第16話 モブの自由を満喫〜冒険者編〜
私とヴェスファード殿下は一応婚約者同士になった。
あれから月に数回、お茶に誘われたり観劇を一緒に見たり、お忍びで下町へお出掛け……なんていう事を順調にこなしている。
その間にヴェスファード殿下は色々とやらかしてくれた。
厳密に言うと、やらかしではないけれど『好き勝手』を満喫することに情熱を傾けているらしい。因みに私はそれに巻き込まれている形になっている。
多分、好き勝手仲間が欲しかったから私と婚約したんだろうね。
そんな仲間に入れられたくなかったわ……もっとのんびりスローライフを満喫したかったのにさ。
そんなある日、ヴェスファード殿下は私に会うなり叫んだ。
「ドラゴンを狩りに行くぞ!」
ヴェスファード殿下に、いきなりそう言われた私の衝撃を考えて欲しい。
「ドラゴンなんているのぉ!?」
「ああ、いるいる!リジューナは知らないのか?この世界には冒険者ギルドがあってドラゴンやゴブリンやフェンリルもクラーケンもいるぞ!」
「ゴ……?フェン……?クラーケ?」
ドラゴンは何となく分かるけれど、ゴブリン?確か小人みたいな生き物だったかな?フェン?とクラーケ?が全くどういう生物なのか分からない。男の子だったら知ってるのかな?〇ケモンの仲間かしら?
「あのぉ、その冒険者ギルドって何ですか?」
私が聞くと、ヴェスファード殿下は顔を真っ赤にして叫んだ。
「知らないのかっ!?いいかっファンタジー小説に登場する冒険者専用のギルドの呼称で、基本業務は冒険者の登録をしたり、依頼の斡旋仲介が主な仕事なんだがその仲介は多岐に亘るものなんだ!モンスターの討伐や薬草の採取、商隊の護衛といった各種依頼、素材の買い取り査定、冒険者のランク昇格のための試験開催、冒険者同士の揉め事の仲介等を行うファンタジー小説には欠かせないとてもとても重要な組織の事だっ!大体の小説の設定では、街に一つ程度は冒険者ギルドが存在している。そうそう、初めての登録の際には登録料やステータスの確認等が必要となったりするのは基本だな!ギルド職員の構成はギルドマスターを筆頭に、受付嬢、昇格試験の試験担当職員、モンスターの解体担当職員などがいて、ギルドお抱えの遺跡探索専門の冒険者や暗殺者専門の冒険者がいたりする例もあるんだ!ファンタジー小説に冒険者ギルドが登場すると、大抵は主人公がそこで冒険者登録をして、冒険の仲間を増やしたり、依頼をこなして冒険者ランクを上げていくのが主になる!ファンタジー小説と言えば冒険者ギルド自体が大きくストーリーに絡んでくる場合(例:主人公がギルド職員側など)と、ほとんど関わらなかったりする場合があるんだ!(参照:ピクシブ百科事典)」
「……はぁ」
あまりに早口過ぎて後半、何を言っていたのか聞き取れなかったわ。あら?もしかして、ヴェスファード殿下ってオタクって方なのかな?
ちょっと、いえ……かなり怖いと思ったのだけど、黙っておくことにした。
そんな大興奮のヴェスファード殿下に手を取られてやって来たのは、王城内の近衛騎士団の騎士棟だった。
「マグリアス!頼んだぞっ!」
ヴェスファード殿下に頼まれたらしい、私の叔父様マグリアスは私と殿下の顔を見るなり綺麗な顔を引き攣らせていた。
「いきなりどうしたのです?殿下」
「ドラゴンの討伐に向かうぞ!」
マグリアス叔父は、大きな溜め息をついた。
「またその話ですか?ドラゴンなんてそんなに出現しないんですってば。それこそ王都付近で目撃情報が出たら、王都全域で警報発令レベルで、冒険者ギルドと全軍出撃命令出るくらいですからね~」
「ヘルベェル領で、見たと聞いた!」
「あ~あそこは特殊な地域じゃないですか。ヘルベェルに行くのに、転移門使うんですかぁ?陛下の許可が下りないと思いますけど」
マグリアス叔父が面倒臭そうにそう言いながらヴェスファード殿下を見ている。
そう言えばマグリアス叔父は、今年になって近衛騎士団の副団長になったらしい。着実にイケオジに向かってステップアップしてるが、元冒険者の奥様と仲が良い。
双子の兄妹も可愛いし、今のところ小説の設定のバツイチ独身に戻る気配はなさそうだ。
「冒険者ギルドに行けば討伐依頼が出ているはずだ!」
マグリアス叔父に断られても尚食い下がる、ファンタジーオタク……もといヴェスファード殿下。
「仮に討伐依頼が出てたって、冒険者が討伐に行くでしょ?国軍は地方領主の要請が無いと動きませんって。それに私は近衛ですし国の要請でしか動けませんよぉ」
ヴェスファード殿下に説明しながら、私の顔をチラチラ見てくるマグリアス叔父。
分かってる、この早口で捲し立てるファンタジーオタを早く回収してくれ!と思っているのだね?
「ではマグリアス!冒険者ギルドに行ってドラゴンの討伐……この際ワーウルフでも良い!いや、サイクロプスとかがいいかな?討伐しよう!S級の依頼を受けるんだ!」
またごちょごちょと早口で何か言っているヴェスファード殿下に、マグリアス叔父は呆れたように答えた。
「あの~盛り上がってるとこすみませんが、軍に属している兵は副業禁止ですよ?もう一つおまけにお伝えしますと、冒険者ギルドの冒険者登録は10才からですので、あ~惜しいっ!殿下は後一年は冒険者登録は無理ですね!」
「なっ!?」
早口殿下のこの驚き様はまさか?冒険者登録云々とか知らなかったの?
騎士棟の事務所内にいる近衛騎士の皆さんと私と叔父が見守る中、ヴェスファード殿下は体を震わせて叫んだ。
「うっ嘘だぁ!冒険者は誰でも登録出来て、ドラゴンやクラーケンやワイバーンを倒しまくって実力でのし上がれるのがテンプレなんだぁ!!」
知らんがな……
「殿下ぁ~ワイバーンは大人しい翼竜で軍でも移動で使うから飼ってるじゃないですかぁ。可哀そうなんで倒すなんて言わないで下さいよ」
「うぐぅ!?」
取り敢えず、マグリアス叔父にギャフン?と言わされたヴェスファード殿下は10才になるまで、冒険者になるのは諦めたみたいだった。
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