第94話 聖騎士と聖女(3)

【357日目 10月31日 午後11時頃 歌舞伎町 高級キャバクラ「高目」】



 高級キャバクラ「高目」において、聖騎士亞聖、聖女樹里亜、正体不明の東洋人の三人は闇空間の中に潜航して姿を消した。


 店内のキャバ嬢、ボーイ、来店中の客たちは既に逃走しているか、そうでなければ恐怖のあまり床にうずくまるか横たわって寝転がっていて彼ら三人の会話を聞いて記憶したり闇空間に潜航して消える瞬間を目撃したものは居なかった。



 強個体ゾンビが作り出した「闇空間」の中に降下した聖騎士亞聖以下の三人。闇空間の開口部は即座に閉鎖される。



「よし、この異空間に籠っているうちは勇者の探索スキルでも分からんだろう」


「さすが亞聖、頼りになる♡」


「それほどでも? あるかもしれんな、なんせ俺様は聖騎士亞聖様だからな……」



 闇空間を作り出した強個体ゾンビは無表情にジッと突っ立っている。聖騎士と聖女の砂糖を噛むような会話を聞いても何の反応もしないのはゾンビとなったため精神が非人間的に変化したためであろう。



「しかし、コイツの作り出す闇空間って相変わらず広大だな。高さは3mくらい、広さは直径60mくらいありそうだ」



 聖騎士は光魔法で明かりを生み出して辺りを見回したあと、死霊使い化したことで使用可能になった「浮遊」で空中に浮かぶと闇空間の中をかなりの速度でグルっと一回りしてから聖女に語りかけた。



「確かに。それで、亞聖、この闇空間に籠るのは良いけど、ずっとは無理っしょ? いつまで籠ってんの?」


「……そうだな。勇者の奴が何時探索スキルを使うか分からんから、奴らからの奇襲を受ける可能性は常にあるだろう。とはいえ、ある程度距離があれば、直ちに捕捉はされまい。

3~4時間くらいしてからその辺で車を奪って成田空港へ移動、朝まで闇空間に籠って中国かロシア行の飛行機に乗っちまえば問題ない。それからゲートを目指せばいいだろ」



「分かった」





【357日目 11月1日 午前3時半頃 高級キャバクラ「高目」】



 闇空間に潜んで4時間は経ったということで、そろそろ移動を始めようと動き出す聖騎士達。彼らが潜む「闇空間」は高さ3m、広さは直径60mほどもある円盤状の空間である。


 聖騎士は強個体ゾンビに命じて闇空間の中心から10m程離れた場所の底面に直径5cmほどの開口部を開けて外部をチェックする。

 外部からこの開口部を見ると雑居ビルに面した道路上空3mほどのところにポッカリと出現した直径5cmの黒い穴に見えるだろう。注意してみれば聖騎士の目玉や顔に気が付くかもしれないが……



「ふーむ。事件現場はまだ警官が多数警戒していて現場保存されているな。立ち入り禁止になってる。さっさと立ち去ればいいのに。でも勇者とか女盗賊は近場には居ないようだな。

じゃ、さっき調べた候補地のうち東側の靖国通り側から出ていくか」



 聖騎士は開口部を閉鎖させると闇空間の東側の一番遠い円周上のとある場所の天井に……人が通れるくらいの開口部を開けさせると三人とも空中に浮遊して闇空間の外に出て行った。



 靖国通りに面する雑居ビルの非常階段の踊り場に出現した三人は階段を降りてビル一階エレベーターホールから外に出ていく。

 深夜の靖国通りは車の通行量は少なく閑散としていたが50m程離れたところに路駐している黒色の高級大型SUVに目を付けた聖騎士はゆっくりと歩いて近づいていく。



「樹里亜、あの黒いSUVならゆったりしてていいだろ? ドライバーが乗ってくれてれば良いけどな?」


「ウン、乗り心地よさそう、楽しみ♡」




 黒いSUVには黒っぽい半グレ系スーツを着た日焼けした体格の好い30男が運転席に座っていた。車の前方からガードレールを飛び越えて運転席側に回り込みドアガラスをノックする聖騎士。運転席の半グレ30男が不満そうな表情で運転席側のパワーウインドウを下げる。



「あ? なんだよてめえ?」



 聖騎士は運転席の半グレ30男の顔をいきなりぶん殴った。

 上半身を助手席側まで吹っ飛ばして意識を失う半グレ30男。



「ぶん殴らなくてもいいかもしれんが半殺しにしといた方が確実だからな……死霊スキルーー『ゾンビ化』『ゾンビ再生』

……よし、無事にゾンビになってくれたな。歩道側のスライドドアを開けろ」



 解放されたスライドドアから聖女と強個体ゾンビが車内に入ろうとするがーー



「あら? 先客が乗ってるじゃん? あんた何なの?」


「えええ  おおお客さんの、ととと所に送迎してもらうのに時間調整でえええ……」


「はあー、デリバリーのひとかあ。丁度いいわ。アンタ、あーしの眷属になりな? ……死霊スキルーー『ゾンビ化』『ゾンビ再生』

……おっけー、無事にゾンビになった。アンタは助手席に乗って?」



 聖騎士、聖女、の二人が二列目キャプテンシートに、強個体ゾンビが三列目シートに。先客で車に乗ってた女性を助手席に乗せて準備完了となった。



「よーし、オッサン、新宿御苑経由で成田空港まで! 安全運転で頼むぜ、ポリに捕まったら面倒だからな! あと、支払いは全部オッサンがやっておけ!」



「承知しましたーーご主人様?」


「俺様のことは『亞聖様』と呼んでくれ!」


「アタシは『樹里亜様』ね、ヨロシク~。助手席の彼女は『おねえさん』って呼ぶよ、いいよね?」


「はい、承知しました、樹里亜様」



 右ウインカーを出してゆっくりと発進する黒い大型SUV。聖騎士の指示どおり安全運転で走行するようである。


 交差点ですぐに右折、明治通りに入って新宿御苑の西側を通っていく。



「亞聖、なんで新宿御苑経由なの?」


「俺様の眷属ゾンビカラスが4羽いたんだが……やっぱリンクきれてるな。勇者の野郎に討伐されたか? オッサン、首都高に乗ってくれ。成田空港まで、ヨロシク」



 SUVは新宿御苑と国立競技場の間を通って首都高外苑料金所から4号新宿線に。次いで首都高速都心環状線に入って地下トンネル部分を進む。

 地下トンネルを抜けると左が千鳥ヶ淵戦没者墓苑、右に皇居千鳥ヶ淵に挟まれた地上高架道に入っていく。



「樹里亜、皇居も見納めだぞ? これから中国かロシアに行くんだから当分見れないんだから目に焼き付けておけ」


「は? 皇居なんか今までの人生で一回も心によぎったことないし。なんなら初めて見たくらいだし」


「ははは! しょうがない奴め♡」




 新宿歌舞伎町から30分くらい経過したところで。首都高速6号線から湾岸道に入ってすぐのところで後ろから物凄いスピードでPCが2台追い抜いて行ったと思ったらパトランプとサイレンを鳴らして車線を二つともブロックしてきた!



「わお! パトカーにブロックされた! 安全運転してるのに! オッサン、なんでだ?」


「さあ? 俺達がゾンビと死霊使いだからじゃないっすか? 後ろにもパトカー2台いて抑えられているすよ?」


「マジか、もうバレたのか。勇者の探索スキルだな……どうすっかな? 成田はまだまだ遠いぜ」


「どうすんのよ亞聖、この身体、一時的に憑依しているアバターとはいえ死ぬのは痛いし怖いから嫌なんだけど? この『聖女』の身体も持って帰りたいし」



「ふーむ。おいオッサンとねえちゃん! お前らは身体を張って俺と樹里亜の盾になれ! 

……樹里亜、いちおう作戦は……





 SUVの前後をブロックしたパトカー4台は徐々に減速していく。後方からは更に多数のパトカーと警察車両が追随してきてSUVの周囲はパトカーを含む警察車両に囲まれた。


 前方を抑えたパトカーから警察官が2名降りてきてパトカーのドアを盾にして拳銃を構える。後方も同様の対応がなされている。



「ふっ。俺たちたったの4人に対して大層なこった。拳銃を構えたポリ、構えてるだけでこっちにこないな」


「ホント、来ないね、応援が来るのを待ってるのかな? サッサとくればいいのに」


「凶悪なテロリスト、実は『別宇宙から潜入した危険生命体』って俺たちのことだよな? こりゃー相当にビビってるな?」



 聖騎士はスマホのニュースサイトの画面をみながら楽しそうに聖女に語りかける。



「……勇者とか、近くにいるのかな……問答無用で必殺の攻撃かけてこないよね?」


「この車ん中、窓が真っ黒黒のスモークになってるから外から見えないだろ? ゾンビと死霊使いが乗ってることは分かっても中が見えないから慎重なんだろ。

それに、この国の連中は人命を重視する甘ちゃんだからな……

鑑定スキル持ってない奴にとっては俺たちは善良な一般市民だからいきなりは無いと思うぜ?」


「だったらいいけどね……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る