第6部 首都緊急事態編

第76話 魔女の箒

【357日目 10月31日 午後9時頃 木更津市】



 さっきエマ園長に聞いたら木更津方面に死霊使いは居ないらしいので、念のためにお母さまにも亜空間コントローラーとM4カービン型個人携行神器そして戦闘用軍装を渡しておけば大丈夫だろう。東京に戻ろう。






「美咲ちゃん、私は今から東京に戻るから。東京都内に死霊使いが3体居るらしくて危険だから討伐する必要があるんだ。


御子柴君の『エネミーサーチ:死霊使い』で把握した結果だから東京から少なくとも半径500kmの範囲には死霊使いは居ないと思う。

だから木更津はたぶん安全だと思うけど美咲ちゃんとお母さまは当分一緒に離れないようにして警戒しといてくれる?」



「うんわかった。アリスちゃんも気をつけてね? アリスちゃんが途方もなく強いのは知ってるけど私とおんなじ女子高校生な訳だし」


「ふふふ! ありがと! 美咲ちゃんのお母さま、リーナ・フィオーレさんと中の人である美咲ちゃんは私が何とかしますから! 東京の死霊使いを始末したらロシアに向かいますよ!」




 私は亜空間ルーム開口部を展開して手を突っ込み、以前から試作していた特殊アイテムを取り出した。




 外見はハロウィンコスプレ用の箒そのまんまなんだけど軸の中に神器が仕込んである。

 「ベクトル操作」によってこの箒と箒を持ってる人の速度を改変するという機能があって、要するに飛べるということですね。アメリカ政府に供与した飛行神器テトラへドロンを個人携行用に使い易くしたもの。


 箒の先端には「障壁」でできた円錐状の透明風防を展開できるから時速100kmを超える高速飛行でも快適に飛行出来る……はず。

 まだ試験飛行をあんまり出来てないからどんなトラブルが起こるか不安ではあるんだ。


 理論上は速度はいくらでも上昇できるしたぶん音速を超えることもできるけど空力的な安定性や事故った時が怖すぎるから時速100km程度での運用に抑えておこうと思っている。それでも鳥とか他のドローンや航空機なんかの飛行物体、高層建築物、高圧電線なんかの空中架線と空中衝突したら即死しかねないので注意なんだ。



「わー! アリスちゃん、その箒、魔女の衣装と凄く似合ってる。可愛い!」


 私が個人携行飛行神器「魔女の箒」を取り出すと美咲ちゃんがすかさず反応して褒めてくれる。こういうところがコミュ力のある女子だよね。


「へへへ、ありがとう。これはまだ試作品なんだけどね? 個人用の飛行神器なんだ。まず私が使い心地を確かめてから、美咲ちゃんには時速30kmくらいの速度制限にしたものを上げるよ!」


「わかった。その時には魔女の衣装もおそろいで欲しいな。今日のハロウィンで使ったんでしょ?」


「うんうん。こんな通販で買ったようなチープな奴じゃなくて、私が物質創造で作ろうと思ってるから」


「うん、楽しみ。よろしくね!」



 私は玄関から外に出ると家の前の道路の真ん中で「魔女の放棄を両手で体の正面に捧げる。魔女のコスプレをしているので凄くマッチしていると思う。



「じゃ行ってくるよ。十分警戒して、何かあったらさっきみたいに電話してね!」 



 自分の魔力を「魔女の箒」に馴染ませて内部に格納されている飛行神器の制御が可能であることを確認、魔女の箒と自分自身の速度を改変してゆっくりと上昇していく。


 ちなみに「ベクトル操作」による速度の改変は「速度を変化させるという結果だけ」を生じさせる。

だから加速するときの慣性加速度Gやカーブするときの遠心力なども一切生じない。乗り心地は良いと思うけど飛行しているという実感は感じずらいだろうね。この辺の感覚の狂いが事故の原因になるかもしれない。



 およそ高度300mくらいまで上昇したところでいったん停止、スマホの地図アプリを機動、東京赤坂のアメリカ大使館に向けて時速100kmほどで北上を始める。

 高度を概ね300mくらいにしているのは建物や架線なんかの構造物や鳥との衝突が怖いから。

航空法の規定で市街地以外では航空機の最低高度が150mに定められているから航空機との空中衝突の危険はあるけど構造物のとの衝突の方が遥かに恐ろしいからね。私って高度計を持ってるわけじゃないから正確な高度は分かんなくて適当だしね。余裕を持っておきたい。





 木更津には高層建築物が無いので見通しは非常にいい。東京湾の向こう、東京都心部の街灯が煌めいている。東京タワーやスカイツリーも見えるよ。魔術「遠視」を使えば東京タワーや東京駅周辺の高層ビルが細部までハッキリと視認できる。これだったら地図アプリ使わなくてもいいかな? と思ったら東京湾上空にでた瞬間にスマホが圏外になって使えなくなってしまった。目的地が目で見えているから問題はないよ?




 アクアラインの海ほたる上空にさしかかってスマホが圏内になっで電話が通じるようになったので空中で停止してエマ園長に電話をかけることにする。




『エマ園長? こちらアリスです。さっき木更津を出てアクアラインの海ほたる上空にいます。大使館にはあと30分位で到着できると思うよ。 そっちはどうですか?』



『ああ、アリスちゃん? いちおうコリンズさんに頼んで日本政府、内閣官房に話してもらったよ。アメリカ大統領から総理大臣に直電して貰ったら直ぐに官邸の危機管理センターで対処するってさ。東京都の千代田区(武道館周辺)と新宿区と豊島区に非常事態宣言が発令されるって。


元々日本政府には北朝鮮の吸血鬼の事とかロシアの宇宙間ゲートの事とかの情報を渡してたから話は割とスムーズだったらしいよ。


それに日本政府も独自の情報源があったみたいで武道館近くに居る死霊使いは前から「死霊使いの疑い」があって警視庁がマークしていた人物で機動隊が出動して包囲を始めたよ。

新宿か池袋の死霊使いは御子柴君がエネミーサーチを繰り返して新宿駅東側、歌舞伎町エリアに絞り込めたけど居場所と人物の特定が出来てないから広範囲に警官と警察車両を出して警戒を始めるって』




 特定できている武道館近辺の死霊使いってリーナさんが新宿御苑で接触した奴かな? 日本政府独自の情報源というのは、リーナさんとか異世界帰りの聖騎士、聖女、大魔道士のことだね。




『そうなんだ。動きが速いね。機動隊が包囲しつつあるならいつ戦闘が始まってもおかしくないね。機動隊の隊員が危険かもしれない。日本政府に通報したのは失敗だったかな?』




『そんなことないよ、死霊使いみたいな正体不明の危険物、警告しておくのが当たり前だよ。逆に情報を伏せていて人的被害がでたら大問題になるよ』



『そっか、そうだよね。じゃあ、私はあと30分くらいで都心部に到着できるんだけど、警察官の人たちが危険かもだから、武道館と新宿の二手に分かれて警戒に当たってくれない?』




『……警戒に当たるのは良いけど、警戒の目的は? 達成すべきゴールは何に設定する? 死霊使い討伐なのか、警察官や市民の安全なのか、単なる監視と情報収集なのか……』




『……人命が危険にさらされる状況なら可能なら場合は介入。ただし自分が危険なら自分たちの安全が優先。


死霊使い討伐は何が起こるかわかんないし、死霊使い化されている人は犠牲者だから助けたい。それには私の神技が必要だから、基本的には私が到着するまでは待っててほしい。


私を待てない場合は死霊使いを無力化。いきなり手足を吹っ飛ばすくらい躊躇なく攻撃した方がいいよ。アイツら、どんな特殊能力持ってるか分かんないし「睡眠」とか精神攻撃系の準攻撃魔法が効かないから危険なんだよ。


私は人物特定が出来ていない新宿・池袋方面を優先して先に対処したいと思う。

だから、御子柴君と茜ちゃんは新宿・池袋へ。エマ園長はこの二人の指揮官として引率してくれる? 私もとりあえず新宿に向かうよ』




『わかった。残りの人は武道館付近で死霊使いを監視しつつ、危険なら介入だね。コリンズさんがそろそろ到着するから到着後は武道館方面はコリンズさんに指揮してもらえばいいか。それまではミラ副園長に任せよう』


『うん、それでいいと思うよ。じゃあ移動を再開するけどしばらくは東京湾上空を飛行して北上するからスマホは圏外になっちゃうからごめんね!』



 私はスマホをポケットに入れると「魔女の箒」に自分の魔力を馴染ませて徐々に時速100kmまで加速。進路を新宿に向けた。



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