第25話 自称神様、降臨?

「止まって……るの?」


と、言いながら私が立ち上がったのと同時に、ヴェスファード殿下も立ち上がっていた。


驚いて殿下を見たら、殿下も同じような表情をして私を見ていた。


「どうなってるの?」


「どうなってるんだ?」


同じタイミングで同じ言葉を発した私達は、この部屋の中で自分達しか動いていないというこの状況に茫然としていた。


その時、視界の端に何かが動いたのが見えた。


「!」


思わず殿下と抱き合うようにして体を寄せ合い、その場に固まってしまった。


動いた何かは、シラヴェル侯爵夫人の魔力のようだった。とぐろを巻いて蠢く魔力は夫人の体から放たれて……娘のエラウリーナ様に絡みつきそうになったが、薄い膜のようなものに遮られてそれ以上はエラウリーナ様に近付けないでいる。


あんな膜、あったっけ?


「なに……あれ?あの膜……」


「夫人の動きを遮断しているみたいだ……」


ヴェスファード殿下が呟いたので、殿下の顔を覗き込んでしまった。


「あの膜も、皆を止めたりしているのは殿下ではないの?」


「そんな高位魔法はまだ無理だよっ!」


何だかよく分からないけど、ヴェスファード殿下が時間を停めたり、あの膜を作っている訳ではないみたいだ。だったら、誰が?とは思うけど今の現状でこの空間で動けている人物、つまり私ぐらいしか怪しい者がいない。


私?いやいや?こんな魔法なのかも分からないモノを編み出せる訳がない。


色々と考え込んでいる間も、シラヴェル侯爵夫人から放たれた魔力はうねりながら膜に衝突して膜に押し返されたのか、床に落ちてモゾモゾと動いている。


すると夫人の周りに落ちた魔力がとぐろを巻いたまま沈殿し出した。更によく見ると、膜?のようなものは夫人の周りに球状に張り巡らされていて、夫人を包み込んでいるみたいだった。


つまり、夫人が放出している魔力が、球体の中でどんどん溜まってきている状態になっている訳だね。


「魔力が溜まってきてますね」


「え?溜まってるの、何が?」


「ん?」


「え?」


ここで、今更ながら驚きの事実が分かった。


「夫人の周りに膜が張っているのは見えますよね?」


「あ、うん。魔力の膜だな」


ヴェスファード殿下はキョトンとした顔のまま答えている。


更にツッコんで聞いてみた。


「膜の球体の中に暗褐色の魔力が溢れているの見えてます?」


ここまで聞いてヴェスファード殿下も気が付いたみたいだ。


「え?もしかしてリジューナは魔力が見えてるの?」


「はい、殿下は見えてないのですか?」


ヴェスファード殿下は頭を抱えてから、ドサッとソファに座り込んだ。


「魔力は感じるというか、力の気配?みたいなのは分かるんだけど、リジューナは見えてるのかぁ~そうかぁ、俺も見てぇぇぇえ…………何でリジューナだけ?女子だけ優遇?付喪神の奴めっ!もっと脅してスキルつけさせればよかった!」


……ブツブツ呟いている言葉の最後に、本音が駄々洩れです。


「でだ、今のところ夫人の魔力は結界の中でどのくらい溜まっているんだ?」


結界?また勝手に命名して……


ヴェスファード殿下がまだ動きを止めたままの、シラヴェル侯爵夫人を親指でクイッと指差した。


あのさぁ……あなた一応王子様なんだし、親指で指差すのはお行儀悪いと思うんだけど。


ジト目になりつつ、ヴェスファード殿下が親指で差しているシラヴェル侯爵夫人の方を目を向けてみた。


「はあ……えっと、こうやって喋っている間に、球の八割ぐらいは魔力が溜まってますね」


夫人を覆っている球体の中の魔力は益々増加していて、夫人の首の辺りまで溜まってきていた。魔力の汚水?に溺れているように見えて、ぞわぞわしてしまう。


「そうか……しかし、まだ他の者は動かないか?」


ヴェスファード殿下は大胆にも、傍で控えているメイドのお姉様に近付いて行き、真近で観察をしている。


「どうなっているのかな、魔力……でもないか。違う気配があるな」


ヴェスファード殿下の話を聞きながら何気なくシラヴェル侯爵夫人を見ていると、夫人の顏の近くまで溜まった暗褐色の魔力が、夫人の口の中に入り込もうとしているのが見えた。


「ぎゃっ!!」


「ぅおっ!?……何?脅かすなよ!」


私が叫んだのでヴェスファード殿下も夫人の方を見た。


私と殿下が見守る中、うねうねと動きながら球体に溜まっていた魔力が夫人の口の中に入って行く。


あんな色の悪いうねうね動くものが口に入って大丈夫なんだろうか?と、一瞬思ったけれど、よく考えたら元々夫人の体から出た魔力だし大丈夫かな?と思って吸収(と言っていいのか分からないが)されている状態を眺めていると、また室内の空気が重くなった気がした。


「……っ!?」


「これ……」


ヴェスファード殿下が、私の手を握ってきたので、私も握り返した。


何が起こっているんだろう。


「「あっ!」」


パチンと音がして、部屋の中の空気が変わった。


「……っぐ!?ぎゃ……」


皆が動き出した!!元に戻ったんだ!と思った瞬間、シラヴェル侯爵夫人突然呻き出した。


その時私は見た。しっかり見た、はっきり見た。


屈みこんで唸っているシラヴェル侯爵夫人に覆いかぶさるようにして、何かが背中に乗っているのを……!


ソレが振り向いて私を見て、薄っすらと微笑んだ。


あの胡散臭い微笑み、あの白っぽい服装……全体的に白い奴っ!


ソレはヘラヘラと笑いながら消えて行った。


おいぃぃ!?自称神様っ!!お前、背後霊みたいなことしてんじゃないよっ!びっくりしたじゃないかっ!


幸いにも、この背後霊現象を見たのは私だけっぽい。


室内にいらっしゃる皆様は、呻き苦しんでいるシラヴェル侯爵夫人に注目して騒いでいたからだ。


もう何が何だか分からない。

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