episode.4 約束の指輪
部活を終えると素早く道具を片付け、通学カバンを背負う。
早足で部室を出ると、岳が追いついてきたから一緒に帰る事にした。
「最近忙しそうだな」
「ちょっとの間、ある仕事を手伝っててさ」
「へぇ、バイトかよ、届け出して無いだろ? バレない様に気をつけろよ」
「ああ」
ここの所、エロスの手伝いであちこち飛び回っている僕は、過密スケジュールだった。
「それとさ……あの……」
岳が珍しく何かを言い淀んでいる。
「何?」
「……星南ちゃんなんだけどさ。最近お前に会えなくて寂しそうだぞ。昨日もお前の事聞かれた。お前らの関係ってやっぱり……」
「フィアンセ」
岳がらしくない表情を浮かべているから、僕もらしくない冗談を言った。
「ええっ」
案の定、目を白黒させる岳。
「嘘だよ」
ぷっと吹き出しながら、僕は言った。
「何だよ〜、信じかけたぞ」
岳は、わしゃっと頭を掻いた。
「ごめんごめん。凄く小さい頃『結婚して』って言われたことあるから、100%嘘ではないかもしんないけど、戯言だよ。小さい頃って女子はそういう事良く言ったりするじゃん」
僕が笑いながら言うと、岳は首を傾げる。
「うーん。……そうかな?」
「しかも、あの時のは吊り橋効果ってやつ」
「昔、何かあったのか?」
岳に訊ねられ、僕は遠い昔の思い出話をした。
「小さい頃2人で近所の空き地で遊んでた時に、大きな地震があってさ。脇の塀が崩れたんだよね」
「危ねーな」
「そう。僕は揺れ始めた瞬間に危ないと思って、星南と一緒に広場の中央に移動したんだ。かなりグラグラ揺れてさ、その後さっきまで僕らのいた場所にブロック塀が倒れた。びっくりしてわんわん泣く星南の手を引いて家まで送ったっけな。そうしたら、次に会った時プロポーズされたんだ。シロツメ草の指輪とブーケを貰ったよ」
「なんだそれ。可愛いじゃん」
「ああ。ま、そんな事があったりしたけど、僕と星南の関係はといえば、ただの『ご近所さん』かな」
そんな僕の言葉に納得いかないのか、岳はまだ首を捻っていた。
「こんな僕に、星南が今も声をかけてくるのは、昔助けた『恩』を感じているからなんだよ」
確認する様に岳に言ったが、彼は盛大にため息をついた。
「うーん、俺からするとお前が理解しがたい妄想を膨らませている気がすっけどな。やっぱりさ、燈真。星南ちゃんと、一度しっかり話した方がいいと思うぞ。あ、俺今日塾だからこっち行くわ。じゃあな」
前半何かブツブツ言った岳は、星南と話せという謎のアドバイスを残して去っていった。
その夜、僕は机の一番下の引き出しを開け、奥から深緑の小さな缶を取り出した。
久しぶりに開くと、そこには薄茶色小さな輪っかがあった。
『やっぱり燈真が大好き。大きくなったら、星南と結婚してね』
『うん、幸せにするね』
幼い頃の無邪気な約束が、頭の中で響く。
星南は、僕より大きくなってしまった。
この指輪、もっと小さい頃に捨ててしまえば良かったのに。
何で僕はずっと持っているんだろう。
ため息と一緒に瞼が熱くなる。
触れたら壊れてしまいそうだから、懐かしいそれをじっと見つめた後、僕はそっと蓋を閉じた。
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