第83話 避 難

【357日目 10月31日 午後10時半頃 新宿歌舞伎町】



「アメリカの特殊能力者? そんな奴がいるなんて初耳だな……

分かった。あんたは文部科学省の常連客が連れてきた人間だし俺の『鑑定』でも普通の人間で怪しいところは無い。避難してやる。どうすればいいんだ?」



 警部はホッとしたように顔を緩めて話を続ける。



「避難ですね、分かりました。現在歌舞伎町一丁目は警視庁第五機動隊による広域封鎖がなされていています。新宿警察署のPCパトカーを店舗の前につけてますので乗ってもらいます。では今から出発しましょう」


「わかった。ちょっと待ってくれ。 お~い! 店長こっち来い!」



 聖騎士は店長を呼びつけると、店の奥から店長がすっ飛んできた。



「店長、俺様と樹里亜は今から帰る。今日の分の給料を急いで持ってこい。樹里亜の分もだぞ!」





 店長は慌ててバックヤードに引っ込むと封筒に入った給料を持って帰ってきた。


 樹里亜もその間に更衣室に駆け込んで私服に着替え終わって戻ってきた。よく考えたら樹里亜は碌に接客しないんだからドレスに着替える必要無いんじゃないか?


 店長は10万円入りの封筒を俺と樹里亜にそれぞれ渡してきたのでボックス席から立ち上がりながら受け取る。



 さて、外に出ようかと出口の方を見ると、先ほど樹里亜に本指名を入れた中国人グループ三人が立ち上がってこちらを見ている。なるほど、こいつ等か。



「樹里亜、あの中国人グループ、怪しい奴らだ。注意しろ!」


「え、亞聖、ヤバいじゃん。そういえばあいつ等、メチャクチャ怪しいじゃん!」


「樹里亜、念のために俺達と警部に『バリア』と『ガード』をかけてくれ」


「りょーかい、『バリア』『ガード』」



 樹里亜のコールとともに俺達はうっすらと輝きだす。魔法防御『バリア』と物理防御『ガード』が発動した。



 すかさず俺は問答無用で『ポイズン』『ブラインド』『スロウ』を怪しい中国人に向けて発動する。先手必勝、確認なんか必要ない。ぶちのめしてから話を聞くのが俺様の流儀だ。



「怎么了,怎么了?(なんだ、どうしたんだ?)」

「我瞎了,怎么了,树里亚和那个人做了什么?(目が見えない、どうなったんだ、樹里愛とそこの男、何をした?)」

「いきなり何をする! もとに戻せ!」



 怪しい中国人たちは口々に中国語や日本語で喚きだすが、何を言っているのかは分かる。俺と聖女は異世界言語(万能)を持ってるからな。じゃあ、こいつ等に近づいて……



 そこの怪しい中国人たちを「鑑定」!



名前 ー 

種族 ゾンビ(男性) 

年齢 28歳  体力G  魔力F

魔法 ー

身体強化 ー

スキル ー

死霊スキル ゾンビ化C ゾンビ修復C

   ゾンビ再生C ゾンビ強化C 

称号 ゾンビ 死霊使いの眷属

   早蕎麦大学大学院生 留学生



名前 ー 

種族 ゾンビ(男性) 

年齢 26歳  体力G  魔力F

魔法 ー

身体強化 ー

スキル ー

死霊スキル ゾンビ化C ゾンビ修復C

   ゾンビ再生C ゾンビ強化C 

称号 ゾンビ 死霊使いの眷属

   早蕎麦大学大学院生 留学生



名前 ー 

種族 ゾンビ(男性) 

年齢 25歳  体力G  魔力F

魔法 ー

身体強化 ー

スキル ー

死霊スキル ゾンビ化C ゾンビ修復C

   ゾンビ再生C ゾンビ強化C 

称号 ゾンビ 死霊使いの眷属

   早蕎麦大学大学院生 留学生



 ビンゴ! 三人ともゾンビか。間違いなく俺達、樹里亜に目を付けてきた敵だな。



「亞聖〜こいつ等ゾンビだよ、どどど、どうするのよ、聖剣で真っ二つにする?」



 テンパった樹里亜が殺人を勧めてくる。お前、本当にコイツらを真っ二つにしたらヤバいだろーが。相変わらず空気読めない、しょうがない奴め♡



「皇さん、この三人は死霊使いではなくてゾンビ? なんですか? 普通の人間にしか見えない……真っ二つにはしないで、無力化できませんか?」



「分かってるよ、うっせえな! ちょっと待ってろ!」



 俺は三人の中国人に中国語で話すことにする。





「喂! 你们来这里干什么? 我和茱莉亚有什么用?

(おい! お前ら、何のためにここに来た? 俺や樹里亜に何の用だ?)」



「…… 琪琪大人,突然怎么了! 现在停止攻击! 我要起诉殴打!

(……きき貴様、いきなり何なんだ! 今すぐ攻撃をやめろ! 暴行で訴えるぞ!)」


「牙齿? 我说了什么? 你们只是在狂暴和尖叫,对吧?

当你未经许可提名 Juria 时,你会怎么做? 你有什么打算!

(は? 俺が何をしたって言うんだよ? お前らが勝手に暴れて喚いているだけだろ? だいたい樹里亜を勝手に本指名しやがって、どういうつもりだ! 何を企んだ!)」



「我们什么都不知道,什么都不重要!

(俺たちは何も知らない、何も関係ない!)」


「我刚刚提名了茱莉亚,因为我听说演员阵容很受欢迎,怎么了!

(樹里亜ってキャストが人気だって聞いたから指名しただけだ、何が問題なんだ!)」


「离开我们,回家吧!

(俺達なんか放っておいてとっとと帰れよ!)」




 ふん。なんか面倒ーー時間が無駄だな。手っ取り早く片付けるか。



「おい、警部さん、こいつ等はゾンビで死霊使いの眷属なんだがどうする? 手足を切り飛ばすくらいしないと大人しくしてくれそうにないぞ? やっちゃって良いか?」


 俺はアイテムボックスから聖剣を取り出しながら警視庁の警部に問いかける。




 この剣は異世界に飛ばされたときにアイテムボックスに入ってた聖剣「エッケザックス」。


 勇者の野郎が持っていた神槍「アスカロン」とほぼ同等の性能なんだが、王国の宝物庫に収納されていた聖剣「レーヴァテイン」の方が高性能だったんだよな。「レーヴァテイン」は第二王子の勇者(正体は不明)に取られた。


 おまけに聖女(正体は樹里亜)は勇者の野郎に媚びて色目使ってたし……思い出したら腹立ってきた。勇者の野郎、許さん。


 異世界に居た当時は聖女の正体が樹里亜だって知らんかったから良かったけどな。




「皇さん手足を切り飛ばすのは待ってください!

この男たちは間違いなくゾンビなんですね?  私が今から外に出て、機動隊を呼び込んで拘束しますから! 店内の皆さん! この三人に決して近づかないでください!」




 警部は怪しい中国人への接近禁止を警告した後、急いで店の外へと出て行った。



 ……おやあ? ゾンビには「ポイズン」効かないのか……? 大人しくならないぞ?

 中国人ゾンビ三人は目は見えてないし「スロウ」の効果によって行動が緩慢になっているものの暴れるし五月蝿いのでとりあえず強めにぶん殴って大人しくさせておく。なかなか頑丈な奴らだぜ……




「……ふう。やれやれだぜ、樹里亜。たかがゾンビごとき、俺様の聖剣『エッケザックス』を使うまでもなく無力化してやったぜ? 樹里亜?」



 樹里亜を見ると、精気の無い虚ろな目をしてボーっとしている。



「樹里亜、ビビりすぎて気を失ったのか? しようがない奴だな♡ どれ、俺様が抱っこしてやろう」



 俺は聖剣「エッケザックス」をアイテムボックスに仕舞う。


 樹里亜をお姫様抱っこするために樹里亜の左手を握って抱き寄せようとしたとき、樹里亜と目が合うーーいつの間にか表情が戻っていて、ニッコリ♡

 俺様もニッコリ♡したところで……俺様の意識はプツンと途切れた。






♢♢♢♢♢






 アイテムボックスから取り出した「聖女のメイス」で「聖騎士」皇亞聖を殴り倒した「聖女」池尻樹里亜は、自分の後ろに立っている東洋人に振り向いて話しかけた。



「ア・プチ。この亞聖という男にすぐに憑依してよ。今、アンタが使ってる身体は我々の世界からわざわざ持ってきた強個体だから持ち帰るからね。間違いなくゾンビ化しておいて?


「分かっておるイシュ・チェル。ちょっと待ってもらいたい、 ーー憑依! 」



 「聖騎士」皇亞聖だったものはゆっくりと立ち上がる。



「ふむ。なかなか高性能で見た事ない特殊スキルを使える身体じゃんか、気に入った。

ではそこに倒れているゾンビ三人はーーゾンビ回復。ふうむ、さっきこの男が発動した状態異常スキルがまだ有効だな。どれ、解除してみよう。ーー解除」



 目が見えなくなっていた怪しい中国人ゾンビたちは状態異常から解放されてそれそれ立ち上がった。



「ア・プチ、ここから離脱するよ。さっきの警部が言うには、この辺りは機動隊に包囲されているらしいけど、あの三人のゾンビを使って騒ぎを起こさせれば丁度いいくらいに隙が出来るしょ」



「分かった。しかし、我はこの皇亞聖って男の精神と口調に毒されているというか、侵食されている感じがあるな。口調が俺様風になってる気がする」


「アタシもこの樹里亜の精神と口調染み込んでくる感じ……でも丁度良くない? この身体でこの口調なら自然だし」


「それもそうだな。じゃ名前も亞聖と樹里亜な」



「分かった。じゃ亞聖、さっそくそいつらを強化して外の機動隊に突撃させてよ。その混乱に乗じて離脱するよ」



 樹里亜は怪しい中国人ゾンビたち三人を指さして亞聖に指示する。



「……コイツら三人だけだと弱すぎて捨て駒のデコイにもならんかもしれんな。強個体を一人付けておくか、所詮替えのきく消耗品だ。いいよなイシュ・チェル、じゃなかった、樹里亜?」


「いいんじゃん? まかせた亞星」



「了解。  ーーゾンビ強化!」



 怪しい中国人ゾンビたち三人とさっきまでア・プチであった東洋人は薄っすらとした黒い霞を身に纏い、その邪悪なオーラを更に強くした!



「お前らは目につく人間、警官を片っ端から殴りながら出来るだけ遠くに、南側にある大きな公園、新宿御苑まで行って立て籠もって時間稼ぎしながら出来るだけ長く戦闘し続けろ! そうだ、人質がいた方が良いな、弱っちい三人はそこにいるキャバ嬢を一人づつ連れて行け。行け!」



「きゃー!こっちに来ないでお願い……」


「やめてやめて! 来ないでーー!」



 蜂の巣を突いたような騒ぎになる店内。キャバ嬢たちは蜘蛛の子を散らすように逃走を図る。

 しかし強化された中国人ゾンビは信じられない速度と筋力で店内の椅子テーブルを一気に飛び越えて一瞬のうちにキャバ嬢達を捕獲した!




 中国人ゾンビに捕らえられて暴れる三人のキャバ嬢に精神操作スキルをかけて意識を飛ばす強個体ゾンビ。


 脱力したキャバ嬢を抱えた怪しい中国人ゾンビ三人と強個体ゾンビ一体が高級キャバクラ「高目」から外に出ていくと聖騎士と聖女は窓際に移動してキャバクラが入居している雑居ビルのエントランスに面した通りを見下ろす。ゾンビたちが引き起こす騒ぎを観察するためである。


 キャバクラ「高目」は2階にあるので通りの様子は良く見える。さっき外に出ていった警視庁警部が警官となにやら話をしているし、いつの間にか通りには複数の警官と機動隊員が配備されている。


 雑居ビルのエントランスからキャバ嬢を人質にした中国人ゾンビ三人が出てくると職務質問のために警官が近寄る。ゾンビたちは近寄ってきた警官と機動隊員たちを片っ端からぶん殴り始めて通りは警察官たちの怒号と通行人たちの悲鳴に包まれた。



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