第78話 監 視

【357日目 10月31日 午後10時頃 北の丸公園付近】



 マンションの一階エントランスで部屋番号を確認。三階の東端の部屋ね。ベランダ側に回ろう。

 この建物の周囲を機動隊が包囲しつつある。ターゲットはこのマンションに居ると思って良さそうだね。








 ベランダ側に回って東側三階の部屋を観察する。


 向かい側にある10階建てのマンション屋上にひっそりと佇んで魔術「遠視5」を発動する。

 直線距離でおよそ60m、本来なら32倍に拡大される「遠視5」だが、地球上では20mまでの距離しか魔術の効力が及ばないため概ね10倍の拡大率となる。

 とはいえ、視野に映し出された画像イメージによって、まるでベランダのすぐ外に立っているかと思うほど細部までが観察できる。


「遠視」は視覚を通さず脳内に直接に画像イメージを認識させる時空間操作系の魔法だから暗くても全く問題ない。

 実際ターゲットの部屋は灯りが点いてなくて暗いけどベランダの掃き出し窓を開けて佇んでいる様子がハッキリと確認できる。スマホをポケットから取り出して第一機動隊で撮影したスナップショットを表示させて人相を較べてみる。ターゲットに間違いない。



 エマ園長の指示によると、アリスちゃん含む死霊使い討伐隊の本隊は新宿へ急行、御子柴君と茜ちゃんの探査能力を使って人物を特定して速やかに無力化。アリスちゃんが神の力で死霊使い化を解除して犠牲者を救出する。

 その後、武道館方面に向かうということだ。だから、人命に影響ないうちはターゲットの監視に専念していればいい。



 しばらくターゲットを観察するも特に窓際に佇んだまま動きは無いようだ。あの位置からなら周囲を包囲しつつある機動隊に気が付いているだろうに、平然としているように見える。





「ガチャガチャ  ガタン!」


 反射的に「反応速度5」を発動して空中に飛び上がりながら「隠密1」「暗視1」「筋力1」「持久力1」「衝撃耐性1」を多重発動するとともに亜空間ルーム開口部を展開、M4カービン型個人携行神器を取り出して隠蔽用障壁を展開する。


 マンション屋上を見回すと機動隊員が屋上へのアクセスドアを開けて屋上に出てくるところだった。

 H&K社製PSG-1狙撃銃を持つ隊員と種類不明の大口径ボルトアクションライフルを持つ隊員。他に短機関銃MP-5を装備した隊員が数名。

 狙撃手とその支援メンバーで構成される狙撃チームだね、ここから狙撃するためにやってきたというわけか。


 「反応速度」の発動を止めてしばらく観察してみる。ここで監視するのも落ち着かないなあ。いったん伊集院君のところに戻ってコリンズさんと合流してくるか。

 じゃあ、このカモメ達を見張りに残しておこう。こいつ等は基本的には便利に使える自立型飛行ドローンだからね。特に生意気な伊集院カモメは遠慮なく使い捨てることが出来る。




『強化カモメ、チャーリー(C)、デルタ(D)! ターゲットの近くでターゲットを監視しなさい! 

あと私のカモメ、アルファ(A)、ブラボー(B)! あなたたちはこの辺に居てチャーリー(C)とデルタ(D)を監督しなさい。何かあったらどっちかがさっき車を降りたところまで報告に来ること。オーケイ?』



『イエスマム!』 『イエスマム!』

『イエスマム』  『イエスマム……』 



『大変によろしい! カモメども任せたよ、アタシは今から伊集院君のところに行ってくる!』





 こうして合衆国海兵隊軍曹であり、亜神アリスの第2使徒でもあるミラ副園長は眷属の強化カモメ二羽と魔王伊集院から借りた強化カモメ二羽を死霊使いの見張りに残置して伊集院とコリンズと合流するため皇居前広場に向けて飛び去っていった。






♢♢♢♢♢♢♢♢






 警視庁警備部警備第1課課長補佐。これが先日新宿御苑で聖女リーナ・フィオーレと大魔道士秋津平八を襲撃した死霊使い、怪しいおじさんの正体である。


 国家公務員総合職に合格して警察庁に採用されたキャリア警察官。30代で警視正になった超エリート。

 しかしその実態は上司である警備部長や課長の無理難題に右往左往し理不尽なパワハラに耐え激務に疲れ果てた社畜公務員であった。




 最近の悩みの種は埼玉県T市に居住している、理由不明ながら政府・官邸から超重要人物に指定されている女性の警備を秘密裏に実施することであった。


 普通に警備をするだけなら何の問題もないのだが「秘密裏に実施する」というのが厄介だったーー途轍もなく厄介だったのである!



 現場に細かな指示をしておかないと埼玉県警本部がすぐに「聞いてない」などと苦情を捻じ込んでくる。


 警備部長からは警備対象の女性が何時に外出したか家に帰ってきたか機嫌が良さそうだったか、その理由は何なんだだとか毎朝毎夕報告を求められて警視総監はおろか警察庁長官に呼びつけられて報告をさせられるのだ。

 なぜ彼女の機嫌がいいかなんて知るわけないだろ、いい加減にしてくれ!




 ……幸い俺はこの激務から解放された。どうやら俺は「死霊使い」とやらに身体を乗っ取られたらしい。

 しかしこの死霊使い、どう考えてもやべえ奴だ。俺の身体を勝手に使って悪事を重ねている。既に俺は死霊使いではないかという嫌疑でマークされている。俺のキャリア、終わったな……



 せめて命だけは助けて欲しい。死霊使い化を解除する時に俺を生かすも殺すも自由だって言ってた。お願い、殺さないでね……



 俺の身体を乗っ取っている死霊使いは日中は普通に俺の職場である警視庁警備部に何食わぬ顔で出勤して仕事をしている。俺の知識はおろか事務処理能力までも使えるようで仕事には支障は無いのだが……


 死霊使いの本質的に非人間的な部分が態度や言動に出てくるので「君どうしたの? 最近ちょっと変だよ?」というレベルを超越して既に危険人物と見なされつつある。

 入浴も洗濯も身だしなみも不十分で不潔。常に気味の悪い半笑いの表情でしょっちゅう涎をたらす。



 しかも死霊使いの眷属であるゾンビカラスが頻繁に俺のところに報告に来る。所詮カラスだからごく簡単な報告しかできないようだけど。


 このゾンビカラスが警視庁の職場まできて窓ガラスを嘴でコツコツつついて俺を呼ぶもんだから周りの視線がもう異常。

 そのうえゾンビカラスへのご褒美として生のイワシの目刺しを大量にタッパーに入れて持ち歩いていて、庁舎裏でゾンビカラスに与えているもんだから警視庁中の注目の的



 なのに何の注意も指導もなく泳がされているんだからよほどこの「死霊使い」が怖いんだろう。確かに「死霊スキル」によって俺は殆ど不死身だし身体能力も驚くほど高くてプロボクサーやレスラーと戦っても負けないだろうとは思うけど。




 今日は日曜だけど、この死霊使いは食事を取るくらいであとは遊びにも行かず、テレビも見ず、何もしないでリビングの中央で突っ立っていた。なんかスイッチが切れているのかなみたいな感じ。この状態はよくあって平日に家に居るときもだいたい同じだ。

 この死霊使いは時々部屋の中をフワフワと浮遊したりするけど、この浮遊スキルは外では全く使わない。人が浮遊したりって明らかに変だからね、警戒してるってことだろう。秋津平八、リーナ・フィオーレさんっていう明らかに飛行能力のある人達と交渉した時もこの能力は見せなかったからね。




 ……この死霊使いは夜になってからはベランダの掃き出し窓を全開にして外を見ている。最初は暗くて分かりにくかったけど機動隊が官舎の周りを包囲しつつあるみたいだ。いよいよとこの死霊使い、逮捕されるのか討伐されるのか。


 もしかして俺のキャリアだけじゃなくて人生もここで終了するかもしれないな……




 そんなことを思って黄昏ていると、いつものようにゾンビカラスが一羽飛んできてベランダの手すりに止まる。死霊使いはいつものように生イワシの目刺しを放り投げて与える。



 すると! いきなり白い鳥がカラスに投げ与えた生イワシの目刺しを横取りした!




 生イワシの目刺しを横取りされたゾンビカラスは抗議と怒りの叫びを響かせる。 



「クワックワックワッ! カーカー!」


「ギャギャッ! ギョ―ギョ―! ……ドン!!」



 ゾンビカラスが白い鳥に敵意を向けた瞬間。空気を切り裂くような破裂音とともに空中でバタバタとホバリングしていたゾンビカラスは一瞬青白く輝いたかと思うと消滅していた!





 ゾンビカラスがいた場所に漂っていた白い煙は緩やかな風に運ばれてリビングの中に入ってきた。



……これは、この白い鳥がやったのか?



 空中で翼をほとんど羽ばたかずにホバリング出来ている、奇妙な白い鳥。

 よく見ると頭とお腹は白で、背中と翼は青灰色、翼の先には黒い風切り羽がある。くちばしと肢は黄色で細い。この鳥は……カモメ?



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