第82話 聖騎士と聖女(1)

【357日目 10月31日 午後8時頃 新宿歌舞伎町】



 東京都新宿区歌舞伎町1丁目にある雑居ビルの二階。聖騎士の皇亞聖は高級キャバクラ「高目」の店内で痛飲していた。


 今日は10月31日のハロウィンなので歌舞伎町のキャバクラ各店舗はハロウィンイベントと銘打って仮装したキャバ嬢とボーイで接客をこなし、店外での客の呼び込みにも精を出していた。



 しかし聖騎士の皇亞聖はバイト先の高級キャバクラ「高目」の店内奥VIP席で聖女でキャバ嬢の池尻樹里亜とともに仮装もせずに酒を飲んでいた。

 というのも聖騎士はこの高級キャバクラで気に入らない奴や生意気な奴をぶん殴り続けて、キャバ嬢、ボーイはおろか店長やオーナーまでもが聖騎士を恐れ、逆らえなくなっているからである。

 聖騎士は当たり前のように魔法やスキルを躊躇なく使う。勇者には直接戦闘力に劣り大魔導士には魔法能力で劣る聖騎士とはいえ一般の人類相手に負けるわけないのである。




 聖騎士は毎晩のように半グレ系衣装に身を包み、一晩中飲み食いしてほとんどの時間を聖女と駄弁り、気が向いたら気に入らないボーイや客を殴って店長から10万円を毟り取って帰るのであった。


 ……新宿南東口広場でリーナ・フィオーレに「楽しく遊んで酒飲んで、おしゃべりしたら一晩で10万くらい稼げる」と言ったのは出まかせのキャッチではなく本当だったのである。稼ぐというよりは強奪なのだが……



 聖女の樹里亜は気が向いたときに客に聖女スキル「治療魔法」「回復魔法」をかけてあげるので狂信的なファンが固定客として付いており、とんでもない金額の売り上げをあげていた。

 しかし今日は日が悪いのか聖女を指名する常連客はまだ来店していなかった。





「ねえ、亞聖。ほんとにゾンビなんて居たの? 死霊使いも?」



 聖女の樹里亜はテーブルのフルーツ盛りから好物のメロンを摘みながら聖騎士の亞聖に問いかける。



「ホントだって言ってるだろ? ちゃんと鑑定したんだから間違いないんだよ。ゾンビのカラスだったけどな。死霊使いの眷属だった」


「そっかー。あの時以来、アタシたちは理研に顔出してないけど大魔導士とリーナって女は行方不明になったっしょ? 敵にやられたってことしょ? 怖いんだけど」


「さあな。ただ、そのゾンビは大したスキルを持ってなかった。あの程度なら俺の聖剣で一撃だ」


「さすが亞聖。頼りになる♡ アタシのことちゃんと守ってよ?」



 聖女はキャバ嬢らしく右隣に座る聖騎士の左膝に左手をのせて右手で聖騎士の左手を包み込み恋人つなぎをした。

 聖騎士は実に嬉しそうに手を握り返して機嫌よく酒を喉に流し込む。



「ああ、まかせとけ。樹里亜は特別だからな♡」




 聖騎士と聖女は従妹同士の幼馴染。性格に難のある二人だったが不思議と相性は物凄く良かった。それは幼馴染の親愛なのか男女の愛情なのか……


 因みに聖騎士のVIPボックス席には聖女以外のキャバ嬢は来ない。聖騎士はお金を払わないからである。




 そんな感じに二人の世界に浸っている聖騎士と聖女にびくびくしながら近づくボーイが一人。意を決して聖女に話しかける。



「樹里亜さん、本指名(注)なんすけど。初めてのお客様っす。


(注)本指名:客がキャバクラに来店したときに、指名したいキャバ嬢が決まっているときに行われる指名のこと。別名として「A指名」や「場外指名」が使われることもある。




「初めてのお客さん? なんでいきなりアタシを本指名してくんのよ。 アタシは一見さんとお触りはお断りだよ?」


「すすすんません、でも、もの凄い額のチップを渡してきたから……いちおう樹里亜さんに聞いてみようと思って、ヒッ」



 聖騎士がテーブルに手を打ち付けながら店の入り口の方を眺める。



「樹里亜に本指名入れてきたのはどの客だ?」


「入り口から2番目のボックス席の男三人です。三人とも中国人すけど、日本語はあんまり上手くないっす」


「日本が下手な中国人? そんな奴何のためにキャバクラに来るんだよ、キャバクラはキャバ嬢とのお洒落な会話を楽しむところだぞ? 怪しいだろ。樹里亜に目を付けてきたんだろうが何が目的だ?」


「すんません……」


「チップはいくらもらったんだ?」


「10万円す」


「10万円か……そんな程度の金で樹里亜を怪しい中国人に差し出す訳にはいかんな。断ってこい」



 ボーイはへこへこ頭を下げながら中国人グループにお断りを入れに行った。




 その後、リピーターの常連客の本指名が入ったので面倒くさげに接客に向かう聖女樹里亜。


 あの客はたしか文部科学省の役人で俺たちが「理研」の研究員になるきっかけになった奴だ。聖女の「治療魔法」目当てで週に一回、月に4~5回は来店して月に100万は使っている。


 今日はあんまり見たことない奴が一緒にいるな。まあ、あの客はお触りもしない上客だから問題ないだろう。




 そういえばー- 聖騎士は新宿駅南東口でのゾンビカラスのことを思い返した。


 突然ゾンビカラスがリーナ・フィオーレを襲い始めた。鑑定したらゾンビカラス、ただし弱化されて墜落してきたという。

 そんな正体不明の敵からは距離をとるに限る。リーナも大魔導士も俺の仲間じゃないからな。俺の仲間は樹里亜だけだ。



 その後リーナと大魔導士がどこで何したか知らんが生きてはいるんだろう。あの翌日に大魔導士から不在着信が数回入ったからな。当分は様子を見るためにスルーしてぶっちぎったが、あの野郎いつの間にか行方不明になっていた。


 警察からは「死霊使いの疑いのある人物」の「鑑定」を依頼されたが断った。そんな危険な奴、わざわざ自分から近づく訳ないだろ。  




 普段は自分の感情のまま衝動的に行動する聖騎士だが、まともに考察して考えを纏めることも出来る。癖は強いが馬鹿ではないのである。




 樹里亜が居ないので酒を自分で作って手酌で飲みつつ鳥の唐揚げをぱくつく聖騎士。食事をほぼすべてここで済ませている聖騎士である。キャバクラのオーナーにとっては完全な寄生虫であると言えるだろう。聖女が太い常連客を持っているのでギリギリ損にはなっていないようではある。




 ……おやあ? 接客を中断した聖女樹里亜が客を一人連れてこっちに戻ってくる。文部科学省の常連が一緒に連れてきた見覚えのない客。とりあえず鑑定だ。



名前 大宮一郎

種族 人(男性) 

年齢 42歳  体力G  魔力F

魔法 ー

身体強化 ー

スキル ー

称号 警視庁警備部第一課係長 警部



 警察か。何の用だ?



「亞聖、この人警察の人なんだけど、さっき大事件が起こって警戒しなきゃダメなんだって。話聞いてあげてくれる?」



 俺は無言で頷き、警視庁の警部にボックス席に座るよう促す。


 警部は俺の向かいに座ると名刺を一枚差し出して名前と所属組織を名乗った後にゆっくりと話し出した。樹里亜は俺の左隣の定位置に座る。警部の接客なんかはしない。



「皇亞聖さん、池尻樹里亜さん。あなた方特殊能力者に危険が迫っているかもしれません。このことをお知らせするために来ました」



 警部は俺と樹里亜の顔を交互に見据えて俺たちの反応を確かめる。



「……続けてくれ」


「先ほど、千葉県木更津市において『死霊使い』が現れて現場に居合わせた特殊能力者との戦闘に突入。特殊能力者が勝利しましたが、その際に東京都心部に死霊使いが複数潜んでいることが分かりました」


「……それで?」



「そのうちの2体が新宿歌舞伎町近辺にいます。詳細な場所、人物の特定は出来ていないのですが、皇さんと池尻さんのお二人がここに居るということで何か関係が有るかもしれません。ご注意を。

同意いただけるなら市ヶ谷防衛省の敷地内にいったん避難していただくことをお勧めします。市ヶ谷防衛省には習志野から陸上自衛隊特殊作戦群が緊急展開しつつあるので防衛省の保護下に入ればほぼ安全でしょう」



「ね、亞聖、どうする? 避難した方が良くない?」


「ちょっと待った。木更津の死霊使いを倒したのはリーナか? 大魔導士か?」



「リーナ・フィオーレさんでも秋津平八さんでもありません。彼らは今、日本国内には居ませんよ。

我々にも知らされていない『アメリカ合衆国に所属する特殊能力者』が死霊使いを倒したということです。木更津の件の情報提供はアメリカからのもので、詳細は日本政府には知らされていないのです」



「アメリカの特殊能力者? そんな奴がいるなんて初耳だな……

分かった。あんたは文部科学省の常連客が連れてきた人間だし俺の『鑑定』でも普通の人間で怪しいところは無い。避難しよう。どうすればいいんだ?」


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