第84話 勇 者(1)

【357日目 10月31日 午後7時半頃 渋谷○急百貨店屋上】



 時は夜の7時半頃に遡る。

 アリスが水無瀬美咲の「神楽」で千葉県木更津市に瞬間移動した後。

 エマ、ミラ、茜、御子柴、伊集院の5人は渋谷文化村通り奥の○急百貨店屋上から赤坂のアメリカ大使館へと向かおうとしていた。



「副園長、大使館はオッケーだね、じゃあ大使館まで『飛行』で飛ぼう。距離があるからある程度高度取っていった方が良いと思うから『隠密』『探知』は不要だよ、魔力が勿体無いからね。じゃあ出発しよう! 私が先導するからついてきて!」



 エマ園長の指示に皆が頷く。エマ園長が真っ先に空中に飛びだすとミラ副園長、茜さん、伊集院君と続いて飛び上がっていく。



 俺は一番最後に渋谷○急百貨店の屋上から空中に飛び出す。先頭のエマ園長からあまり離れないように、40m以上離れないようにして飛行する。


 40m以上離れないようにするのは、魔術「念話」が使えるようにするため。アリスさんからもらったペンダント型の神器、パチンコ玉くらいの大きさの「淡く輝く球体」の半径20mの球状空間範囲において「魔術」が使えるのだ。


 アリスさんの説明によると、地球では「魔術」は使えないけどこの神器は半径20mの範囲を「疑似ファンタジーA型標準宇宙空間」に改変することによってファンタジーA型標準宇宙の魔法技術が使えるようになるらしい。


 こんなに小さいけど時空間操作系神器という事で、エネルギー操作系神器である永久発電機よりも遥かに高度な神器なんだって。






 付近の高層ビルよりも高く、高度が250mくらいになったところでいったん空中待機してエマ園長がスマホの地図アプリを起動させて方向を確認。港区赤坂にあるアメリカ大使館本館に向かって空中移動を開始した。


 5分ほど飛行したところでエマ園長が木更津のアリスさんに電話して状況を確認するとのこと。

 落ち着いて話をするためにいったん着地するという事で眼下の青山霊園に降りる。墓地内はろくに照明がないから真っ暗なので都合がいい。全員暗視持ってるから問題はない。



 俺たちは青山霊園の構内通路に着地した。通路は意外と広々していてお墓とお墓の間隔もゆったり取ってある。なんかちょっと意外。俺の田舎のじいちゃんとこの墓なんか、びっちりと隙間なく墓が建っていたけど東京都心ど真ん中の霊園がこんなにゆったりしているとはね。



ーーエマ園長が電話し始めた。アリスさんと繋がったみたいだ。スピーカー通話モードにしてみんなが通話を聞けるようにしてくれたから木更津の状況は良く分かった。



 5分間ほどアリスさんとの通話の結果。


 美咲さんのお母さんに憑依?していた死霊使いはアリスさんの「生命体干渉」「精神構造干渉」「治癒」を使って討伐。お母さんは後遺症なく治療、回復できた。木更津にくる必要はないとのこと。

 死霊使いとの戦闘結果から判明したこととして、『睡眠5』と『恐怖9』は全く効かなかった。『麻痺』『嘔吐』など含めて精神攻撃系の準攻撃魔法と調教系の『魔獣調教』は効果が無い可能性あり。

『浄化』は死霊使いに対する特効あり。『結界』も何らかの効果がある可能性あり。


 エマ園長から首都圏に3体の死霊使い(武道館周辺と新宿歌舞伎町)が居ることを報告すると、アリスさんから「コリンズ特任公使を通じて死霊使いの事を日本政府に通報して市民の安全を守るよう取り計らってもらえませんか? なんならアメリカ政府から情報提供や要請をしてもらってください」とのことだった。


 エマ園長はアリスさんとの電話を終えると、すぐさまコリンズさんに電話。死霊使い情報を日本政府に通報する件を話した。

 コリンズさんはアメリカ大統領に直電するらしい。在日本アメリカ大使館特任公使としても海兵隊大将としてもありえない報告のやり方だけど、アリス・コーディの側近代表としていつでも直電できるポジションにあるとのことである。改めて考えると凄いよね。

 大統領の後には国防長官に電話して、そのあとに日本政府、内閣官房副長官に電話するんだって。アメリカ大統領には直電するのに総理大臣や官房長官には直電しないんだ……



 青山霊園に着地して電話をしたり簡単な打ち合わせをしている間に10分くらい経ったところで、霊園を東西に突っ切る大通りにパトライトを点滅させたパトカーが停車するのが見えた。



「あら、巡回中の警視庁PCに目をつけられたかな? 電話も終わったし、職質される前に大使館に行こうか。『隠密』を発動して空中に飛び上がるよ!」



 エマ園長の指示に従って俺たちは再び「隠密1」を発動、空中に飛び上がって赤坂のアメリカ大使館本館を目指しての空中移動を再開した。

 あのPCの警察官さん、申し訳ありません。暗闇に佇んでいる魔法使いとか忍者たちが突然消え去ったわけだからビビるよね?別に悪いことしていたわけじゃないんで許してください。





【357日目 10月31日 午後9時半頃 赤坂 アメリカ大使館】


 赤坂のアメリカ大使館に到着した俺たちは大使館公用車を準備してスタンバイしていたところ。アリスさんから電話があって武道館と歌舞伎町の二手に分かれて死霊使いの警戒に当たってほしいとのこと。

 武道館にいる死霊使い一体は、日本政府がかねてから「死霊使いの疑いあり」とのことでマークしていた人物で機動隊が包囲を始めたから事態が直ぐに動くかもしれないということでアリスさんは武道館を目指して東京湾を飛行中らしい。……木更津から東京まではかなり距離あるのにどうやって? 「飛行」だと魔力は続かないと思うけど。


 俺と茜さんはエマ園長の指揮下で新宿歌舞伎町に進出。俺の「エネミーサーチ」と茜さんの「お宝探知」を使って死霊使い達の詳細位置を特定しておくというミッションを遂行することになった。

 三か月前のソウルにおける吸血鬼たちとの戦闘が思い出される……俺と伊集院君にとっては苦い思い出だ。異世界の勇者と魔王二人にかかれば吸血鬼など恐れるに足りずと突撃したは良いけど不意打ちにより敵に敗北、異空間に拘束されて手も足も出なかったのだから……

 今回は吸血鬼ではなくて死霊使い。どんな敵かは分からないけど侮ることなく慎重に対処しなければ。




 大使館職員が運転する乗用車タイプの公用車に乗り込むエマ園長、俺、茜さんの三人。

 赤坂のアメリカ大使館から新宿歌舞伎町までは車で6kmくらい。


 大使館を出た公用車は永田町を北上、首相官邸、国会議事堂の横を通って麹町の交差点を左折して新宿通りを西へ。四ツ谷駅を通り過ぎて四ツ谷四丁目を右折。靖国通りに入って直ぐ。




 ……新宿歌舞伎町は東京都新宿区に位置する日本最大の歓楽街である。札幌のすすきの、福岡の中洲と並んで「日本三大歓楽街」と称される。

 明治通り(東)、靖国通り(南)、JR中央線(西)、職安通り(北)に囲まれた範囲、住居表示では歌舞伎町一丁目、二丁目が該当する。

 街の中には漫画喫茶、居酒屋、キャバクラ、ホストクラブ、ラブホテル、パチンコ店などが立ち並んでいて「眠らない街」も呼ばれる……


 なるほどーー。高校生の俺や伊集院君にとってはなじみがあんまりないから勉強になるなーー 大使館公用車を運転する大使館職員のおじさんの蘊蓄を聞きながらおよそ20分くらいで歌舞伎町に到着した俺たち。



 歌舞伎町に到着したといっても靖国通りと明治通りに囲まれた街の中は機動隊が封鎖していて入れないようになっている。

 靖国通りを挟んだ反対側の路肩に公用車を路駐させた俺たちは車から降りると、これからどうやって死霊使いを探査するか相談を始める。



「エマ園長、どうします? 『エネミーサーチ』は聖剣を使うから目立っちゃうよ?」



 ハロウィンの日の新宿の夜のためか、魔法使い、勇者、女盗賊の格好をした俺たち三人に注意の目を向ける者はほとんど居ない。人通りはそこそこあるけど危ない奴等とみなされているのかもしれない。通行人は俺たちと目を合わせないようにして通り過ぎていく。



「渋谷の時みたいに隠密で空中に浮遊して、おっきなビルの屋上でエネミーサーチをかけて絞り込んでいきましょうよ」


「そうだね、茜ちゃんの言う通り、そこらの雑居ビルの階段はいって隠密かけよう」



 俺たち三人は通り沿いの雑居ビルに入って階段を上って人目が無くなったところで隠密、飛行、気配察知、念話を発動、天井付近まで浮遊してビルの外に出てから上昇を開始した。



 空中を上昇しながらスマホを取り出して地図ソフトを確認するエマ園長。



『御子柴君、あっちの大きい建物が歌舞伎町の真ん中くらいみたい。あそこの屋上に行ってエネミーサーチを試みようか』


『分かりました』




 怪しく猥雑に煌めく照明、ネオンサインなどに溢れる新宿歌舞伎町の上空をゆっくりと飛行して高層ビルの屋上に向かう。この建物は下層が映画館や飲食店、上層がホテルになってる30階くらいある高層ビルだ。屋上のヘリポートに着地する。



 俺はアイテムボックスから聖剣「レーヴァテイン」を取り出す。俺はこの剣の事を単に聖剣としか呼ばない。なぜなら自分の剣を「レーヴァテイン」などと呼ぶのは恥ずかしいからだ! 異世界なら違和感なかったけど地球では無理だ。茜さんに爆笑されてしまう……



「ではさっそく。エネミーサーチ!」



 聖剣は、もの凄い勢いで斜め下の方向をビシッと指し示した!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る