episode.5 君の胸へ届け

 ひと月が経った。

 

 この間、僕は色々な恋の始まりを見た。

 恋は、人の心に「ときめき」や「苦しさ」、「希望」など変化をもたらすモノだった。

 

 最後の矢を射終えた後。

「君は一生懸命頑張ったし、約束だからあげるけど……本当に良いの?」

 珍しくエロスの顔が曇る。

「はい。この為に頑張りましたから」

 僕が言うと、エロスは眉を寄せる。

「燈真、大切なものは見えているようで見えないものだ。少しでも迷ったら、安易に見えている道に突き進まず、まずは深呼吸なさい」

 エロスは、そう言って僕に矢を手渡した。

 僕の手に渡った矢は、一瞬で見えなくなった。

「その矢は君が必要とする時に現れる。必要なら弓も貸すよ。その時が来たら、強く願うといい。じゃあ、元気でな」

 エロスは上空へ飛び上がった。 

「貴重で楽しい経験でした。ありがとうごさいます」

「俺も楽しませてもらったよ」

 エロスは手を振ると、にっと笑って姿を消した。

 


 

 翌日は、日曜日。

 朝食を食べ終え、ぼーっとテレビを見ているとチャイムが鳴った。


 玄関には、星南が立っていた。

 星南の目の下にはうっすら隈ができている。

「星南、体調悪いの? 大丈夫? 顔色良くないよ」

「大丈夫じゃないかも。ちょっと考えすぎて眠れなかった」

 声も元気がない。


 散歩に誘われ、外に出た。

 風が冷たい河川敷の歩道を歩く。

 しばらく無言で歩いた。

 二人きり。

 僕は「矢」を使えるかどうか機会を窺っていた。


「なぁ、燈真」

 突然、星南が話しかけてきた。

「何?」

「なんで、私の事避けているの?」

「そんな事ない普通だろ」

「違う。明らかに避けてる。去年の途中から、あの時からおかしいよ。本当は何があったの? 最近は特に避けられてる。私、何かしたかな? 色考えたけど、分かんなくて。嫌われたのなら仕方ない。でも理由は知りたくて。私は、燈真の事、ずっと好きだったから」

 星南が見つめてくる。


「ありがとう星南。でも僕なんかじゃダメだよ。君には幸せになってほしいんだ」

 大切な幼馴染。大好きな人。

 僕は、エロスの矢を握りしめた。


 どんよりとした暗い灰色のやじりはきっと僕の想いを叶えてくれる。

 僕は、キミには見えない矢を君の胸へ突き刺そうを構えた。

 キミが親愛の情を持って見つめてくれるのはこれが最後。


「ゴメンね、さようなら」


 ——最後。

 そう思うと名残惜しいや、キミの優しい瞳。

 大好きだなぁ。


 ゆっくり息を吸って吐く。

 白いぼた雪が、ゆっくりと空から降ってきた。

 そのうちのひとひらが、矢の先端に引っかかった。


 ヒュウ


 風が吹いた。

 飛ばされた雪片は空を舞い、白銀の蝶になって天に上ったように見えた。


 怒りに駆られた星南の瞳が僕を睨んでいる。

 え、僕今矢を刺したっけ?


 次の瞬間、拳が飛んできて頬を殴った。

 目の前がチカチカする。

 これは……無事に嫌われたってこと?

 掌にあったはずの矢はいつの間にか消えている。


「なんか、ちょっとイラッとしちゃったじゃない。この馬鹿」

 星南は、ガシッと両手で僕の頭を掴んだ。

 怖いよ。

 頭突で顔を潰されるのかと、怯んだ僕は思わず目を閉じた。


 温かく優しい熱。

 それは唇に降りてきた。

 驚いて目を開くと、間近に星南の瞳があってもっと驚いた。


 キス……されてる。


「なんで?」

 星南が離れるや否や僕は訊ねた。

「さようならって言うな。私には燈真が必要なんだよ。好きだから」


 ダメだよ。きっと不幸になる。

 鉛の矢は刺せなかったんだ。

 せっかく星南を、僕という呪いから解放出来ると思ったのに、雪(?)に邪魔されて失敗したんだ。


「星南……僕なんかじゃ君を幸せにできない。僕は落ちこぼ……」

 言いかけると、星南の指が次の言葉を封じた。

「私は、燈真のことを知ってる。知らないこともまだまだ多いけど……知ってるよ。気づかい、思いやり、ピンチの時の判断力は、他の誰にも負けてない」

「それは、子供の頃の話……」

「昔の話じゃない、今もだよ。燈真は自然に動くから、自分でも気づいていないかもしれないけれど、たくさんの人が助けられてる。生き物たちだってそう。燈真が入ってから生物部の生き物、とっても元気なんでしょ。1匹も死んで無いって聞いてるよ」

「でも星南は、僕じゃ足りない」

「もう一回殴ろうか? 何が幸せかなんて一人ひとり違うでしょ。成績の良い人と一緒なら幸せになれる? お金があったり、成功してえらくなったりすると幸せ? 自分のやりたい事を目一杯するのも幸せかもしれない。でも私は、燈真のそばにいる時が一番幸せを感じる。一緒にいると元気になるもの」

 星南が、力強く言った。


 僕もそうだ。

 星南といると、心が喜んでしまう。


「私は燈真が好きなんだ。ちゃんと届いた?」

「うん。届いたよ。ここに」 

 僕は胸をトンと叩くと、星南を抱きしめた。

「ありがとう。僕もずっと、ずっと君が好き」



 君は、これまでも光だったけれど。

 今日また僕を照らしてくれる。

 将来はどうなるかなんて、分からない。

 ただ、君のおかげで僕はほんの少し僕を信じられた。


 

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