第79話 白い鳥(1)
【357日目 10月31日 午後10時半頃 北の丸公園近くのマンション】
夜の10時半頃。死霊使いの住まうマンションを包囲しつつある機動隊。 マンション東側三階ある一室のリビング、開け放した掃き出し窓の近くでひっそりと佇む死霊使い。
死霊使いは部屋の明かりも点けずに窓から外を眺めている。窓からはマンションの周りが機動隊に包囲されつつあることが把握できるが死霊使いは特に反応することもなく立ち尽くしている。
警視庁警備部課長補佐の身体を乗っ取ったこの死霊使いには自分がこの日本の治安機関に目を付けられているということは分かっていた。
当たり前である。エルトリア王国リーナ・フィオーレと対面して会話した上にこの男の名刺まで渡しているのだ。リーナ・フィオーレがこの事実を伏せる理由はないだろうからな。
新宿御苑でリーナともう一人の男と別れた後。彼らをゾンビカラスに命じて追跡させたけれど、ロシア大使館に入って翌日に羽田空港から旅客機に乗ったところで見失ってしまった。
その後、ロシアのモスクワで発見できたが最近に再び見失ったという。どこに行ったのかはまだ分からない。
マンションの周りを包囲する機動隊をジッと観察していると南の方角から接近する眷属、ゾンビカラスの意思が伝わってくる。
木更津のリーナ・フィオーレの関係者、水無瀬亜希子に取憑いていたケツァルとの連絡用ゾンビカラスだ。
ケツァルとは我々の世界の帝都、「大都」を経由して意思疎通は出来るから連絡用ゾンビカラスはあんまり意味はないが念の為の備えだ。
およそ30秒後、南の夜空から真っ黒なゾンビカラスが急速に接近したかと思うとマンションのベランダ手すりに着地した。
「カッカッカッ! ゴロゴロ!」
ゾンビカラスが機嫌良さげに鳴く。
『……眷属が使える意思の伝達を使えと言っているだろう。カラスの鳴き声じゃ話にならん』
『……ミナセアキコがおかしい 我に向けて攻撃してきた』
『ほう……水無瀬亜希子に取り憑いていたケツァルは滅ぼされたのに水無瀬亜希子は生きているのか。
水無瀬亜希子を生かしたまま解放した後で滅ぼされたのか、馬鹿な奴め。
誰にどうやって滅ぼされたかも報告できない無能なだけあると言えよう』
……我々の世界の帝都、「大都」を経由した意思疎通によってケツァルが滅ぼされたという情報は既に得ている。
この世界、地球には魔法やスキルを持っている人間はおろか動物も魔物も見当たらない。そんな連中を死霊使い化したり眷属のゾンビにしたところで大した強さにはならない。
水無瀬亜希子は何の能力もないただの人間だったし、水無瀬亜希子を解放した後に取り付いた人間か動物も強くなかったのだろう。
リーナやリーナと一緒に居た男クラスの能力者と真っ向から勝負しても歯が立つわけないのだ。そんなことも分からないのか。馬鹿と連んでも損をするだけだ。アイツとの付き合いも考えものだな。
……しかし、我が取り憑いているこの身体はそろそろ潮時かもしれん。あれだけの機動隊員に包囲されてはいくら我が不死身とは言え逃げきれまい。
この身体は魔力が大きく知能が高いという拾い物だったがこの程度の素材は我らの世界では珍しくない。近場で吸血鬼どもを狩るか支配地域で献上させればよほど高性能な身体が手に入る。大きな騒ぎを起こしてまでこの身体を持って帰る意味も無かろう。
魔法やスキルのない世界とは言え亜神ならば相当に強いか、特殊なスキルを使えるか。何よりも神格を持っている身体が手に入ると期待してこの世界地球に浸透した。
しかし銃火器や核、生物、化学兵器。航空機や装甲戦闘車両など、厄介な大量破壊兵器や近代兵器が存在するこの世界はやり難い。
この世界の神を見つけることはできていないが、神などそうそう居るものじゃないからな。そもそも居ないかもしれんし。
方針変更してリーナやリーナと一緒に居た男の身体を手に入れて我らの世界に戻ってもいいかもしれん。
『……生イワシの目刺し、寄越せ』
ゾンビカラスがオヤツを所望しておる……。我はタッパーに入れて準備しているから何時でも与えることができるのだ。
……生き物に餌を与えるのは気分がいい。優越感に浸れるのも良い。いつものように生イワシの目刺しを放り投げて与えるか。
一応ベランダの外の空中に投げ上げることにしている。グアーギャー鳴きながら血相変えて空中で目刺しに喰いつくのは滑稽で愉快だ。ふははは……ほーら、喰いつくが良い!
我の投げた生イワシの目刺しをゾンビカラスが強化された筋力を駆使して凄まじい速度で喰い付こうとした瞬間。生イワシの目刺しが消え去った。
目刺しを見失ったゾンビカラスは怒りの叫び声を上げる。何がどうなったのかーー
なんと! ーーいつの間にかベランダの手すりに白い鳥が居る! しかも生イワシの目刺しを嘴に咥えていて、空中にヒョイと放り投げると頭から丸呑みしてしまった。
「ゲッゲッゲッゲッーー ゲゲッ♪」
目刺しを食い終わった白い鳥はゾンビカラスに向かって嘲るように鳴き声を発する。
この白い鳥ーー我がゾンビカラスに投げ与えた生イワシの目刺しを横取りしおったのか?
「クワックワックワッ! カーカー!」
ゾンビカラスが白い鳥に敵意を向けた瞬間!
「ギャギャッ! ギョ―ギョ―! ……ドン!!」
空気を切り裂くような破裂音とともに空中でバタバタとホバリングしていたゾンビカラスは一瞬青白く輝いたかと思うと消滅していた!
ゾンビカラスがいた場所に漂う白い煙は緩やかな風に運ばれてリビングの中に入ってきた。
これは死の匂い……我ら死霊使いにとって身近であり尊くもある芳しいこの香り……これは? この白い鳥がやったのか?
だとすれば、なかなか見どころのある白い鳥であるな。
我の熱い思いがこの優れたーー卓越した能力者である白い鳥にも伝わったのか。この高貴な鳥は高らかに鳴き声を発した。
「ギョギョギョーー ゲッ ゲゲー!!」
我は白い鳥に追加で目刺しを進呈することにする。手で持った目刺しを鳥の目の前にかざす。
「ちーちーちちち …………ハイ!」
目刺しをベランダの床に投げ捨てる。
白い鳥は信じられないスピードで目刺しに飛びつき一飲みにする。
更にもう一匹だーー
「ちちち …………ハイ!」
目刺しをベランダの床に投げ捨てる。
白い鳥は目刺しに飛びつき一飲みにする。
ははは! まだ所望するか、もう一匹!
「 …………ハイ!!」
目刺しをベランダの床に投げ捨てる。
白い鳥は目刺しに飛びつき一飲みにする。
「……憑依!!!」
♢
我の視界には黄色い嘴に咥えられた目刺しが映し出されている。取り敢えず、本能の命ずるまま一飲みにしておく。
どうやらこの白い鳥に憑依できたようである。優れた能力者への憑依は失敗することも多いがーーこの白い鳥には余程の心の隙があったと思われる。
思わず後先考えずに憑依してしまったから、この男を生かしたまま解放してしまったな。ちょうど良い、新しい身体を手に入れた準備運動としてコヤツをゾンビにしてくれようーー
「ドン!! ドン!!」
我の目の前に呆然と立っていた男が突然リビングの中に回転しながら倒れ込む。鳴り響く銃声2発。
直後に玄関のドアから大勢の人間が雪崩れ込んでくる物音……機動隊の突入作戦が実行されたか。
やむを得ん、ここを離脱するか。あの男を生かして解放したとて大した問題ではない。奴は一部始終を見聞きしていたろうが、死霊使いの思考にアクセスはできないから死霊使いの核心情報には触れていないのだ。
我はベランダから静かに浮き上がるーー憑依先の憑依体の能力、スキルなどの使い方は自然と理解できるーー
ほう……この能力は魔法「飛行」か。鳥だから元々飛べる上に魔法でも飛べるとは……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます