も独り占め〜』の小説を読んでいないらしい。


そうだとすると、現段階で彼女は小説を持っていない可能性が高い。この世界の事を知る為に、少しくらいは小説を読んだりするとは思うしね。


それに自称神様も、元異世界人の全員に小説を渡した訳じゃないのかもしれないし。


この辺りは私の推測の域を出ないけど。


今、その自称神様が言っていたことを必死に思い出しているが、確か……転生待ちの他の女性達から揃って『聖女が出て来て、婚約破棄なんて断罪イベされる悪役令嬢だ!』と言われて、ジルファード殿下の婚約者役を拒否されてしまったと言ってなかったか?


もしかすると自称神様のボケが、面倒だと色々と端折って


「ジルファードに婚約破棄されるけど公爵家のご令嬢だよ」


ぐらいしか、女性達に伝えてないとか?


「ご苦労だった、もういいぞ」


ヴェスファード殿下の言葉に考えに没頭していた意識が浮上した。


もういいぞと言われたペリア=ノエルグ令嬢は、まだ何か言いたいのかカーテシーをしてからもヴェスファード殿下をチラチラと見ながら退室して行った。


ヴェスファード殿下は彼女にご自分の正体……彼女と同じ異世界人だと言わなくてよかったのかな?

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