第86話 歌舞伎町の戦い(1)

【357日目 10月31日 午後10時半頃 歌舞伎町高層ビル屋上】



 エマ園長が再度コリンズさんと電話を始めるのを聞きつつ雑居ビルの方向を見ると、ビルの中から複数組の男女が大声をあげながら出てきた。と、その男女の男の方が近くに居た通行人を殴り倒し始めた!



「ちょっと二人とも、事件だよ! ええっと、『遠視4』発動!」



 俺は「遠視4」を発動するけど地球では20mの範囲でしか「魔法」が使えない。距離が150mくらいあるから2~3倍率くらいにしかならないけど裸眼で見るのとは大違いだ。

 短髪の東洋人……日本人っぽくない、若い男が派手なドレスの女性を引きずって道行く人を片端から殴り倒している! 制止する警官と機動隊員も殴り飛ばされた!


 殴り飛ばされた人の吹っ飛ばされ方からして、相当のパワー。ちょっと異常……死霊使いか? 引きずられている若い女性は脱力して自由意志は無いように見える。



 エマ園長と茜さんを見ると同様に「遠視」を発動して確かめている。



「エマ園長、あの男たち、死霊使いかも? 無力化しますか?」


「……そうだね……ヨシ、眷属カモメの『浄化4』を使ってあの男たちを無力化するか」



 エマ園長は亜空間ルーム開口部を展開、2羽の眷属カモメを取り出す。



「やっと外にだしてくれたか。マスター、移動が終わったらすぐに出してくれと言っておるのに」


「うっさい! ジョナサン1とジョナサン2! アンタ達あそこの女性を人質に取っている男三人の膝を吹っ飛ばしてきて! 吹っ飛ばし終わったらここに帰ってくるんだよ? 『隠密』『反応速度』使って見つからないように、急いで!」


「カモメ使いが荒いマスターだな、腹が減っておるというのに。しかもこの辺には川も池も無いから魚をとれないではないか……」


 エマ園長の眷属カモメであるジョナサン1とジョナサン2の二羽はグチグチと文句を言いながらも「反応速度」「隠密」を発動させたと思ったら三秒ほどでターゲット近傍まで接近して「浄化4」の三連射……カモメたちの発射した「浄化4」の魔法弾が女性を引きずっている男3人の左膝下に命中、左ひざ下を瞬時に消滅させるのが分かった。


 俺は発動中の「反応速度」を停止してエマ園長の方を見る。



「エマ園長、どうします? いちおうあいつらは足止めできたみたいですけど?」


「そうだね〜今のところは日本警察に任せるしかないかな? アタシたちが出て行っても混乱するだろうし?」


「お待たせ~! いやあー木更津は遠いわ。海ほたるから30分くらいかかっちゃったよ」



 声の方を見るとアリスさんが空中に浮かんでいた! しかも魔女の格好して箒に腰掛けている!



「あ、アリスちゃん、おかえり。武道館から新宿へ進路変更したのに意外と早かったね? で、いま腰掛けているのが新型の飛行神器なの? いかにも魔女って感じで雰囲気出てるね!」


「へへ~そうでしょう? どんなデザインにしようかなって思ったときに雰囲気も大事だから箒型にしようと思ったのよ。

いちおう使徒の分も作ってあるんだけど、操作がちょいコツが要るし事故ったら危険だからね、今すぐには渡せないかな。練習が必要なのよ」


「そっか、分かった。じゃあ、後で練習させてもらうわ。でね、ターゲットの死霊使い2体はあそこのキャバクラに居たんだけど、ついさっき暴れながらキャバ嬢を人質にして外に飛び出してきたのよ。とりあえず「浄化4」で片膝を打ち抜いて足止めしたんだけどこれからどうしようか思案してたんだけど。どうしたらいいと思う?」



 箒型飛行神器に腰掛けて空中に浮遊しているアリスさんは飛行神器を亜空間ルームに放り込むと俺たちのいる歌舞伎町中心部の高層ビル屋上ヘリポートに滑らかに着地した。さすがアリスさんは魔法「飛行」の使い方も洗練されている。



「……ああ、あの三人ね。地面に倒れながらも暴れまわっているね〜。人質になってる女性たちが危険かもだね。こうなったら手足全部吹っ飛ばして達磨にするか。でもおかしいね、死霊使いは2体のはずだけど3人いるよ? あの中の一人は死霊使いじゃないってことかな。もしかして吸血鬼かな?」


「そういえばそうか。 まあ、何れにしても無力化しないと危険だし、手足吹っ飛ばしておいた方が良いよね。じゃあ、やるよ?」



 エマ園長がにこっちに戻っていた眷属カモメたちに再び攻撃の指示しようとしたとき!


 突如、雑居ビル入り口から火炎放射器のような黄色く輝く火炎の放射がーー 死霊使い? 達に接近しようとしていた警察官達を襲う!



「え、火炎放射器? いや、火魔法だ! 吸血鬼たちが持っていたスキル火魔法か! やばい、機動隊員の何人かが巻き込まれた!

エマ園長はあの三人の手足吹っ飛ばして完全に制圧して! 私は火魔法で倒れた機動隊員を助ける! 死んでるかもしれない、一刻を争うから! 御子柴君たちは火魔法を使った魔法使いを制圧して! 頼んだよ勇者様!」



 アリスさんは言うが早いか「反応速度」を発動、「飛行」を使って高層ビル屋上から空中に飛び出した!



「茜さん! 火魔法使いを制圧する! 異世界のパターンでいくよ、俺が突入するから後方10mくらいで追随してサポートして!」


「うん、分かった、任せて!」



 俺はアイテムボックスから聖剣「レーヴァテイン」を取り出すやいなや魔法「飛行」「反応速度」を発動して雑居ビル入り口に突進する。チラリと茜さんの方を見ると女盗賊の標準武装である「女盗賊の鞭」ではなくてM4カービン型携行神器を構えながら「飛行」「反応速度」を発動して追随してくれている。

 茜さんは「女盗賊の鞭」気に入ってないからね。攻撃魔法の射程が20mとはいえM4カービン型携行神器の攻撃魔法の射撃サポート機能は優秀だから愛用しているみたいだ。「遠視」を併用すれば20m先の一円玉の真ん中をを百発百中で打ち抜くことも出来るのだ。


 反応速度の効果もあって2~3秒で雑居ビル入り口付近に到着、火魔法使いを探す。

 雑居ビルの入り口には人質騒ぎを避けて避難している若者グループが固まっている。突然上空から着地して出現した勇者コスプレの俺にビックリして口をパクパクさせている人がいる。面倒なーーいやそれどころじゃない、火魔法使いは誰だ!?


 俺は順番に「鑑定」をかけて確認していく。するとーー


……「ゾワッ」「ゾワッ」「ゾワッ」……何らかの精神攻撃、恐らく「鑑定」をかけられた! 

 と、急激な魔力の凝集を感知する! 若者グループの影に隠れている日本人っぽくない東洋人の男、短髪スポーツ刈りで新宿にそぐわないあか抜けない服装の男が俺に右手を掲げている! 直後、激しい火炎が俺を包み込んだ!



 俺の周囲は火魔法の火炎の奔流に包まれる。普通だったら数秒で命を落としてしまうような高温に包まれているわけだけど、俺は大丈夫である。というのも、いまコスプレのように身に着けている勇者装備には優れた対魔法防御能力があって、俺自身が持っている魔法防御との相乗効果で大概の魔法は無効化出来るのだ。

 どのくらいの魔法を無効化できるか以前に伊集院君と一緒に調べたんだけど、アリスさんから知識転写してもらった攻撃魔法レベル4まではほぼ無効化できた。ちなみに伊集院君の「魔王装備」も同じだった。アリスさんからもらった「魔法防御」で俺たちは凄く強化されたって訳。

 といっても敵の魔法の威力は受けてみなければ分からないから魔法攻撃は受けないように注意しなければいけないのに火魔法の直撃を受けてしまったのは完全に俺のポカ。

 火炎に包まれた瞬間、死んだと思った。寿命が5年くらい縮まったような気がする……


 ……と、火魔法が途切れた。よし、この隙に攻撃をーーあれ? 火魔法使いが倒れている?



「御子柴君、『反応速度』『隠密』を使わないで敵の前でボーっと突っ立ってたらダメじゃない? 御子柴君が火炎に包まれたからヒヤッとしたよ。アタシが『浄化5』で火魔法使いの頭と胴体を吹っ飛ばしておいたから」



 俺の後ろから茜さんが歩いて近づきながら話しかけてきた。茜さんの姿は見えるので隠密は解除したんだろう。



「いや、面目ない。助かったよ茜さん」


「それはいいけど……敵はこれで全部かな? あそこに転がっている男三人とそこの火魔法使いで四人か……」



 俺は茜さんが指差す「あそこに転がっている男三人」の方に視線を向ける。


 エマ園長が「浄化」による狙撃で手足を全部消し飛ばして達磨にした男三人は恐ろしい嗄れ声で意味の分からない言葉を、いや、中国語で「痛い痛い」「貴様殺してやる」などと叫んでいる。俺や茜さんには異世界言語(万能)があるから分かるのだ。

 アリスさんは火魔法の直撃を受けた機動隊員と警察官たちの救助に当たっている。三人とも真っ黒に焼けただれている。酷い人は体表面が消し炭のように炭化しているようにみえるけど、助かるんだろうか……


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